ありふれない婚約破棄に関する聴取
ユリウス王国は王政であろうと法治国家である。
ゆえにこの国の王になるものは国民を守るために軍事を司る〈執政官〉を名乗らなけばならない。
現王であるヴィスコンティ家の当主であるグスタフ・フォン・ヴィスコンティは執政官としてこの国の政を司っていた。
次代の後継者に目されているのはグスタフの長子であるアルフレッド・フォン・ヴィスコンティ王子である。彼はすでに成人となっており、やがて次期執政官として世に出ることは誰の目から見ても明白であった。
アルフレッド王子には後見人として宰相の地位と言える財務官を務めるブレディット公爵が控え、その長女であるシルヴァーナ嬢が婚約者として認められた存在となっていた。
だが、アルフレッド王子は自らの生誕祭で事件を起こしてしまう。
突如、アルフレッド王子はシルヴァーナ嬢との婚約破棄を宣言してしまったのだ。
さらにアルフレッド王子はガラファノーロ子爵家の長女であるマリサ嬢を新たな婚約者とすると発表。
その上、マリサ嬢を迫害したとしてシルヴァーナ嬢を糾弾するという暴挙に及んだ。
あまりの突然のことに生誕祭は混乱を極める。
だが、糾弾を受けたシルヴァーナ嬢は反論することもなくアルフレッド王子に静かに一礼すると何も言わずに会場から退いていった。
あまりの出来事に王家は急ぎ対応をしなければならなかった。
まず、王グスタフはすぐさまアルフレッド王子を北の塔に拘束した。
続けてブレディット公爵に使いを出し、無礼を働いた息子の代わりに謝罪をした。
なにせ、アルフレッド王子の後見を買って出てくれたのだから当然の処置であった。
だが、ガラファノーロ子爵とその娘であるマリサ嬢に対する糾弾をどのようにすべきか王家内で話し合いが始まろうとした時、最悪の事態がユリウス王国を襲った。
婚約破棄ならば民事法に従って対処すべき。
そう、この国には代々受け継がれているすべての法を定めた〈ユリウス法〉があるのだ。
ゆえにこの婚約破棄の影響は王グスタフさえも思いもしない方向へと進んでしまった。
ユリウス王国が誇る〈ユリウス法〉の価値を飛び越えて・・・。
婚約破棄ならば本来は終身法務官が出る必要はない。
それが王家が絡んでいた事案であろうとも。
ただ、関係者の思惑を飛び越えてしまった。
今回の事案は彼らが思う以上に予想だにしていない展開となってしまった。
それゆえに〈ユリウス法〉を体現する終身法務官が事態の収束をしなければならなくなった。
ビョルン・トゥーリはユリウス国にて終身法務官を戴いている。
この法務官は18歳の頃より法務官として活動をしており、
様々な事案を見事に処理し、その活躍から若くして終身法務官の地位を頂くことになった。
公平かつ迷うことのない判例を次々と生み出すその才能は王グスタフに愛されるまでに至った。
その彼も今回の事案に関しては言い知れぬ想いを抱いていた。
法務局の一室でビョルンは最新の報告書に目を通していた。
その内容はあまりに酷いとビョルンは呆れるしかなかった。
「先にどうされますか?」
補佐官であるエヴァ女史が尋ねる。このエヴァ女史も法務官として活躍しており、ビョルンと共に様々な案件に関わっている。
「まずは、王子以外の者たちの聞き取りをしましょう。あの親子はどうなっていますか?」
「ガラファノーロ子爵はマーラー監獄に、マリサ嬢もマンニーノ監獄に拘留しております」
「では、あの取り巻きたちの後にガラファノーロ子爵とマリサ嬢に会いましょう」
「わかりました」
エヴァがすぐさま部屋を出る。
その後ろ姿が消えた後、ビョルンは本棚にある古びた写本を手に取る。
それは何度も繰り返し読み続け、今でも自らを戒めるために読む<ユリウス法>であった。
・・・この法でさえも通じないこともある。
これから長くなるであろう1日を思うと苦痛で満ちた感情に支配されることを覚悟するビョルンだった。
〇
予想通り、ガラファノーロ子爵とマリサ嬢への聴取は長時間を極めるものになってしまった。
特にマリサ・ガラファノーロ嬢は感情の起伏が激しく攻撃的な行動を起こし、ビョルンを悩ませ続けた。
最終的にマリサ嬢は医師の判断により鎮静薬によって牢へ戻されることになった。
法務局へ戻ったビョルンたちは遅めの夕食を取る。
お互いにクレシェンティーネを食べながら、シロップを入れていないアイスティを飲む。
「男と言うのはどうして自分本位なのでしょうか?」
エヴァ女史がアイスティを飲みながら語る。
今回の事案はエヴァ女史から見ても呆れるしかないのだろう。
「それは男は甘えたがりだから・・・かな」
「ビョルン様も甘えたがりですか?」
「私には甘えることは許されない。公平な判決を出さなければならないしね」
「でも、疲れた時は甘えたいですよね?」
「エヴァ女史、その時は甘えさせてくれるのかい?」
「お手伝いできるのでしたら・・・あ、もしかして私のこと口説いてます?」
「どうぞ、お好きなように」
そう言うとビョルンはソファに横たわる。
その様子にエヴァ女史は軽く微笑む。
「アルフレッド王子の聴取ですがこのまま行いますか?」
「いや、明日にしよう。さすがに余裕が欲しい」
「そうですよね」
エヴァも納得する。
「顔色が悪いかな?」
「ええ。お休みになった方が良いですよ」
「お言葉に甘えるよ。君も休みなさい」
「はい」
「明日は午前中に王家関係者に報告後、アルフレッド王子の聴取を行おう」
「わかりました」
エヴァ女史はそのまま部屋を去る。
さすがにお互い心が滅入ってしまっていた。
聴取をしたガラファノーロ子爵とマリサ嬢のあの暴言、あの態度、どれをとっても酷いものだった。
だが、明日はもっと滅入ることになるだろう。
そう考えるだけでもビョルンは少しでも心を休ませたかった。
〇
翌日、ビョルンはエヴァ女史と共に侍従長を通じて王グスタフと王妃アッシェンバッハに現状の報告へ向かった。
王グスタフと王妃アッシェンバッハはビョルンの報告を聞くと痛く落ち込んでしまった。
特に王妃アッシェンバッハは気分を悪くしたのかその場に倒れ込んでしまい侍従長と侍女に自室へ運ばれた。
王グスタフは改めてビョルンに終身法務官として任を全うするよう命じた。
やがて宮廷が騒がしくなり、その原因がビョルンに伝わることになる。
そして、混乱を極めた宮廷が落ち着きを取り戻した夕方、アルフレッド王子への聞き取りは行われた。
〇
「どれだけ待たせるんだ!」
アルフレッド王子は最初から荒れていた。すでに2日間も北の塔に拘束され心身共に疲れが見え始めているものの、王子としての矜持が現実と向き合おうとしていないようだった。
「しかも昼過ぎから騒がしかったぞ!これでは昼寝もできぬではないか!」
「王子、今のあなたは執政官の命により拘束された方です。昼寝などできようはずもありませんが?」
「貴様、無礼な!!」
激高するアルフレッド王子を衛兵たちはすぐさま取り押さえる。
「王子、座って頂けますでしょうか?」
「なんだと!?」
睨みつけるアルフレッド王子。だが、ビョルンの態度は変わらない。
「王子、この国は王政であっても法治国家です。執政官からも王子の聴取を妥協なく行うよう指示を頂いております」
「くっ」
返す言葉もなくアルフレッド王子は衛兵を振り払いながらソファーに座る。
「では、始めましょう」
こうしてアルフレッド王子への聴取が開始された。
「まずは王子、シルヴァーナ様に対する婚約破棄の理由をお聞かせ願えますか?」
「知れたことよ。我が愛しのマリサを迫害したためだ」
「では、そのことを調べられましたか?」
「調べなくても良い。マリサの証言さえあれば十分だ。それに我が友人たちの目撃証言もある」
「なるほど。彼らのことを信用された上での婚約破棄だったと言う訳ですか」
「それで十分ではないか」
「わかりました」
一度、ため息をつくとビョルンは姿勢を正す。
「王子、これから話すことはすべて真実です。嘘や偽りもありません。その上で話を聞いて頂きます」
「よかろう」
「シルヴァーナ様がマリサ殿を迫害した事実はありません」
ビョルンの言葉にアルフレッド王子は苦笑する。
「何を思えば貴様、嘘を言うな。マリサ自身が話したのだぞ」
「まず、昨日の聴取でマリサ様は迫害の事実はない、すべて偽証だと告白されました」
「ば、馬鹿な!!」
「それだけではありません。王子の友人の方々も聴取ですべて偽証と告白されました」
エヴァ女史がテーブルに証拠を並べていく。
「そ、それは貴様たちが肉体的に精神的に痛めつけたのであろう!?」
「残念ながら私はそのようなことはしません。何度も言いますがこの国は法治国家です。強制的証言は証拠になりません」
「では、自白剤を使ったのではないか?」
「それも行うことはできません。自白剤を使用した証言は証拠として採用されません」
ビョルンの手が蒼い目をしたペンダントを掴む。
「例を挙げると、このペンダントですが、確かマリサ嬢のペンダントでしたよね?」
「そうだ!それをシルヴァーナ様が奪ったとマリサが訴えてきた」
「ですが実際はシルヴァーナ様の部屋ではなく、サンティス男爵家で発見されました」
「パスクァリーノのか・・・」
「はい、本人もマリサ嬢から頼まれてシルヴァーナ様が盗んだようにするために隠匿したと」
「他の者たちもか?」
「はい。彼らはすべてあなたではなくマリサ嬢のために行ったと認めました。これらのことから、私はマリサ殿が正妃になるために王子の友人たちと共にシルヴァーナ様へ陰謀を企てたと判断しました。そればかりかマリサ嬢は王子の友人たちを使い、悪意を持ってシルヴァーナ様の存在そのものをなくそうと暴行や暗殺を考えられておりました。その前に王子の婚約破棄があったので未遂に終わりましたが」
「嘘だ・・・ありえぬ」
アルフレッド王子の脳裏には友人たちが自分のためでなく、マリサ嬢のために行った行為だと告白したことが信じられずにいた。その空気をビョルンはすでに読み取っている。なぜ彼らが王子よりもマリサ嬢のために動いたのか知りたいはずだと。
「マリサ殿は王子の友人たち全員と肉体関係を結んでおりました。それにより彼らはマリサ殿のために偽証を行ったとのことです」
「性的な交渉・・・」
「これが聴取の報告書です。証拠も確保しております」
アルフレッド王子はすぐに報告書に目を通す。どれもがマリサ嬢が街の至る場所で友人たちと行った不貞行為の証拠ばかりだった。貴族の密会場所として有名な隠れ宿の主人の証言などはあまりに生々しく言葉にさえできなかった。
「すべては彼らが企てた事案でした。結果として、王子は彼らの話を信じシルヴァーナ様との婚約破棄を選ぶことになりました」
「だ、だが私は裁かれる筋合いはない。私は騙されただけだ。悪いのはマリサだ!!」
唐突にアルフレッド王子はこれまでのことを無視して開き直る。責任の所在をすべてマリサ嬢と友人たちに押し付けたいのだろう。だが、それさえも許されないのが今回の事案だと理解させねばならない。
「王子。何度も言います。この国は王政であっても法治国家なのです。あなたのような言い分はどうであろうと許されるものではないのです」
「私はこの国の第一後継者だぞ!!王政は絶対のはずだ!!」
「そうであろうとこの国は法治国家と言う事実は変わりません」
ビョルンは王子に言い聞かせるように話すと静かに立ち上がる。そのまま部屋にある本棚へ歩み寄ると1冊の書籍を取り出した。
「これはお読みになっておりますか?」
それはユリウス王国の法律が書かれた写本であった。ビョルンが持つ写本より汚れがなく、むしろ読まれていないのがすぐに理解できた。
「この羊皮紙本はまったく汚れていませんね。やはり執政官様の言いつけを守らなかったようですね」
「そ、それが何だというのだ!」
アルフレッド王子はおもわず立ち上がる。
「歴代の執政官様は代々、自らの子供たちにこの法律本を読むよう言い聞かせていました。なぜ、この国が法治国家であるのか。この国の国王がなぜ執政官として終身するのかを」
「必要としないと思ったからだ!」
「残念でなりません。執政官様も悲しませるでしょう。あなたに少しでもこの本に目を通して欲しかった。でなければこの後に話すことも起きなかったはずです」
「何を言っているのだ・・・」
「王子、あなたがこの部屋に拘束された後のことをお伝えします」
ビョルンは写本を本棚に戻すと改めてアルフレッド皇子に向く。
「まず、婚約破棄の後ですがその場から立ち去ったシルヴァーナ様ですが帰宅後に毒を飲まれ自害なされました」
「えっ?」
アルフレッドの動きが止まる。あまりのことにどう反応すればいいのかわからないようだった。
「何を驚かれているのですか?こうなることは当然の結果ではありませんか」
「なぜだ?なぜ死ぬ必要があるのだ・・・」
・・・わかりきったことではないか。
「シルヴァーナ様はこれまであなたと婚約されて以来、長年に渡り王妃教育を受けてきました。ですが、あなたが婚約破棄を宣言したことで彼女の心は壊れてしまったのです。王妃になるために定められた道をあなたの手で突然外されたのです。シルヴァーナ様に残されたのは自分の矜持を守るために一番最善な方法、それが自害だったのです。あなたは言いましたね〈死ぬ必要などない?〉と、何を馬鹿げたことを言うのですか?そんな言葉で済む話ではないのですよ」
「私は・・・私は悪くないぞ・・・悪いのはマリサだろ・・・そうだろう、法務官・・・」
変わらず言い訳を続けるアルフレッド皇子にビョルンは呆れながらも続ける。
「翌日、ブレディット公爵家はガラファノーロ子爵殿の私兵に急襲されました」
「急襲だと・・・」
「何を勘違いされたのかわかりませんが、ガラファノーロ子爵殿は婚約破棄を大義名分と考えたのでしょう。突然、ブレディット公爵家を襲い公爵以下すべての家族を殺傷しました」
「私は何も指示しておらぬ!!」
すぐさまアルフレッド王子は取り繕おうとする。だが、ビョルンは無視して続ける。
「すぐさま近衛騎士団がガラファノーロ子爵率いる私兵を制圧。ガラファノーロ子爵殿とその娘であるマリサ殿を拘束しました」
「マリサを・・・」
「マリサ殿は自ら勤しんで急襲の指示を出されていたそうで、近衛騎士団が駆け付けた後も〈私はアルフレッド王子の婚約者よ〉と叫びながら近衛騎士団に襲い掛かったそうです」
「なんだと・・・」
ありえない。あの愛しのマリサがそのような蛮行を行うとは。アルフレッドは信じられずにいた。
「いくら子爵とはいえ、この段階で40人もの私兵を用意している段階で騒乱罪だと言わざるを得ないでしょうね。事前に婚約破棄の件がわかっていなければ準備もできようはずもないですしね。しかも彼らはあなたを御旗として掲げてしまったのですから」
「・・・その後は、その後はどうなったのだ!?」
「ガラファノーロ子爵殿はマーラー監獄に拘留。マリサ殿もマンニーノ監獄に拘留となりました」
「拘留とは・・・」
アルフレッドはその場から崩れ落ちると両手で頭を抱える。
「そうだ!ブレディット公爵家はどうなっているのだ?」
「当主様夫妻と長男フランツ殿は死亡。弟のルキノ殿は重症ですが一命は取りとめました。ただ、シルヴァーナ様のご遺体ですが・・・」
初めてビョルンの言葉が詰まる。
「シルヴァーナの遺体・・・どうなったのだ?」
「残念ながら損傷が激しく、今は遺体修復中です」
「先程、法務官はシルヴァーナの死は毒だったと言ったではないか・・・」
「マリサ殿がシルヴァーナ様の遺体を傷つけましたので」
「なぜだ・・・なぜそんなことを・・・」
「マリサ殿は最後までシルヴァーナ様を侮辱してでも自分が上だと示したかったようです」
「なぜだ、なぜだマリサ・・・なぜにシルヴァーナにそのような仕打ちを・・・」
「その後ですが・・・」
「まだ何かあったのか?」
「王妃アッシェンバッハ様の件です」
「は、母上がどうしたのだ!?」
「今回の件で王妃アッシェンバッハ様は悲しんでおられました。なぜ、あの場で婚約破棄を宣言したのかと」
その言葉にアルフレッドはさらに動揺する。そして、彼はある予感に気付く。
「待て!母上に何かあったのか!?」
「王妃アッシェンバッハ様は今回の婚約破棄に自らの責を取られ、本日早朝に毒杯を仰がれました」
「そ、そんな・・・母上・・・」
「あなたの不始末は母である自分の責だと遺書に書かれておりました」
ビョルンは遺書をテーブルに置く。
アルフレッド王子はすぐにその遺書を確認する。やがて部屋中に王子の慟哭がこだまする。
「母に・・・母上に会わせてくれ・・・」
「それは私の領分ではありません。直接、執政官様へ願い出て下さい」
ビョルンは冷たく言い放つ。
「お前は!!お前は法務官だろう!!その権限はあるはずだ!!」
「王子、残念ながら私にはその権限はありません。この件は王家、いえ家族内で起こった事案です。法以前に家族間の問題はその家族間で解決して頂かなければなりません」
その言葉を聞いた直後、アルフレッド王子はビョルンに掴みかかる。衛兵がすぐに取り押さえるがアルフレッド王子は高ぶる感情のままに抵抗を続ける。
「法務官!!貴様には人の心はないのか!!」
「では私からお聞きしますが、なぜ生誕祭でシルヴァーナ様に婚約破棄を申し上げたのですか?」
「今はその事は関係ない!!」
「いえ、ありますよ。あなたが話すように私に人の心がないとおっしゃるなら、なにゆえシルヴァーナ様を辱めたのですか?あなたこそ、人の心をお持ちではないと思いますが?」
・・・もはやここまでか。
ビョルンは無礼を承知でアルフレッド王子の胸倉を掴む。その強さにアルフレッド王子は驚きのあまり動きを止める。ここでアルフレッド王子は初めてビョルンが自分に対して怒りを向けているのを知った。
「違う!!あ、あれは正義のためだ!!マリサを助けるための!!」
「あなたの正義など私は興味ありません。シルヴァーナ様はあなたの婚約者でした。つまり、王家の家族であると考えるのが自然です。ですが・・・あなたはマリサ嬢の嘘を鵜吞みにしてシルヴァーナ様を断罪、しかもその影響で大義名分を得たと勘違いしたガラファノーロ子爵家は暴走し、ブレディット公爵家を崩壊させ、最後には王妃アッシェンバッハ様は自害なされた。それはすべてあなたが原因です。そのあなたが人の心を語るなど許されるとお思いですか?」
「あ、あああ、あああああ・・・・」
アルフレッド王子が崩れ落ちた。そして、一人ぶつぶつと何かを呟き始めたが聞き取れるのは「シルヴァーナ」だけだった。
「エヴァ、聞き取りは終了です。戻りましょう」
「はい」
誰の目から見てもアルフレッド王子への聞き取りは難しかった。
完全にアルフレッド王子の精神は崩壊してしまった。
責任を問われる重みを知った王子にとって、その重圧は耐えきれないものだったのだろう。
だが、ビョルンにとってはどうでもよいことだった。
あくまで今回の責任の所在が誰であるか王子に教えなければならない。
それができるのは自分だけだと理解していた。
アルフレッド王子の聴取を終えたビョルンは王グスタフの元へ足を運んだ。
聴取の内容をすべて伝えると王グスタフは両手で顔を覆った。
王グスタフは決断しなければならなかった。
アルフレッド王子の処遇、それはユリウス法だけでは済まされるものではない。
間接的だが、王妃アッシェンバッハ様を死に追いやったのは息子であるアルフレッド王子であり、今後の治世を考えればアルフレッド王子には死を与えなければならないのだ。
「法に照らし合わせればどうなる?」
「極刑は免れません。騒乱罪としてもっとも重い刑罰を受けるでしょう。ですのでお早めにご決断を願えればと」
「・・・わかった」
王グスタフは立ち上がる。
「侍従長、改めて貴族階級および全国民にユリウス法を覚えるよう徹底させよ」
悲痛な叫びにしか聞こえない内容だった。だが、それでも王グスタフはこの国を統治する者である限り法を守ることを選んだ。
・・・なぜこの誉れ高き王にして、あの息子が愚かなことを・・・。
人と言うのはわからないものだとビョルンは思う。
だからこそ、自分はこの王に付き従うのだろう。
そして、アルフレッド王子に怒りを向けた自分にもまだ人の心が残っているのも感じながら。
〇
7日後、今回の事案に対する審問が開始された。
法務官であるビョルンやエヴァ女史も参加している。
その前日アルフレッド王子は王により賜死を受け賜ることになっており、すでに精神が崩壊している王子は躊躇うことなく父から与えられた毒を受け取った。
その後、関係者には次々と刑が執行された。
まず。マリサ嬢に加担した貴族階級の長子たちは5年の服役刑を言い渡された。
そして、各家は彼らを廃嫡した上でシルヴァーナ嬢のために1年間、喪に服すことになる。
損害賠償などはまた別事案であるため、その話し合いは今後になる予定だが、唯一生き残ったルキノ氏がブレディット公爵家を継ぐための援助は進んで行うだろう。
次にガラファノーロ子爵家だがこちらは完全な騒乱罪でありアルフレッド王子同様、極刑は免れなかった。当主であるガラファノーロ子爵は罪を受け入れており、翌月のブレディット公爵家の月命日に合わせて絞首刑に処された。
最後にガラファノーロ子爵はビョルンから「今の自分の気持ちはいかがでしょうか?」と問われた際にこんなことを言葉にした。
「娘の幸せを願うあまり、周りが見れなかった」
それは法務官を戴くビョルンが何度も被告から聞く言葉だった。
一方で、マリサ嬢はあくまで自分に罪を認めようとしなかった。
悪はあくまでシルヴァーナ嬢であり、私やアルフレッド王子が正義であると。
ビョルンを睨みながら、高々と答えるマリサ嬢はもはや悪女としか見られなかった。
そして、彼女の言葉は身勝手な言い分であり、審問を傍聴していた市民たちは呆れるしかなかった。
だが、ビョルンはアルフレッドが自死したことを告げると、マリサ嬢は「嘘よ!!」と叫びながらその場に崩れ落ちた。
「アルフレッド様・・・アルフレッド様・・・」
マリサ嬢はアルフレッド王子の名前を呼び続ける。
その行為は法廷が終わるまで続いた。
兵がマリサ嬢を牢へ戻し、傍聴席の市民たちが退出した後、ビョルンはアルフレッド王子とマリサ嬢が座っていた被告席を見つめていた。
アルフレッド王子はおそらく初めて恋をしたのだろう。その相手がマリサ嬢だった。
一方でマリサ嬢も純粋にアルフレッド王子を愛していたのだろう。
その想いは暴走し、結果としてマリサ嬢によるシルヴァーナ嬢の遺体損壊まで行ったのかもしれない。
そう考えるとマリサ嬢に同情はしたいが、法の番人である自分には必要のない感情だと改めてビョルンは思う。
結局、マリサ嬢も極刑となり、父同様に翌月のブレディット公爵家の命日に合わせて絞首刑に処されたのだった。
〇
審問が終了後、ビョルンとエヴァ女史は最終報告書をまとめていた。
その作業の中でエヴァ女史がビョルンに尋ねたことがあった。
「ビョルン様は今回のような事案を経験されたことは今までありましたか?」
「ないよ」
「では、最初から王家に肩入れする考えはありましたか?」
「それもない」
羽ペンを持つビョルンの手が止まる。
「法に従えば片手落ちはないですよ」
「では、アルフレッド王子に対してはなぜ王に結果を委ねたのですか?」
「成人している限りは法に照らし合わせて責を果たす。それがすべてです」
ビョルンはエヴァへ視線を移す
「ですが、私も万能ではありません。王は王である前に一人の父親です。責を負わせるのもまた父親です」
「私、ビョルン様がアルフレッド王子に人の心はないのはあなただと言われた時、ああこの方もお怒りなのだと思いました」
「あの時は少し熱くなってしまいました」
「ですがそれも時には必要かと私は思います。法にあって法に照らし合わせる。それだけで裁けない事案もあるはずです。
ですから、ビョルン様の公平性は己の感情と照らし合わせても問題ないと思います」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
ビョルンは笑う。
「それに今回の事案が今後も起きなければと願うのみだよ」
「はい」
「では、作業が終わり次第にダイナーへ行きましょうか。今日は私が出します」
「お言葉に甘えさせて頂きます」
エヴァ女史が微笑むとビョルンも微笑み返す。
その後、ビョルンとエヴァ女史の願いは虚しく、貴族階級や騎士階級の婚約破棄の事案は起こり続けることになる。そのたびに二人は人の心を持ちながら、ユリウス法を司るものとして公平に対処していくのだった。
完
初投稿の中、誤字のご指摘や感想を頂きましてありがとうございます。
不慣れながらも投稿を続けていけるよう頑張りますのでその際は宜しくお願いします。