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第9話 実演開始当日 ── 拠点攻略・状況確認 ──

 操縦装置と電気式計算機の連動に悩みつつ、橋田兵長は拠点に肉薄する為に試製一〇式歩機を操作していた。


 深い涸れ川に進入してトーチカの速射砲を避けたまでは良かったが、足場が不安定な上に巧妙に偽装された複数の銃眼から狙撃されていた。また、少人数の噴進砲班が思いがけない所から出没し、容赦無く砲弾を浴びせてきた。

 噴進砲とはロケットの和名で、噴進砲班というのは、個人携行のロケットランチャーを装備した少人数の編成を指した。


 工兵が充分な準備の末に構築した陣地を、訓練と補給の行き届いた歩兵が活用するとどれだけの働きが出来るのか、その良い見本のような陣地だった。


 橋田兵長は敵の姿が視界に現れるやいなや素早い撃退行動を行い、空包で制圧してきた。今までの所、判定官は損害なしと判断しているが、少しでも反応が遅れれば軽微な損害を受けたとされるかも知れず、砲ならどんな物でも致命傷となった。


「こんな所を単独攻撃するなんて、実際にはあることなんですかねえ?」

 橋田が疑問を口にする。

 操縦に苦労している筈だが、橋田兵長の口から出てくる言葉に緊張感はない。それにこの発言は、報告と言うよりも単なる気分的な発言でしかなかった。


「大陸の戦闘では、八九式戦車が敵中に単独突入するのは日常茶飯事だ。もっと小型の九四式軽戦車だって同じことをする。歩兵はそんな活動を求めるものだし、それに答えてこそ信頼も得られる。だから我々も同じことができると証明せんといかん訳だ。頑張れよ」

 梶山少尉は、大陸での戦争経験からこのように語った。


 工兵は陣地構築の他に、歩兵が釘付けになるような強固な障害に対して単身または少人数でもって挺身攻撃を行い、破壊筒や梱包爆薬でもって障害を除去しなければならなかった。つまり、さっきまで陣地を作っていたかと思うと、その次にはどの兵科も二の足を踏む最前線に突撃しなければならない。


 そして敵の待ち受ける陣地に対する攻撃は、もちろん死傷率も高い危険な任務ゆえに、戦車の支援ほど有り難いものは無かったのだ。歩機の開発意図の一つに、挺身攻撃を生身の人間に成り代わって単独で行えることが盛り込まれていた。戦車ではそこまでの働きは期待できないため、陣地攻撃は歩機の特性を見せつけるためには是非とも成功させなくては成らなかった。


「了解、やってみます」

 橋田は変速装置を切り替え、践板(せんばん)をゆっくりと踏んで機体を後ろに下げた。そして乾いた川底を進んだ。


 富士の裾野には、まるで迷路のように涸れた川や溝が数多く存在していた。浅いものなら数十センチから、深いものなら十メートルにも達した。その溝を隠すように樹木が被い、慣れている兵士ですら落ちることもままあった。特に夜間に無灯火での行動中は注意が必要だった。橋田兵長はその溝を縦横に活用して、敵地に肉薄していた。


 途中、溝の中に対抗する歩兵分隊が現れ、それと同時に携行式の噴進砲を発射してきた。橋田はとっさに機体を沈め、白煙を曳いて飛ぶ砲弾をやり過ごした。

 外れた砲弾は機体後方に着弾すると、小さな爆発を起こして石灰の粉を付近にまき散らした。この粉が爆発の範囲を示すのだが、歩機には僅かな印も着かなかった。


 直ちに歩機右腕の五式重機関銃を分隊に向け、空包を一連射した。

 たちまち判定官が赤い旗を歩兵分隊に向けて指し示し、歩兵分隊を制圧したと判定した。歩兵は次弾を発射する間もなく、不平顔で後方へと退いて行った。


「危なかったな。次は狼狽え弾でも良いから発射しろ。敵は狙わなくてもいいんだ。まぐれ当たりでもこっちには致命傷だからな」

「はい」

 梶山少尉の指示に、橋田は短く答えた。その間にも目は油断なく辺りを這い、動く物はないかと緊張しながら先へと進んだ。


 やがて新たな敵と出会うことなく、涸れ川の端に到着した。底浅く、溝は陣地に対して塹壕のようになっていた。


橋田兵長は機体を縁から出ないように注意しつつ試製一〇式の上体を起し、操縦席上部の乗降扉を押し上げて前方を見た。陣地は丘を取り囲むように存在し、丘の頂上には厚いベトン(注:コンクリート)に覆われたトーチカが存在を誇示していた。そして周囲には平原が広がっているために歩機が隠れられるような遮蔽物は一切無く、そして地雷も埋まっているはずだった。


 ──陣地まで残り四〇〇メートルといった所か。動きは見えないけど、やばそうだな。

 そこかしこで北風に揺すられている萱蕪(かやかぶ)のどこかに、一式機動速射砲が潜んでいる筈だった。


 この砲は旧式の部類で、しかも口径も四七ミリと小さいが、それだけに軽敏で隠匿するに適し、また命中率も高かった。付近を双眼鏡でつぶさに調べたとしても決して露わになることは無く、撃たれて初めて分かるのが常だった。実戦では、撃たれたことさえ気が付かず、即昇天するかも知れない。そして各砲には必殺の射弾を送り込むべく、照準を覗き込む兵士が居るはずだった。そのような厄介な敵が歩機を待ちかまえていた。

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