第11章
デスクライトのみを光源とした部屋で私は分厚い本を閉じた。
佐野くんに誘われた図書館から帰宅して夕飯を食べた後、以前彼から薦められた小説の封を切り、一気に読み終えてしまった。
割れ物を扱うようにそっと本を机に置き、肺に溜まった空気を吐き出す。
感想はどうだろう、多分面白かったと思う。
彼と出会ってから本を読む機会は増え、今までに買って読まずに積まれていた本も全て読み終えてしまった。
机に顔を突っ伏して思考に身を委ねる。
私にとって、やはり読書はただの前向きな逃避に過ぎなかった。
本を閉じるといつもすぐ隣で残酷な現実が待っている。だから私はその現実に対して無関心を装うように無理やりページをめくる。それを繰り返す。
その読み方が癖になったのだろう、いつからか純粋に物語を楽しむことができなくなってしまった。
ましてや物語に没入した気になっているだけで、階下からいつ聞こえてくるか分からない大声や物音にいつも身構えていた。
そんな私が残酷な現実のことさえも忘れ、逃避の手段ではなく素直に好きだと言える物語と出会った。ちょうど梅雨が明けた頃だ。
題名のないその小説の作者は夏木というらしい。
その物語にもっと近付きたいと思った私は余計すぎるお世話だと理解しながらも、彼との関係を無理やり構築した。冷静に考えて何様だよと自分でも思う。
彼にはまだ言っていないが、あの日のことは本当に反省しているのだ。そもそもあの物語はすでに完成されていたし、何より読書を一つの手段として利用している私なんかが口を出す資格なんてないのだ。
早く彼の物語の続きが読みたい、しかし応募締め切りまで残り一ヶ月を切った今、邪魔になることだけは避けたかった。
上体を起こし、ぐっと背筋を伸ばす。数時間振りに椅子から立ち上がると体の痺れと凝りを感じる。もう一度大きく伸びをし、窓の外を覗いた。
今頃ちゃんと書いてんのかな。
この夜空の下、あの物語が活字の中で時間を進めていることを望んで私はカーテンを閉め、デスクライトを消してベッドに潜り込んだ。
階下では、酒に酔った父の怒号が延々と響いていた。




