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第92話 決起部隊 対 実験中隊 ── 襲撃班の窮地 ──

 そのころ、梶山少尉の襲撃班は敵に囲まれ、窮地に陥っていた。

「そこから早く離れたほうがいい」

 受聴器に持田技官の声が響く。


 ──左右を敵に囲まれているんだぞ。どこに逃げればいいんだ。

 そう思い、一方向の通信手段にいらだちを覚えていた。


 確かに小型受信機による監視報告は有り難かった。

 しかし報告が完全に聞こえないこともあり、さらに状況のつかめぬまま新しい報告を受信するものだから混乱した。


 その頃の梶山少尉は、装填手の二等兵と共に擂り鉢状の窪地で身動きが取れなくなっていた。

 背後へ逃げ出そうにも敵の射線上から逃れられずに、底で身を隠すほかなかった。


 したがって逃げろと言われても、この状況下では無理だった。

 だがこのまま留まっていても、何時かは包囲されて銃弾を撃ち込まれるのは確実だった。


 そのさなかにも持田技官の声が届く。

「右側の敵が砲を構えている。一時だ、一時の方角だ」

 そのように追加の報告がもたらされた。

 その情報に従い、顔をのぞかせて指示された方向を見る。


 確かに、草を背景にした敵兵が噴進砲を構えているのが見えた。しかもその影は、構えたまま微動だにしていない。


 ──危ない。

 梶山少尉は警戒の二等兵を掴み倒し、地面に押しつけた。

 直後、噴進砲独特の発射音が鳴り響き、窪地の外縁で炸裂した。

 押し寄せた衝撃は彼らの体を激しく揺さぶり、そして吹き上げられた熱い土砂が容赦なく降り注いだ。だが、被害はそれだけで済んだ。


 ──ちくしょう、やりやがったな。

 梶山少尉は怒りと共に噴進砲を構え、あまり正確ではない照準で発射した。


 砲弾は炎を噴出しながら飛翔し、そして敵の頭上を越えて飛び去って行く。

 その噴射炎で、敵兵が頭を下げるのが僅かに見えたのだ。


 傍らの二等兵が、必至の形相で二式短機関銃を別の方角に向けて発射している。

 彼らは完全に囲まれ、次々と歩兵が押し寄せているかのようだった。


 襲撃班の別の二名。

 彼ら警戒に当らせた兵も盛んに銃を撃っているが、その形成は著しく不利に思えた。

 そこかしこで銃口炎が閃き、その度に頭上を銃弾が飛び、遮蔽の土と砂が飛び散っていく。まるで銃弾で削り取るかのような烈しさだった。


 そして気がつけば持田技官からの入電も無くなっていた。

 これだけ敵が押し寄せ、しかも危なくなったら退避するように言い渡してあるので、逃げ出しても無理はない。

 ただ気掛かりなことは、技官の護衛に付けた兵の所在だった。

 彼が戻ってくれれば戦況もかなり有利になる筈だ。今は戻ってくれることを願う他なかった。


 ──とにかくあの噴進砲をどうにかしないと。

 梶山少尉は仰向けになりながら、上目遣いで敵の火点を確認した。

 その時、また付近に砲弾が着弾し、目と口のなか土が飛び込む。

 それを吐き出しながら、盛んに機関短銃を撃ち続けている二等兵を呼んだ。だが敵に気を取られ、また発射音で聞き取れないのか、返事は無かった。


 梶山少尉が二等兵の鉄帽を手で叩く。

 ようやく彼は自分が呼ばれていることに気がついた。


「今から連続で発射する。素早い装填を頼む」

 その指示に対して暗闇の中で二等兵がうなづく。


 その決意と不安が入り混じった表情を見た梶山少尉は、──この若者は殺させない。決起部隊だか反乱軍だか知らんが、あんな連中に殺させてなるものか。何としてでも無事に帰してやる。

 そう強く思った。


「不安か、俺の言う通りにしていれば大丈夫だ。今度の週末にはまた外出できる。好きなあの娘にも会えるぞ」

 梶山少尉は気を紛らわせるために、そういってやった。

「そんな、あの娘になんて、自分は、まだ、そんな」

 初心な若者だった。

 言われたことに動揺し、うろたえている様子が夜目にも分かる。


「軽い冗談のつもりだが、本当だったか。お前も隅に置けないな」

 二等兵が暗闇にもそれと分かる白い歯を剥いて笑顔した。

 思い人の顔を思い出した彼は恐怖が薄れたようだ。


「よし、やるぞ。先に銃で噴進砲を構える兵を撃ってくれ。当らなくてもいい、相手の頭を下げさせるだけでいいんだ。出来るな」

「はい」


 力強い返事が心地よかった。

 梶山少尉は伏せ撃ちの姿勢を取り、そして、「今だ、やれ」と合図した。

 二式短機関銃が短い連射を目標に叩き込むと、予想通り敵は頭を竦めて身を隠した。少尉はその隙を逃さずに狙いを定め、そして砲を発射した。


 砲弾は敵兵が潜む僅か手前に着弾し、表土を大きく弾き飛ばしはしたが、相手は無事だった。

 だが、それが彼、梶山少尉の狙いだった。

 その攻撃で遮蔽物を弾き飛ばし、敵を暴露させるのが目的だった。


 直後、二等兵が発射機本体、その後部に砲弾を差し入れる。

 それとほぼ同時に、後部にある砲弾留め金、それで砲弾を固定する。


 発射機は、いうなれば金属の筒だ。

 そのままでは砲弾が滑り落ちる。

 それを防ぐ金具だった。


 さらに留め金は電極にもなっている。

 電気の力でもって砲弾の推進火薬に着火させる、その電極としての機能も備わっている。


 装填は一瞬で終わる。

 その後、横に退避する。

 そのまま噴進砲の後部にいたら、砲弾が推進する燃焼火炎、それをもろに浴びる。

 それを後方爆風という。

 それを避けるために横にずれる。


 射手である梶山の肩を、二度たたく。

 たたんっ、と勢いよく、相手に伝わるように叩く。

 そして言う。

「装填完了」


 梶山少尉はそれを受けて、照準の細部調節を行う。

 暗い夜間でも、照準線に敵が収まる。

 今度は手前でなく、その中心に敵を据える。


 握杷──グリップ──をにぎる。

 その内部には小型の発電機が備わっている。 

 砲を安定させて、引き金をぐっと絞る。

 電気が発電される。

 一度、コンデンサに電気が蓄電され、それが一気に放電する。


 回線を通じて電気が走る。

 それが砲弾の推進火薬に着火。

 勢いよく、奮進砲弾が筒内を走る。


 燃焼をともなった砲弾が発射機の砲口から飛び出して、敵目がけて推進する。

 そしてほぼ同じ所に着弾。

 だがそこには遮蔽物となる土はない。

 先の攻撃で吹き飛ばしたからだ。


 だから命中する。

 敵兵に、もろに砲弾が直撃する。

 戦車の装甲を融解させる爆炎だ。それを浴びて無事な兵士など居ない。

 敵は爆散した。


 その結果に梶山少尉と若者は顔を見合わせる。

 ──やった。と、喜びが両者の表情に表れている。

 連携の取れた兵士は、こうして状況を打開する。

 その喜びが激戦の中で、顔をほころばせた。

 だがその一瞬のあと、彼らは表情を一変させる。


 それは黒い物体を見たからだ。

 自分たちが身を隠すその窪地。そこに投げ込まれた黒い物体。それを見た梶山、恐怖に全身の毛が逆立つ。

 ──手榴弾!


 それをつかんで直ぐに外に投げ返す。直後、手榴弾は爆発した。

 危ない所だった。

 敵の噴進砲を攻撃することに専念している間、他の歩兵が肉薄していることに気がつかなかった。

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