始動
以前投稿したものをアレンジして再執筆したものになります。
よければ読んでみてください。
タイトルは「電脳都市の獣化解放」と読みます
すべての始まりは、あの夏の日の出会いから始まった。
未知の生き物、電脳獣と出会い、俺たちの世界はどんどん変わった。数々の出会いがあり、戦いがあった。そして……数えきれない別れもあった。
もし、あの日出会うことがなかったならば。選んでいなかったら。俺は今まで通り平凡な日常のなかに生きていた。この世界のことなど知るよしもなかっただろう。
けど、俺はこの道を選んだ。大切な人を守れるように。大切な場所が壊されないように。この世界で力を得ることを。
体中が痛い。散々殴られ、蹴られ、吹き飛ばされ、倒れ伏せることしかできない。こんなにもわかりやすい悪を前にして、俺はみっともなく地面に這いつくばっていた。
なんのために、俺はここまで来たんだ。
答えは決まっているが、夜の闇の静寂は、そんな俺の心をかき消していくように俺に重くのしかかる。
痛みを訴える体に鞭を打ち、フラフラになりながらも立ち上がり、右手にはめている指輪に視線を落とす。
「待ってろよ……絶対そこから救ってやる」
お前の持ってる力は、こういうときに使うべき力のはずだろう。だから……。
直後、全身が大きく脈打ち、体の奥底から闘争本能が湧き上がり、ケモノが目覚める感覚が身体を支配する。
「―――獣化、解放―――!!」
だから、俺―――獅童 大河は――――――
―――ピピピピッ!! ピピピピッ!!
鳴り響くスマホのアラーム音が部屋に鳴り響く。布団から手をゆっくりと伸ばして安眠を妨げるこいつを解除し時間を確認すると、7時を少し回ったところだった。
登校完了は8時半。昨日はとある事件を追っていてほとんど寝ていないため、あと30分くらいは寝れるかとひと眠りしようとしたところへ……。
―――ピーン、ポーン―――
その思いは、訪問を知らせるチャイムによって潰えた。
こんな朝っぱらに訪ねてくるのはアイツしかいない。
「大河? 起きてるー?」
やっぱり空だ。
すぐにでも寝たいのだが、前回コイツは狸寝入りを決め込んでいたら、いつの間に合鍵なんぞ作ったのか、鍵を開けて堂々と侵入してきた事があった。
「大河ー? 入るわよ?」
「あー……待ってろ。今開けるから」
勝手に入ってこられるのもそれはそれで面倒なので、眠りたい頭を起こしてベッドから這い出て、廊下を進み玄関の鍵を開ける。
ドアを開けると、そこにはやはりというか、腰まで届くクセのない艶やかな黒髪を春風にたなびかせ、なにやら包みを抱えて女の子が立っていた。
「相変わらず早いな……空」
天月 空。実家が隣同士で、幼い頃からずっと一緒に遊んでた、まあ、幼なじみみたいなものだ。
性格はマジメで穏やか。面倒見がよく、人望も厚い。1年で生徒会にも入ってて、学校でコイツを知らない奴はいないくらいには有名だ。
「おはよう大河。昨日はおつかれさま。あまり寝れなかったでしょ? これお弁当作ってきたから、食べてね」
と、朝っぱらから押しかけてきた幼なじみは、抱えていた包みを手渡してくる。寝れなかったってわかってるなら寝かせてくれよ……。
「ていうか、ここ男子寮なんだからあまり来るなって前も言ったろ?」
「だから、お弁当だけ持ってきたんじゃないの。私がいないと、どうせアンタはコンビニで済ますでしょ? 朝はちゃんと栄養あるもの取らないとダメよ?」
「保護者かよお前は……」
「誰がお姉さんよ、誰が……ほら。外で待っているから、早くお弁当食べなさいよね」
と言って、空は寮を出て行った。
いや……お姉さんとは言ってないんだけどな。
「やれやれ……」
昔から変わらない世話好き加減にため息をつきつつ、部屋に戻り空から受け取った弁当を広げる。
「……お」
ハンバーグに卵焼き、シュウマイ、エビフライといったお弁当定番メニューがぎっしり見栄えよく並べられている。ごはんは鶏肉とゴボウの混ぜご飯か?
「……いただきます」
「……で。結局どうだったの?」
めちゃくちゃ美味い朝食を終え、支度を整え家を出る頃には、睡魔は完全に消失していた。昔から料理が好きであれこれ作ってたが、また一段と上手くなったなあ。味付けも完璧だったし、空はホントなんでも出来るなあ。
「ちょっと大河、聞いてるの?」
空が顔を覗き込んでくる。
「ん? ああ……なんだっけ?」
弁当の味が忘れられず、余韻に浸っていて空の話を聞いてなかった。
「なんだっけって、昨日の事件に決まってるじゃない。私がアンタにお願いしたんだから。なんだか徹夜の依頼になっちゃったみたいだし」
「ああ、昨日のな。あれは―――」
『―――さて。時刻は8時15分。電脳都市の次の情報です』
俺が受けた昨日の依頼結果を伝えようとしたのと同時に、大通りの交差点に設置された街頭ビジョンからニュース番組が流れた。
『ここ数年、回復能力の研究に大きな期待が高まっています。詳細はまだ公表されていませんが、情報因子を利用するそうで、この技術が実用化できると医療現場や災害現場はもちろん、教育やスポーツといったあらゆる場面で応用可能という、画期的なシステムになるとのことです。この研究の第一人者は、なんと現役の高校生と―――』
「―――河? 大河!」
興味を惹かれるニュースだったから、思わず聞き入ってしまった。
「悪い悪い。ちょっと気になったニュースだったからな……そうそう。昨日の件だよな」
「ようやく話が進みそうね……それで」
なかなか話が進まなかったことにため息をつきつつ、空が訪ねる。
「それで……例の”能力狩猟”は関係していたの?」
電脳都市のなかでも、俺たちが住んでるこの第一エリアで最近起こっている連続通り魔事件。被害者は高校生の超能力者に限られ、事件後、なぜか被害者全員の能力ランクが低下している。能力を奪われているのではと噂になり、その恐怖からいつしか”能力狩猟”と呼ばれるようになった。
そいつの犯行は全く痕跡を残さず、既に十数件の被害が出ている。そしてとうとう、先日の犯行では被害者から能力が完全消滅するという事態にまで及んでいる。それなのに、未だに何一つ明らかになっていない。
犯行の動機、傾向。噂通り能力を奪っているのか。だとしたら何のために。奪っていないとしたら、なぜ被害者は能力が低下、消失しているのか。謎は山ほどある。
「まあ。結果からいうと」
俺は改めて昨日の依頼を振り返り、
「シロだ。能力狩猟とは無関係。ただの詐欺まがいの連中だった」
「そう……珍しい商品の取引って情報だったんだけど、はずれね。いったい何者なのかしら、”能力狩猟”」
今世間を騒がせている”能力狩猟”。この事件が、この電脳都市という街の裏に潜む悪をみる始まりだったとは、この時の俺には思いもしなかった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
始まりを書くのがやっぱり一番難しいですね。次の話から、作品設定の説明や、能力狩猟事件に踏み込んでいきます。
よろしければ、次回も読んで頂けたら嬉しいです。