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1. 死刑宣告


「アリシア・レミントン、父親であるレミントン伯爵殺害の罪により絞首刑とする」

「お待ちください! 何かの間違いです! 私は何もしておりません……!」

「刑の執行は一週間後だ。己の罪とよく向き合うように」

「そんな……私は無実です! 信じてください……! 裁判長様──」

「では、これにて閉廷とする」



 私の必死の訴えも虚しく、裁判では私の有罪──それも父親殺しという重罪が確定した。

 これから待っているのは絞首刑という地獄への扉。

 しかも重罪犯の処刑は王都の広場で国民に公開されるという。


「ああ、いくら伯爵様に冷たく当たられていたとはいえ、殺人なんて恐ろしいことをしでかすなんて……」

「でもこれでお父様も浮かばれますわ、お母様」


 傍聴席に座る義理の母と妹の嘆き声が聞こえる。


「お義母様、ダイアナ! 私はお父様を殺してなんかいません! どうか信じてください!」


 法廷を出れば、私はすぐに監獄へと連れていかれる。

 縋るように義母と義妹に助けを求めれば、二人は(おぞ)ましいものでも見るような目で私を一瞥して互いに身を寄せ合った。


「この期に及んで無罪を言い張るなんて、なんて往生際が悪いのかしら」

「あんな人が義姉だなんて、わたし恥ずかしいわ」


 一縷の望みをかけた私の懇願は、嫌悪の眼差しと共に拒絶されてしまった。


(……ああ、誰も私を信じてくれないのね──……)


 義母も義妹も、誰も私を助けてくれない。

 つまり、私はこのまま一週間後に無実の罪で処刑される。


 絶望で目の前が真っ暗になった私は、兵士に引きずられるようにして法廷を後にしたのだった。

 


◇◇◇



 死刑囚が収監される監獄は法廷のある建物から離れた場所にあり、私は檻のついた馬車で移送された。

 監獄に到着し、てっきり地下牢に入れられるのかと思っていたが、連れて行かれたのは塔の上階だった。


 小さいけれど明かり取りの窓があるのは、時間帯も分かるし、新鮮な空気も入ってくるので幸いだ。でも、もう秋も深まってきた今では、その分寒さがこたえそうだった。


 床も壁も石造りのためひんやりとしていて、裸足でいるととても冷えるし、囚人用の服も生地が薄いので、余計に寒く感じる。


 私は少しでも暖を取るため、寝床として置かれた藁の(むしろ)の上に座り、肌触りの悪い掛布を身体に巻き付けた。


「……どうして、こんなことになってしまったのかしら」




 あの日の朝、普段よりも遅い時間まで眠ってしまっていた私は、メイドの甲高い悲鳴に驚いて目を覚ました。


 怠さの残る体に上着を羽織り、部屋の外に出てみると、使用人たちが慌ただしい様子でお父様の書斎へと向かっているようだったので、なんとなく気になって後をついていった。


 すると、書斎でお父様が血溜まりの中、仰向けで倒れていたのだった。

 すでに体は冷たく、亡くなっているのは明らかだった。


 あまりの衝撃にその場で気を失った私が次に目を覚ますと、私は義母と義妹、そして憲兵に取り囲まれていた。


『お義母様……私は気を失って……? あっ、お父様が大変なことに……!』


 慌てて身体を起こすと、お義母様が冷たく言い放った。


『何を白々しい……この親不孝者!』

『お義姉様がお父様を殺したのでしょう!? 気絶のフリまでして図太い人ね。憲兵さん、早く逮捕してちょうだい!』


 突然、訳の分からないことを捲し立てられて呆然とする私に、憲兵の男性が淡々と告げる。


『あなたの私室の机の引き出しから伯爵殺害の凶器と思われるペーパーナイフが見つかった。あなたを重要参考人として逮捕する』


 そうして、私は状況を掴めないまま憲兵本部へと連れて行かれ、気づけば父親殺しの犯人となってしまったのだった。


 凶器のペーパーナイフが私の部屋から見つかったこと。

 父の指の間に私と同じ髪色の毛髪が挟まっていたこと。

 そして、父が私を邪険にしていたという義母と義妹の証言から、私が犯人であると断定されてしまった。


 たしかに、私は父から疎ましがられていた。

 私の母と政略のため渋々婚姻を結んだらしい父は、私に愛情を寄せることはなく、母との間に私以外の子を儲けることもしなかった。


 数年前に母が亡くなった後、数ヶ月も経たないうちに出会ったという義母を気に入って、後妻として娶ってしまった。


 父は私のことは見向きもしないのに、義母の連れ子であるダイアナの我儘には弱く、綺麗なドレスやアクセサリーを買ってあげたりして、まるでダイアナのほうが父の本当の娘のようだった。


 そのことに傷付かなかったとは言わないし、正直羨ましく思ったりもした。

 でも、父を殺すだなんて恐ろしいこと、ほんの僅かにも考えたことなどない。


 それに凶器のペーパーナイフも、父の指の間に挟まっていた髪の毛も、まったく覚えがなく、誰かに罪をなすりつけられたとしか思えない。




「……私、このまま処刑されてしまうのかしら」


 ふと、歴史の授業で教わったことを思い出した。

 

『罪人は薄汚れたボロ布をまとい、大通りの中、顔を晒して裸足で歩かされる。国民からは罵詈雑言を浴びせられ、広場で処刑が行われた後、遺体は絞首台に吊るされたまま七日間晒される』


 いくら大罪人とはいえ、なんて残酷なのだろうと思っていたことが、まさか自分の身に降りかかることになるなんて……。


 あと一週間後、自分がそうなるのかもしれないと考えると、恐ろしくて堪らない。


「私は何もしていないのに……。女神様、どうかお助けください……」


 寒さと恐怖に震えながら、私はひたすら女神様の慈悲を願い続けた。



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