第2話
第2話
グーパンラッシュからどれだけ経ったのだろう。
痛む頬をさすり、ゆっくり体を起こし状況を確認する。
よく言われる「知らない天井」以前に天井がない。気絶する前と同じ真っ白な空間だった。
「気がついたようですね」
気が済むまで殴って落ち着いたのか、耳元で囁くアニメ声には優しさが含まれていた。
「え? 土下座!? なんで?」
ファーストインパクトは何処へやら、驚いて立ち上がったボクの眼下では、あの女神さまが一転してしおらしくコンパクトに土下座している。
「どれだけアレな奴でも殺ってしまうのは殺りすぎだったと反省しております」
なんか言葉のニュアンスが凄く物騒な感じだなぁ。
「たしかに殴られて気絶するなんて初めての経験だったけどさぁ……」
ふと、頬をさすっていた手が視界に入る。明らか自分の手じゃない。
「なんだコレ」
冷静に観察すると『自分のじゃない』のは手だけじゃなかった。
着ていたスエットはクリーム色の簡素なワンピースに。
発した声は殴られた影響で聴こえ方が変な訳でなく。
足元が見えにくいのは殴られて瞼が腫れている訳でなく。
頼りにならない視覚・聴覚をいったん置いて、無傷の触覚に一縷の望みをかける。
むにゅ。
「むにゅ?」
視界の悪い足元の原因に手をやれば、胸元にはイイ感じに指が沈み込むたわわがふたつ。
その双丘を両手でグッと締め付けて見た稜線から覗く白い脚。
そこから勉強成果が導き出す答えは……
「まさかのTSっ!? なんで?」
良くも悪くもこれは予想外の展開。
「いやー、悪かったわね。イライラが限界でアンタ殺しちゃったわ」
あのしおらしさは演技だったのか、悪びれた様子もなくさらりとカミングアウトする女神。もう「さま」いらないよね? てか、まだ「女神」認識してるだけ譲歩してるよ? ボク。
「一応アンタのこと考慮して肉体改造してあげたのよ? ホラ、美少女ならイラッときてもそうそう殴れないって言うし」
「そんな理由で!?」
殴る気満々でいたのが恐ろしい。
「あと、オッサンのままじゃ何かと大変でしょ? アンタの好きな『異世界転生』ってやつね」
「ボクの知ってる異世界転生と違う……」
異世界で女神に殺されて、その女神に女の子にされちゃったんですけど。異世界で現地転生なんですけど。
とは言え、まんざらじゃないと感じている自分がいる。『おっさんのままスローライフ』も悪くないと思っていたけれど、念願の異世界デビューだし、よく考えれば冴えない中年よりは遥かに良いだろう。
「異世界勝ち組のアドバンテージ、ありがとうございます」
鏡がないから分からないけど、顔の輪郭をはじめ、確認できる手足やプロポーションから相当にハイレベルな美少女ぽい感じだ。なにより身体が軽く、腰痛も息切れも無いのは嬉しい。
「まぁ、その分しっかり仕事はしてもらうわよ? この世界、アンタ達みたいのでトラブルだらけなんだから」
過去にニゲートをくぐってこちら側に来た先人達が何かヤラカシたのだろうか。
「ボクは何をしたら?」
ニゲートをくぐった人のその後がどうなっているのかは情報が無い。
ボク的にはラノベやファンタジーRPGのような世界で居場所を見つけて幸せに暮らすものだと勝手に決め打ちしていたけど、彼女が漏らした「こっちの世界とニアピン」から察するに期待が持てるのではないだろうか。
「うぅーん、そぉねぇ……」
ボクの周囲を神妙な面持ちで腕組みしグルグルまわる女神さま。
「アンタ、私と取引しなさい」
「取引?」
ちょっとヤな笑顔で不安しかないよ?
「アンタ、こっちの世界で大活躍したいのよね? 具体的にはどんなふうに活躍したいのかなぁ~?」
二周りくらい細くなったボクの肩に手をまわし、急にフレンドリーに接してくる女神さま。
「チート能力を使って『努力することなく』ノンストレスで魔物を倒したり、現代知識を披露して異世界の人達にチヤホヤされたいです! って、ちょ、肩痛いですよ女神さま」
「ふ、ふ~ん。そうなんだぁ~。やっぱりこの世界と私の心の平穏を保つにはピッタリな取引かもぉ~」
まわされた腕はいつのまにかヘッドロックに移行され、サラサラセミロングとなったボクの頭を不自然に歪ませでいた。