第86話 決起部隊 対 実験中隊 ── 分隊長と分隊員 ──
梶山少尉ら臨時の戦闘班が展開しているさなか。
戦線右翼で試製一〇式歩機一号機を操縦する橋田兵長は苦戦を強いられたままだった。只でさえ苦しいのに、その方面に決起部隊の軽装甲車までが戦闘に参加したからだ。
小さな車体を生かして遮蔽物に潜り込み、砲塔だけを出して三七ミリ砲の射撃を開始していた。そして決起部隊の装甲された敵護衛部隊は、砲列を敷いて待ち受け、少しでも試製一〇式が姿を表すと、その瞬間に噴進砲が飛来するようになっていた。
火力は圧倒的に決起部隊が上だった。
そして士気と練度が高く、隊列が崩れる様子もなく、実験中隊はなんとか戦線を維持しているに過ぎない。
ここで軍本部が新手を繰り出せば一気に状況がくつがえせるのだが、それは望めぬことだった。
しかし、業を煮やしているのは決起部隊も同じだった。
彼らも実験中隊が臨時編成とは思えぬと認識を改めていた。
かように双方とも、相手のことをしぶとい嫌な相手だと苦々しく思っていた。
その時、操車場中央では新たな動きが発生する。
それまで奥から砲を撃つだけだった決起部隊所属の九七式中戦車改二型がその場から動き出し、操車場を出て戦線中央部に突出してきたからだった。
実験中隊中央には対装甲兵器がなく、その隙を突いた形となった。
見抜かれたといっていい。
本来なら左右に展開している試製一〇式歩機と一式中戦車から十字砲火を浴びせれば事足りる。
だが、左右戦線とも膠着し、撃ち竦められている状況下では支援もままならない。それを見透かされた。
その九七式中戦車改二型が戦線中央の突破に成功すると、全体が瓦解する恐れがあった。
「馬鹿野郎、うろたえるんじゃねえ」
そう叱責したのは、実験中隊中央を受け持つ火力支援の分隊長だった。
戦車が自分達に向かってくるのを見て分隊に動揺が走ったからだ。
「俺達は運がいいんだ。ここは喜ぶべきなんだよ」とも続けた。
「何故ですか、戦車ですよ。あんな物に来られたら、もう」
若い兵が、そこで言葉を切った。「お終いじゃないか」と言いたいのだった。
いまにも逃げ出しそうな顔をしている。
だけどそんなことはその場にいる全員が分っている。
一番よく分っているのは、叱りつけた分隊長本人だった。
だけどその分隊長が答える。
「あの戦車はな、遠くで撃ち続けている方が俺達には厄介な敵だったんだ。それを痺れを切らしたか何だか知らないが、自分の方から近付いてきやがる。労せずしてあれを狩ることができるんだよ」
そう説明した。
だがそれを聞いても、まだ幾人かが心配そうな顔をしている。
それを見て、──まずいな。と分隊長は思った。
敵の中戦車はなおも近付き、早急に不安を取り除かないと本気で逃げ出してしまいそうだった。
「いいか、あの戦車は間抜けなやつと思え。我々は深いやぶの中に居るし、遮蔽物も沢山ある。しかも夜間だ。あれが俺達の真中にきたとしても、戦車の乗員は何も気がつかない。だから、こんな所まで来るようなお調子者は、きわめつけの馬鹿だ。しかし、これを怖がるやつは、もっと間抜けのあほだ。まだ戦車の後ろにいる歩兵の方が、数倍も危険だ」
その分隊長の言葉で、動揺が走っていた部隊に落ち着きが戻る。
──なるほど。
各員はそう思った。
戦車よりも危険と言われた歩兵なら、自分らにも対処できる。
夜間に遮蔽物に身を隠している自分達に何倍もの利があることを、分隊長は語り聞かせたのだった。
──とは言え、どう撃退したもんか。
ただ部下には語り聞かせはしたが、分隊長である自分にもどう戦えば良いか具体的な方法は思いつかなかった。
いや、思いつかなかったというよりも、方法があり過ぎて考えがまとまらなかったと言った方が的確だった。この場合、躊躇することが一番まずい。
自信の無い攻撃は、不思議と成功しないことを分隊長は知っていた。
──この場合、何で戦うのが得策か。
そう考えあぐねていると、「分隊長、どう戦いますか」と部下から質問を受けた。
それを受けて彼は、「決まっているだろう。柄付き爆薬を使うんだよ」と指示をくだす。
そう言葉を発しながら、──あれ、俺、即答しているよ。と、自分でとっさに言葉が出たことに驚いていた。直前まで考えあぐねていたのに、質問されることで瞬時に答えを見つけたからだ。
「柄付き爆薬をどうするんですか?」
さらに質問を受けた。
「歩兵には、接触信管を仕込んで投げつける。念のために発火具も併用する。それだけでいい。手榴弾よりもずっと効果がある。戦車には幾つかを車体と砲塔の隙間に差し込んで、それから点火させる。もしそれで駄目なら、履帯の上に置くだけでいい。戦車は足さえ壊してしまえば、後は何とでもなるからな」
そう答えたものの、実際の所、分隊長である彼には答える直前まで何も具体的な方策を思い付いては無かった。
それであるのに、「俺達は基本的に工兵だ。工兵は爆薬を使わせれば何処の誰よりも上手く、どんな破壊でも思いのままだ。だから爆薬を仕掛けられる内は何も恐れないでいいんだ。自信を持て」
そう付け加えもした。
語り終える頃には、それまで分隊に蔓延していた恐れや恐怖は完全に無くなり、反対に自信がみなぎっていた。
「何とか、何とかできそうな気がしました」
一番怖がっていた新兵が落ち着きを取り戻しつつあった。
分隊長は思う。
──解ってないな。俺を育てているのはお前さん達なんだぜ。お前達が居てこそ俺は分隊長で居られるし、とっさにあれこれ思いつくのさ。
分隊長は部下を頼もしく思うと言うよりも、有り難く思っていた。
その間にもゆっくりではあるが決起部隊の九七式中戦車改二型戦車が近付き、既に目の前まで来ていた。
「戦車をやり過ごして、先に歩兵を叩く。戦車はせっかくの大物だ、最後にゆっくり料理してやる」
分隊長は、静かにそう言った。




