15. 自覚
『──ある日、私が急にいなくなってしまったとしたら、どう思いますか……?』
その夜、ふいに彼女にそんなことを尋ねられた。
動揺しつつも、どういうことかと聞き返せば、彼女は遠回しに「自分が処刑される日が来たらどう思うか」という意味だと言った。
……そんなこと、考えたくもない。
アリシア嬢がこのまま目の前から、この世界から消えてしまうなんて、到底耐えられない。それは、彼女が本当は無実だからというだけではなくて。
(彼女のことが大切で、愛おしいからだ──……)
自分の胸に隠れていた想いに気づくと同時に、たまらなくもどかしい気持ちになる。
(この壁を取り払って、彼女をこの腕で包み込めたら……)
冷えた身体を温めてあげたい。
もっと美味しくて栄養のあるものを食べさせてあげたい。
柔らかなベッドに寝かせ、安心して休ませてあげたい。
彼女から、すべての憂いを消し去ってあげたい。
そして、優しい彼女を誰よりも幸せにしてあげたい。
だが、僕が彼女のために悲しむことが、彼女には不思議だったらしい。自分は独房に入れられるような人間なのに、なぜ悲しんでくれるのかと尋ねられた。
──違う、貴女はそんな人間じゃない!
気づけば拳を壁に打ちつけていた。
これは彼女への理不尽に対する怒り。そして、未だ彼女を助けられずにいる自分への怒りだ。
胸に渦巻く激流のような感情を必死に抑えていると、彼女の穏やかな声が聞こえてきた。
『……ありがとうございます。あなたにそう言っていただけて、少し救われました。突然、変なことを言ってしまってすみません。忘れてください』
あまりにも優しくて温かな声。
それが逆に、彼女はもう誰の助けも信じておらず、死を覚悟しているのだと感じられて、ひどく胸が痛んだ。
『待ってください』
咄嗟にそんな言葉が口をついて出た。
今まで、僕の正体を知られたら気分を悪くするだろうと思って黙っていた。職務上の立場もあるし、彼女に軽蔑されたくないという気持ちもあった。
でも、もうどうだっていいのではないか。
そんなもの、すべてかなぐり捨てて、今正体を明かすべきではないか。僕が貴女を救うから信じてほしいと、そう伝えるべきではないか。
『──あの、信じてください。僕が貴女を……』
やっと決心し、彼女に打ち明けようとしたとき、僕のよく知る大声が独房の外から響いてきた。
『あれ〜? 団長〜?』
(……ロイか。まずいな)
どうやら僕を探しているらしい。ここまで来るということは急ぎの用事だろうから対応しなくてはならない。それに、見張りをしているはずの僕の姿がないと騒がれたら面倒だ。
ちょうど彼女に打ち明けようとしたところだったが仕方ない。今夜はもう独房から出なければならなさそうだ。
彼女に別れの挨拶をし、壁の穴がしっかりと塞がれたのを見届けると、ロイが近くにいないことを確認して、すばやく独房から出る。
そして、さも棟内を見て回っていたかのような体でロイへと近づいた。
『あっ! 団長、どこにいたんですか! あちこち探しちゃいましたよ! ちょっと、そんな不機嫌そうな顔してどうしたんですか』
あっけらかんとしたロイの顔を見ていたら、なぜだか急に腹が立ってきた。彼女との貴重な時間を邪魔されたこともそうだが、声が喧しすぎる。これから休もうとしている彼女の睡眠妨害だ。
『ロイ、お前は声が大きすぎる。もう時間も時間なんだ。静かにしろ』
『えっ、声が大きい? そんなにですか? すみません、気をつけます』
今まで注意されたことがなかったのか、ロイは目を丸くして驚いていた。
『でも、ここは死刑囚しかいないんですし、ちょっとくらい騒がしくても……』
『ロイ、もっと説教されたいか?』
『いえ、すみません、分かりました! 静かにします!』
ロイが小声で謝りながら敬礼する。
『……ところで、こんな時間に探しに来るなんて、何か急ぎの用事でもあったか?』
僕が尋ねると、ロイはぐっと真面目な顔になり、さらに声を落とした。
『それが、団長に面会を求めている女がいまして』
『誰だ』
『マリア・オルセンという女です。レミントン伯爵夫人の侍女だそうで、例の事件で団長に話があると──』
『……分かった、すぐに行く』
レミントン伯爵夫人の侍女。
僕にハロルド・ガードナーを調べるよう忠告してくれた女性だろう。
こんな時間に話したいこととは、いいことなのか、それとも悪いことなのか……。いずれにせよ、一刻も早く会わなくては。
僕はロイとともに、侍女が待つ部屋へと向かった。