16. 告白
ロイに案内された部屋に入ると、思ったとおり、そこにはあの女性がいた。黒っぽい外套を羽織り、何か荷物を抱えている。
『こんばんは、マリアさんですね。僕に話があると聞きましたが』
『はい、こんな時間に申し訳ありません。本当はもっと早く伺うべきだったのですが……。ちょうどあなたがいらっしゃってよかったです』
『もしや、夫人に見張られていたとか?』
『……それもあります。ですが、やっと隙ができましたので抜け出してきました。明日の昼まで気づかれることはないでしょう』
『夫人は体調でも崩されたのですか?』
別に夫人の体調を心配しているわけではないが、相手の状況を知っておいて損はない。僕が尋ねると、侍女は事務報告のように淡々と答えた。
『いえ、最近お気に入りの殿方が来ているのです。いつも翌日の昼過ぎまで部屋から出てきませんので、今回も同じはずです』
『……ああ、なるほど』
伯爵の死からまだ日も浅いというのに、だいぶ奔放な生活を送っているようだ。侍女の口ぶりからすると、伯爵の存命中も、夫の留守を見計らってそういう娯楽を楽しんでいたと思われる。
そういえば、共犯者のハロルドも僕のことを「新しい情夫だな」と言っていた。これまでにもそうした関係の男がいたから、ハロルドも簡単に誤解してボロを出してくれたのかもしれない。とんでもない毒婦だ。
『それで、話というのは?』
『そうですね、本題に入りましょう』
侍女は大事そうに抱えていた黒い布袋を机の上に置くと、慎重に中身を取り出した。
『これは、ドレスですか?』
侍女が持ってきたのは、濃いワインレッドの簡素なドレスだった。
『このドレスは一体……』
部屋着のようなドレスを手に取って広げたところで、僕はハッとした。よく見るとドレスの前面の広範囲にわたって赤黒いシミがついている。それから、微かに鉄のような臭いも。
『──血痕だな』
僕の呟きに侍女がうなずく。
『こちらは奥様のドレスです。そしてあの晩、私は目撃しました』
『……何を見たんですか』
『奥様は、このドレスを着て伯爵の書斎に入り、しばらくしてから出てきました。奥様がいなくなったのを確認した後、私は書斎をノックしました。中から返事はなく、鍵がかかっていなかったので私は扉を開けました。するとそこには、血塗れで死んでいる伯爵がいました』
思いもよらない侍女の告白に、僕は一瞬言葉に詰まってしまった。
『……つまり、あなたは夫人の犯行の前後を目撃したということですか?』
『はい。奥様が書斎の扉をノックした後、伯爵が扉を開いたのが見えました。そのときはまだ生きていたのに、その後、私が部屋に入ったら死んでいたのです。伯爵を殺したのは奥様です』
淡々と答える侍女の証言は、願ってもない僥倖だった。しかも、犯行時に夫人が着ていたという血痕のついたドレスもある。これは決定的な証拠だろう。
だが、侍女の話には少し気になる点もある。
『……あなたは、なぜその場にずっといたんですか? それに、伯爵が死亡しているのをすぐに知らせなかった理由は?』
正直、この侍女が証言してくれるのはありがたいが、遺体発見時にすぐ通報なりしてくれていれば、アリシア嬢が冤罪をかけられることはなかったはずだ。
そんな思いもあって、少し非難めいた眼差しを向けてしまったが、侍女はそれを真正面から受け止める。
『私がそこにしばらくいたのは、その夜、伯爵から呼び出しを受けていたからです。先に奥様が来ていたので、物陰に隠れました』
『なぜ隠れる必要が? 仕事の呼び出しだったんでしょう?』
『仕事──。そうですね……伯爵の夜の相手が仕事だと言うのなら』
『は……?』
思わず耳を疑った。
夜の相手?
つまり、夫人だけでなく伯爵も裏で遊んでいたということか。
(……あの家の倫理観は狂っているな)
侍女は、おそらく無理やり伯爵の相手をさせられていたのだろう。昏い目を一度ゆっくりと瞬いた後、僕のもう一つの問いに答えた。
『伯爵が死んでいるのを見つけた時、私はよかったと思いました。もうこの男に気持ち悪く触れられずに済むと。奥様のことは嫌いですが、その奥様に感謝したくらいです。通報したほうがいいのだろうとは思いましたが、自分がする気にはなれませんでした。第一発見者となったら面倒ですし、伯爵との関係が表沙汰になるのも嫌でしたから。だから、何もせずにその場を離れました。きっと翌朝にでも誰かが発見して通報してくれて、物盗りの犯行ということにでもなるだろうと考えたのです。でも……』
侍女が少しだけうつむいた。
『翌日になってみると、なぜかアリシアお嬢様が犯人だということになっていました』