表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/99

第95話 決起部隊 対 実験中隊 ── 撤収 ──

「こりゃあ、どうにもならんな」

 周囲の視察を終えた館脇少佐が指揮装甲車に戻った瞬間、寺頭司令が溜息まじりにいった。


「潮時ですかね」

 相変わらず冷静な館脇少佐が応じる。


「ああ、もうこれ以上戦っても進展は望めないだろう。それで別働隊はどうなった?」

「撤収を完了したようです。彼らは計画に従って、それぞれが個別の班単位で戦線を離脱して居ります。無論、出来うる限りの手段で戦傷者も連れ戻すよう指示を出してあります」


 別働隊とは、川向こうで第七三軍の主力を引き付けていた部隊のことだ。

 本来、挟撃する目的を持った部隊のために、寺頭達の本隊が動けない以上は損害を押える為にも早々の撤収が望ましく、その判断は正しかった。


 その間にも外では相変わらず銃撃が続いている。

 だが、重火器の音はほとんど鳴りを潜め、本部近くに一輌だけ残った一式中戦車が思い出したように砲撃する以外は、個人火器の応酬が続いているようだった。


「さてと、引き揚げるとするか」

 寺図司令の言葉に館脇少佐が頷き、「撤収を開始。計画に従い、速やかな離脱を試みると各員に通達。伝達方法は無線と信号弾を併用。各員に送れ」そう無線手と伝令に言い渡した。


 指揮装甲車は移動を開始し、操車場奥の整備車庫に向かっていく。その背後では白煙が焚かれ、殿を勤める兵がありったけの噴進砲で周囲を砲撃していた。


「それで、兵の損害はどの位に達した?」

 撤収準備が開始されたことを確認した寺頭司令は、今日の損害が気になり始めていた。

「部隊の三割近くに損害が生じました。救護貨車には重傷者が多数居りますが、戦死者は思ったよりも少数でした。これは装甲服の賜物と思われます」


 それを聞いた寺図司令の表情が曇る。

 手勢が少ない彼らにとって、兵の損傷は思いのほか痛手だった。

 また死を覚悟した挙兵とは言え、志半ばで倒れた兵のことを思うと心が痛んだ。それと同時に、兵の装甲化を、さらに推し進めないと駄目だとの思いも強くしていた。


 指揮装甲車は整備車庫に到達するとそのまま内部へと侵入し、連結された鉄道客車の前で停止した。

 装甲車の操縦手以外は指揮車を降りて、鉄道客車に向かう。


「今回は捕虜も多数発生しました。捕らわれた味方は如何いたしますか」

 館脇少佐の心配は戦闘後の捕虜交換に及んでいた。


 今までの戦闘でも若干名の捕虜は発生していた。

 その度に寺頭司令の人脈で内々の内に引渡しが行われるのが常だった。


 だが今回はその数が違う。

 また国内の注目も大きい。

 まだはっきりとしたことは分からないものの、十人を越える捕虜をそう易々と引き渡されるとは到底思えなかった。


「捕虜は軍刑務所に送還されるだろうが、それは後で私から話を通す。表向きは処刑されたとして返還されると思うが、先方が渋るようだったら強襲して救出するだけだ。たった一名でも全力で救出してやる」

 寺頭は覚悟の程をそう述べた。

 でもそれは起こりえないだろうなと、司令も副司令も同時に思っている。

 

 二人は連れ立って歩きながらの会話が続く。

 ときおり銃弾が車庫の屋根を打ち、その度に破片が落ちてくる。


「ええ、それで問題ないでしょう。その際の交渉事はお願いいたします。私はどうもその方面が苦手なようでして、鼻薬というか、賄賂の使い方を心得ては居りません」

 館脇少佐は優秀な仕官であり参謀ではあったが、政治的な駆け引の経験は少なかった。どちらかと言えば学究肌、と言えた。


「何事も慣れだよ。目的があって手段がある、そう考えると作戦と同じだろ」

「作戦ですか」

 そう言われて見ると、館脇自身にも出来そうな糸口が見えた気がしていた。

 そして二人は客車に乗り込み、席に着くと同時に寺頭司令が続きを語った。


「先ほどの交渉事の件だが、今後は戦闘と同時にその方面でも貴様を教育することにする。実はな、以前から懸案だった企業設立を本格的に実行するつもりだ。手始めは商社、製造業あたりだが、軍需工場もその視野に入っている。軌道に乗り次第、手広くやる。その右腕がお前なんだから」

 館脇少佐は思いがけない言葉に驚く。

 たった今まで激戦を繰り広げていたのに、司令は一方でそんなことまで考えていたからだ。


「それは以前から仰られていたことなので部隊の面々も多少は存じているとは思いますが、少し早急ではないですか」

 下火になったとは言え、まだ外では戦闘が続いている。

 そして戦いの終息も待たずに、指揮官は別のことを語っていた。


「なに、時間は沢山ある。我々の居留地を決めてから、そこでゆっくりと考える。俺は国に頼らずに我々の居場所を作ると公言したのだ。何も古くからの国土があるだけが国じゃないと前々から考えてはいた、それを実現させるつもりだよ」


 館脇少佐は考えた。

 確かに、このまま襲撃と戦闘を続けても未来はなかった。

 苦境に陥り、捨て鉢になった哀れな兵隊は数多く存在し、また今後も発生するだろう。

 だが、その彼らの求めに従って死地に送り込むだけでは救うことにはならない。


 我々の居場所、我々の存在意義。

 それを求めたからこその企業設立なのだろうが、確かに経済力と軍事力を持てば、それは既存の国家とは違う勢力となり無視できない存在となりえるだろう。自分達を見捨てた国家と言う存在に対して、最大の拒否活動にもなる。

 さらに我々には指導者が居る。

 館脇少佐は目の前の男をそう見た。


「どうした、俺の顔を見つめて」

 戦闘が終了した、いやまだ残余があるというのに、司令は平素の顔をしていた。


「いえ、別に何でもありません。ただちょっと将来のことを考えていました」

「どうだ。将来、いや未来を考えるのは随分と心躍るだろう」


 館脇少佐の見たところ、司令は国家というものを“コケ”にするつもりだ。

 言い換えれば馬鹿にする。

 他人を、しかも大勢の他人を犠牲にして、生け贄として成り立つ国家、そして政治というものをコケにして引っかき回すつもりだった。

 

 それには存在し続けること。

 それが肝要だった。

 彼、寺頭司令はやるだろう。

 世界中に拠点を造り、国土ではなく、組織を拠り所として、既存の国家を欺く。

 存在し続けることこそが、最大の拒否活動となる。


 かつて寺頭司令は館脇に語ったことがある。

 俺のしていることは、従来の枠の中では間違った考え方なのかも知れんと。


 だが、経済行動としての戦闘行為。それ自体は従来の国家となんら変わりはしないとも言った。

 また、政治、我々の場合は組織目標だが、その延長線上に戦闘があるのも然り。

 集団と自活、経済活動、そして軍事力。その全て自分らにはある。

 ただ、国家という枠組みがあるかないかの差でしかない。


 かようなことを語り聞かせた。

 そして最後にこう結んだ。

「俺は従来の枠を壊し、新たな枠組みを構築するつもりだ。だから、貴様を頼りにしている」

 

 それを思い出していた。

 ──微力ながらお手伝いさせて頂きます。


 館脇少佐は、心の中でそう答える。

 革命家は当初は反逆者と罵られるが、成功すれば英雄と称えられるの例え通り、目の前の男は今は反逆者でも、将来は開拓者かも知れないと館脇は思った。


 外では唯一残った戦車が貨車に搭載され、続々と兵が戻って来ていた。

 まだ火器を乱射している兵が残ってはいるが、部隊の殆どが客車への乗車を完了していた。


 やがてゆっくりと列車が動き始める。

 撤退の時を稼いでいた兵が集結して乗り込み、そして最後まで粘っていた一団も、列車が通過する瞬間を狙って飛び乗った。


 実験中隊と臨時の戦車中隊から派遣された二輌の中戦車は、白煙の発生と同時にそれ以上の突入を諦めていた。

 第七三軍本隊への攻撃を防ぎ、敵に痛打を与えると言う作戦目標を達成したいま、不用意に接近して危険を犯す必要はなかったからだ。

 それに白煙の中では同士撃ちの危険性も高かった。


 監視の中、白煙の中から機関車が稼動する音が響き渡る。

「やつら列車を動かしているぞ」

 誰ともなくそう言い合い白煙を凝視する。

 やがて煙の中から黒々とした機関車が姿を表した。


「あれで逃げる気か」

 車輌で逃げ出すとばかり思っていた中隊の面々は、その逃走方法に驚きを隠せなかった。

 そして一人の兵が、「馬鹿な連中だ。あれでは何処へ逃げようと追跡されるに決まっている」と感想を洩らした。


 河嶋兵長の試製一〇式二号機と紺野戦車長の一式中戦車二〇二号車は、白煙の中で残敵を求めたが、もう誰も残っては居なかった。

 紺野戦車長が白煙のすき間から列車に向けて照準を試みる。

 だが発射する前に、目標は暗闇の中に消えていった。


 戦闘は完全に終結した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ