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第89話 決起部隊 対 実験中隊 ── 試製一〇式歩機 対 七式歩機 ──

 戦線右翼で苦闘する歩機一号機。

 その操縦席で橋田兵長は状況の変化に気がついた。

 今まで試製一〇式を押し出すとたちまち噴進砲弾が飛来してきたのに、それが途切れたからだった。


 梶山少尉の攪乱はこのように、たちまちにして効いた。

 だけど連絡を受けていない橋田には何が作用したのか、状況の変化のその大本は知りようがない。

 だけどもこれを機会だと思った。

 この隙を逃したら、また敵は体制を整えるに決まっていた。


 そう思っていると、状況を察知した一式中戦車一〇二号車の近藤戦車長からの入電があった。

「こちら近藤。橋田、無事のようだが、怪我はないか。それと機体に損傷はどうだ」


「いえ、今の所はべつに」

 状況は逼迫しているが、機体に損害は発生していなかった。

「そうか、それは良かった。気がついていると思うが、敵の攻撃が弱まっている。誰かは知らんが、側面から攻撃してくれたので敵の注意がそちらに向かっている。この機を逃さずに反撃に転じようと思う。どうか、来られるか」


 橋田兵長は、近藤戦車長が同じことを考えていることに単純に喜びを見出していた。

「はい、自分に異論ありません」

 思わず声が弾んだ。


「そうか、なら話は早い。敵の中戦車と歩機を叩こうと思うが、橋田はどちらをやる」

「歩機にします」

 彼は即答した。


「そう言うだろうと思っていた。余り時間を置くと体制を整えられてしまう。一気に行く、敵の位置を確認したか」

「確認良し」

「準備は良いか」

「準備良し」

「では行くぞ……」近藤戦車長はそこで一旦間をおき、呼吸を整えて突入する時期を合わせた。そして号令した。

「突撃、前へ」

 一〇二号車と試製一〇式は同時に飛び出した。


 橋田兵長は隠れていた遮蔽物から機体を押し出し、真っ直ぐに操車場へ駆けた。

 中戦車の一〇二号車は雑木林を走り抜け、増速しつつ草地を通過して行く。

 そして橋田兵長の駆る試製一〇式の姿を追い求めた。


 戦場で姿形の目立つ歩機に攻撃の火線が集り始め、近藤戦車長はそのことに焦りを感じた。

 何しろ、試製一〇式の通り過ぎた地点や空間には砲弾が幾つも炸裂し、曳光弾が飛来していた。少しでも停止するとたちまち被弾しかねない状況だった。しかし、それでも先ほどよりも火線密度は薄かった。


 その状況を見かねた近藤戦車長は、少しでも注意を自分に曳きつけようと、見当で主砲を発射してみせた。

 もちろん正確な照準もなしに発射された砲弾では命中は期せない。

 それでも構わず発射しつつ、彼は、「急げ」と乗員に声を掛けた。


 橋田兵長は敵の攻撃が集中する中、つとめて冷静に狙いを読み、位置、攻撃間隔、技量を推し量り、相手の裏をかいていた。

 今や彼は、周辺で起きていることを肌で感じ、射弾の進路が手に取るように分かり始めている。それを避け、狙いをはぐらかし、潜り抜けるだけで良かった。


 ──見える。敵が何をどう狙っているのか、手に取るように分かる。

 橋田兵長は、避けているというよりも、敵が発射する弾の隙間に試製一〇式を押し込んでいる気がしていた。


 まったく奇妙な感覚だった。

 本人は気が付いてないだろうが、それは覚醒。

 戦場での興奮が極限状態に達し、神経が研ぎ澄まされると発生する、感覚で見ているとしか形容しがたい知覚だった。

 これを味わった兵士は戦に強くなる。

 だが、説明の付かない現象ゆえに、それに頼ると危険でもあった。


 新感覚に気を良くした橋田兵長の試製一〇式は、道路を越え、操車場に達していた。

 そして、幾つかの集積物を利用し、尚も深部へと進んでいく。

 その際にも、不思議に知覚は続き、それが彼を大胆にさせた。


 決起部隊の七式歩機の乗員は、自分に向かってくる新型の歩機を見た。

 そしてこう思う。

 ──あん畜生、まるで俺の弾が見えているのかのような動きをしやがる。だがもうこれ以上近付けば、決して外れない距離だ。少々腕が立つからと言って、調子に乗りすぎたな。


 彼の見ている前で、試製一〇式は資材に機体を隠しつつ近付いている。

 その左右どちらから飛び出しても、瞬時に照準を合わせられる体制にあった。

 そして自分の七式は完全に遮蔽物に機体を隠し、しかも敵は突っ込んでくるしか脳の無い操縦者に見えた。


 ──これが経験の差だよ。

 七式の操縦者は勝利を確信した。

 そして一際機体を沈め、動力腕の砲を押し出す。


 そして狙われている橋田兵長。

 彼も敵の狙いが読めていた。

 このまま資材の脇を通り抜ければ、どうしても敵弾を浴びる。

 それは確実だった。


 ならば、完全に敵の予想を覆す行動に出なければならない。

 でないと自分が死ぬだけだ。

 できれば、その行動と攻撃が合わさった方がいい。

 完全に裏をかけるのは一度きりだ。

 そう考えたのはほんの一瞬。

 思考すると同時に体が反応し、機体を操作していた。


 ──来る。

 七式の操縦者は照準器を見つめて身構えた。

 そしてその直後、自分の予想が覆った事を知る。


 試製一〇式には脚接地面に防滑突起、つまり足の裏と側面に杭状の突起物がある。

 橋田兵長は歩機の脚を上げて積載資材に乗り上げ、そして防滑突起を資材に食い込ませて機体を強引に押し上げた。


 機体背面の発動機が大音響を立てる。

 その出力を、力を、操縦者の求めに従い脚部に伝えていく。

 途端、それまで重量と重力に逆らっていたのが、まるで嘘のように機体が軽くなった。

 試製一〇式の機体は資材を飛び越えた。


「上か!」

 七式の操縦者は、自分の失敗をそう叫んだ。

 そして瞬時に押し寄せた絶望を味わう。

 慌てて砲を指向しても間に合う筈がなかった。


 橋田兵長は資材を飛び越える寸前に、おおよその照準を終えていた。

 距離は近く、砲の延長線上に敵の機体を捕らえるのに苦労は無かった。

 微調整も必要ない。

 空中での狙撃、それ自体に問題は無かった。

 そしてそれは、激しい機体の挙動にも揺らがなかった。


 試製一〇式は飛翔の頂点で砲を発射。

 放たれた砲弾は間髪を入れずに七式の天頂部に命中し、機体後部の発動機室を貫通した。

 そして試製一〇式が両足を広げて着地するとほぼ時を同じくして、七式は仰向けざまに崩れ始めていた。


 その勝利の余韻に浸る間も無く、橋田兵長は機体を屈めた。

 直後、その空間に砲弾が飛来した。

 ここは敵地、そのど真ん中。

 一時たりとも停止はできない。

 試製一〇式はそのまま退避行動に移り、貨車と資材の間に逃げ込んだ。

 その後を追うように砲弾が飛来し、遮蔽物が次々と破壊され、崩れていく。

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