14. 共犯者
翌日。彼女が監獄に来てから四日目の朝。
僕は仮眠を取った後、制服ではなく普段着に着替えると、ある人物を訪ねるため街へと向かった。
──骨董商のハロルド・ガードナーという男を調べてください
昨日、伯爵夫人の侍女が別れ際に囁いた言葉だ。おそらく、今回の事件の関係者だろう。何か重要な証言が得られるかもしれない。
開業届の書類で男の店の所在地を確認した僕は、一般人を装って彼に接触することにしたのだった。
賑やかな大通りから一本奥に入った通り沿いにある骨董品店。店が開いていることを確かめて中に入ると、ちょうど客は誰もおらず、店主らしき男が愛想の良い笑みを浮かべて近づいてきた。
『いらっしゃいませ。ゆっくりご覧になってください』
(この男が、ハロルド・ガードナーだな)
四十歳くらいの身なりの良い男だ。細身で物腰が柔らかく、人好きのしそうな顔つきだが、一見誠実そうな瞳の奥に、人を値踏みするような強かさを感じる。
僕は、彼と軽く目を合わせた後、すぐそばに置かれていた売り物の花瓶に手を触れた。
『この花瓶はいいですね』
『ああ、お目が高いですね。この花瓶は有名な職人が特別に絵付けした一点ものでして……』
『一点もの? あれ、おかしいな。たしか彼女の屋敷で全く同じものを見た気がしたんだが……』
『そんなはずは……。どちらのお屋敷ですか?』
『レミントン伯爵夫人のお屋敷ですよ』
僕が夫人の名を出すと、店主はわずかに眉を寄せた。
『夫人と一緒に彼女の部屋に入ったときに、ベッドの横に置いてあったような気がするんです。そうそう、あの日、床に這いつくばる僕を見下ろす夫人の眼差しがとても……』
『……お客様、一体何のお話を──』
『はは、彼女のことはこれから僕が助けますから、あなたはもう身を引いたほうがいい、ということですよ。ハロルド・ガードナーさん?』
店主を挑発するようににこりと微笑むと、目の前の男はみるみる不機嫌そうに表情を歪めた。先ほどまでの愛想はすっかり消え、敵視するように鋭く睨みつけられる。
『……お前、キャロルの新しい情夫だな? くそっ、あの女……まさか俺との約束を反故にする気じゃ……』
ハロルドが伯爵夫人との関係を窺わせるような愚痴をこぼす。狙い通りではあるが、あんな安い挑発で簡単にボロを出すとは、案外お粗末な計画のようだ。
鼻で笑うと、ハロルドはいよいよ激昂した。
『お前みたいな新参者に奪われてたまるかよ! 俺のほうが先に約束してたんだ。伯爵家の財産は渡さねえ!』
ハロルドが手元にあった燭台を掴み、僕の頭目掛けて勢いよく振り下ろす。
『──なっ!?』
僕が彼の腕を片手で受け止めると、ハロルドは驚いたように目を見開いた。僕はうっすら微笑んだまま、彼に語りかける。
『どうも勘違いしているみたいだが、僕が彼女と呼んだのは伯爵夫人のことではないよ。夫人の義理の娘のアリシア嬢のほうだ。君たちに嵌められて無実の罪を負わされた、ね』
『は……? お前、何者だ。何を知ってやがる』
ハロルドが僕の手から逃れようとしているが、無駄な抵抗だ。僕は彼の腕を掴む手にさらに力を込める。
『ああ、きちんと名乗っていなかったな。僕は憲兵団団長のセシル・エヴァンズだ』
僕が名乗るとハロルドはさっと顔を青褪めさせた。
『憲兵団の団長……? わ、悪かった! 見逃してくれ……!』
『見逃す? 僕を殴り殺そうとしたことなら、まあ見逃してやらなくはないが、伯爵殺害事件は別だ。絶対に逃がさない』
『あっ、あれは俺が殺ったんじゃねえ! 手を下したのはキャロルだ! 俺は貴族殺しなんて止めろと言ったんだ。信じてくれ!』
『ふむ、詳しい話は檻の中で聞くとしよう。すべて白状して捜査に協力すれば、刑が軽くなるかもしれないな』
『ほ、本当か! わかった、何でも話す!』
そうして僕はハロルドを憲兵団に連れ帰った。
彼は保身のために洗いざらい話してくれた。
ハロルドの話によれば、彼と夫人は旧知の仲で、伯爵と夫人を出会わせたのはハロルドなのだという。
それは伯爵家の財産を狙ってのことで、彼としては伯爵夫人となったキャロルからいくらか金銭を融通してもらったり、贋作を高値で買ってもらえたりすれば満足だった。
しかし、夫人は現状では満足できなかったらしい。
伯爵家の財産をもっと自由に使いたかったし、伯爵の実の娘に相続権があるのも気に食わなかった。
そしてある日、気づいたのだ。
伯爵を殺害して、その罪を娘になすりつければ、伯爵家は自分のものになると。
実際は他に親族もいるだろうし、そんな簡単にいくはずもないのだが。
あまりにも危険な橋だからハロルドは止めるよう言ったらしいが、夫人は聞く耳を持たなかった。結局ハロルドが折れ、伯爵家の財産を分けてもらう代わりに、殺害計画を立てるのを手伝ったらしい。
この証言は、きっと彼女の冤罪を晴らすのに大きく役立つはずだ。
(だが、まだ足りないな……)
ハロルドからはアリシア嬢を深く眠らせるために使った睡眠薬を押収できたが、夫人が実際に伯爵を殺害したことを示す証拠は出てこなかった。
得られた証言も殺害計画に関することだけだ。重要な証言ではあるが、これだけでは裁判の判決を覆すのは難しいかもしれない。
裁判長の中には、一度下した判決を取り消すのを嫌がる者もいると聞く。とんでもない怠慢と傲慢さだ。だが、確実な証拠があればそんなこともできないだろう。
(──処刑まで、あと三日……)
決して長い猶予とは言えないが、まだ時間はある。
必ず彼女を助け出してみせる。
夜のひんやりとした独房の中、彼女との間を隔てる壁に背を預け、僕はぎゅっと拳を握った。