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第94話 決起部隊 対 実験中隊 ── 国友の鉄砲鍛冶 ──

 ──どこからだ。

 梶山少尉は音のした辺りを探してみたが、暗くて良く分からなかった。

 方角からして味方と思われるが、今は大量の銃弾で制圧するような戦いを繰り広げている最中であり、単発小銃が大して戦力になるとも思えなかった。


 そう思っていると、短機関銃の銃撃音とはまるで違う単射音が、ふたたび響いた。

 遥か後方で誰かが敵を狙撃しているようだが、それで敵兵が倒された形跡はなかった。


 ──へぼ射手め。支援のつもりなら、もっと近付いて乱射するだけでいいのに。

 

 梶山少尉はいらだちを覚えた。

 そして、前面の敵に対して数発の銃撃を加えて牽制しつつ、なおも味方狙撃兵の観察を続けた。


 再び小銃弾が発射された。

 すると今度は敵に命中した。

 立射していた敵兵が銃の引き金を絞ったまま仰向けに倒れる様が目に飛び込んできたのだ。

 そして、またも小銃の発射音がとどろく。

 その銃口炎に一瞬照らし出された射手を見て、梶山少尉は信じられない物を見た。


 ──あれは持田じゃないか。あいつが銃撃に参加しているのか。


 しかしまだその時は、まぐれで命中した程度にしか思っていなかった。

 そして少しは役に立つかなと思い始めていた頃、放った弾丸が別の敵兵に命中し、その場で身を投げ出すように倒れていった。


 さらに射撃が続く。

 その度に敵は倒されるか逃げ腰になる。

 撃ち始めの頃とは違い、今は格段の精度で敵を射撃し続けている。

 決してまぐれではないこは、敵兵が一番良く感じている。

 だから逃げ腰になる。


 その段にもなると、急速に敵の圧力が減じていることに気がついた。

 確認のために梶山少尉も拳銃弾を敵に向けて放ち、相手の出方を窺ってみたが、もう先ほどの旺盛な戦意を感じることはなかった。


 梶山少尉は受聴器を外して首に架けていることに気つき、それを被り直した。

 入電はなかったもののまだ受信機は生きているらしく、空電の雑音が微かに届いていた。


 それにしても持田技官の射撃は的確だった。

 彼が銃機好きなのは知っていたが、夜間射撃に長けているとは思わなかった。


 ──そうか、暗視照準器か。

 そこに思い至った。

 確かに持田は暗視照準器を使って、高台から敵情を探っていた。

 あれを用いて狙撃している。


 気がつくと敵は既に逃げ出し、梶山達は虎口を脱したようだ。

 持田技官を護衛していた兵が救援に駆けつけ、機関短銃で逃げ腰の敵に銃弾を浴びせている様子も分かった。

 そして持田技官の射撃が梶山少尉の周囲に届くようになると、応戦もそこそこに敵は完全に待避していった。


 敵の射撃音は次第に鳴りを潜め、やがて辺りには静寂が押し寄せて潮騒が聞こえてくるまでになっていた。遠くで鳴り響いている銃撃の音も一時期に比べてかなり下火になり、戦闘が峠を越えたことを物語っていた。


「暗視眼鏡で見渡したが、敵は引き揚げたようだ。もう大丈夫だ」

 受聴器から持田技官の声が響く。


 さらに、「銃を取りに行ってすぐ戻ると言いながら、時間が掛ってしまって申し訳なかった。何しろ射点を見つけるのに手間取ってしまって」そう言葉が続いた。

 梶山少尉は途中で受聴器を外してしまったので、それは聞いてなかった。

 落ち着いて周囲を見渡すと、敵は全て引き揚げたようだ。


 そして梶山少尉は操車場を見回す。

 一角ではあるが既に味方の部隊が到達し、その場所を制圧している。

 特に試製一〇式歩機と一式中戦車が掃討戦に移行している様子が見て取れた。


 装甲車両と機械兵器が自由に活動できるということは、敵に打撃火力が喪失していることを意味している。

 つまり、反撃手段がもうほとんど残されていない。

 それを確認して、やっと安堵の溜息をつくことができた。


「ご苦労だったな。戻ろうか」

 梶山少尉は横の二等兵に向け、肩を叩きながらそういった。

 彼はその合図でようやく気が緩み、一瞬何のことかわからない顔をしたが、事態を把握すると笑顔をたたえて返事をした。


 二人はその場に散乱している物品を手早くかき集め、残敵を警戒しつつ身を低くして移動した。そして持田技官の所へと戻ると、彼は小銃を立てて煙草をくゆらせていた。


「ありがとう、助かったよ」

 梶山少尉が礼をのべるのを、持田技官は煙草を持つ手を振って応える。

「礼には及ばんよ。俺が銃を取りに車輌まで戻らず、ずっと暗視眼鏡で適時報告していたら、ああまで囲まれなかったかも知れない」


 そう反省を洩らした。

 だが梶山少尉は助けて貰ったことの方が大事だった。

「結果論でいえば全員助かったのだから、これでいいさ」


 彼らの視線には、戻りつつある警戒班の姿があった。

 一人は二の腕を押えてはいるが、軽傷のようで他に損傷は無かった。

 かなりの激戦ではあったが、重傷者も戦死者も居らず、しかも敵の意図を挫く当初の目的も達成した。満足すべき結果だった。


 その時になって、梶山少尉は先ほどまでの疑問を思い出し、それを口にする。

「それにしても、お前がそんなに射撃が上手いとは知らなかった」


 その感想とも問い掛けとも取れる言葉に対して、持田技官は銃を見ながら言った。

「もちろん暗視眼鏡のおかげだよ。これならどんな暗闇でも敵の姿をとらえるのに苦労はないから」

「でも、それだけじゃないだろう。いくら照準器が良くても、射撃の腕が確かでないと。一体、いつ何処で覚えたんだ」


 持田技官はくわえ煙草で銃を背負い、そして顔を綻ばせた。

「いったろ、俺の実家は滋賀の国友だって。鉄砲鍛冶はな、射撃にも長じていないと駄目なのさ」

 そう言って笑みを浮かべた。

 それを聞いた梶山少尉も笑みを返し、そして全員で中隊本部への帰路についた。

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