第85話 決起部隊 対 実験中隊 ── 電池管式受信機 ──
「もう行くぞ。機関短銃だか短機関銃かは良くは知らないが、それを数丁と弾丸を持ってついて来てくれ」
そういって梶山少尉はさっさと歩き出す。
もうこれ以上訳の分からない銃が出てくるのは御免と思ったからだ。
そして中隊本部に残っていた伝令四名を呼び集め、彼らに持田の持っていた機関短銃と手榴弾を手渡して簡単な訓示をした。
「今から敵の側面を突く。噴進砲を数発撃って直ぐ戻るつもりだから、心配しなくて良い。銃の操作は簡単だから目的地に着くまでに覚えて欲しい」
質問の無いことを確認してから、梶山は自動貨車の操縦席についた。持田技官も助手席に座る。
兵が後部荷台に乗車したことを告げ、それを受けて発進させた。
「あと、これ持って行けよ」
走り出して間も無く、持田技官がまた何かを差し出した。
「まだ何かあるのか」
呆れ果てる思いで、差し出された物を見据えつつ言った。
取り出した物品は、小型の受信機のようだった。
「これは短波帯の受信機だ。本体は図嚢に入るような大きさにしてある。俺が暗視装置で敵情を視察するから、その様子を無線で飛ばす。お前が受信機でそれを聞けばいい。双方向通信ではないので聞くだけだが、まったく情報がないよりましだろ」
──また珍奇な物を持ち出しやがった。
それが正直な感想だった。
持田が手渡したのは、彼お手製の自作受信機だった。
それは小型かつ軽量にまとめられ、1kg強の重量に収まっている。
それもその筈、彼は電池管と呼ばれる真空管を使用していた。
一般的に真空管は大量の電力を消費する。
軍用であれ民生であれ、それは変わらず、とくに軍用は高い電力を必要とする物がほとんどだ。それは安定性と高性能を求めるからに他ならない。
ただし持田が自作受信機に用いた電池管。
これは屋外でも簡便に装置を使えるように、蓄電池使用を考えて作られた真空管を用いている。だから電池管と呼んだ。
電池管と言っても今日のような乾電池のみで動作はしない。12Vないし24Vを必要とする。たて横10センチほどの蓄電池を用いる。だから携行できるといっても少々重量はあった。
それでも軍用の一番軽いとわれている受信機でさえ10kgを超える。
車載の高性能受信機ともなれば、30kgは当たり前にある。
それに比べたら、2kgを超えない受信機などは比べものにならないほど軽い。
ただし安定性や耐久性はない。その試験もしていない。
これは軍採用を期待しての製作でもなんでもなく、普段の歩機試験で簡単に無線連絡ができるように、ただの現場使用のために作っただけなのだ。
それを急場で用いようとしている。
「分かった、持って行くよ」
力なく答えた。
これから少数で敵に乗り込んでいくというのに、もうこれ以上かき回されたくないのが本音だった。
車輌は暗闇の斜面を駆け降り、数分走るだけでふもとに着いた。
少し離れた操車場では、激戦が繰り広げられている。
その双方の激しい応酬がとどろき、いやが上にも全員に緊張が走る。
そして用心のために北品川方面まで迂回し、道路を横断して線路を越え、操車場の外縁を通過して海岸近くまで進んだ。ここまで来れば、敵の裏側から発見されずに近付けると見ていた。
「降車」
全員が砂地に降り立ち、標的になりそうな自動貨車から離れた。
そして周囲を砂に囲まれた窪地に身を隠し、最後の調整に入る。
「持田はこの近くに残って暗視装置で確認してくれるだけでいい。問題はその場所だが……」
そう言って梶山少尉は周囲を見渡した。そして草の生い茂った高台を見つける。
そこを指し、「あそこがいい。あそこに登れば操車場が見渡せるだろう。護衛として彼を置いていく」と、若い伝令の肩を叩いた。
「お前は持田技官の護衛を頼む。俺達がやられたり、もし帰らなかったら、直ちに技官を連れて中隊本部に戻れ。いいな」
「はい」
指示を受けた二等兵が固い表情で頷いた。
「残りの者は俺と来てくれ。装填手は君が、他の二人は周囲の警戒だ。分かったか」
装填手に指定された兵は弾薬嚢を手に持ち、警戒を指示された二名も緊張した面持ちで返事をした。
それを確認した梶山少尉は、図嚢の中に手を入れて受信機の電源を入れ、受聴器を被って耳に当てた。そして噴進砲と日野自動拳銃を手に立ち上がると、持田技官に向かって、「これ、頼りにしているからな」と、耳の受聴器を指差した。
「ああ」
緊張した面持ちで持田技官が答えた。
「では、行くぞ」
集団は小走りでその場を離れ、銃撃の続く戦場へと向かって行く。
その姿を残された伝令と持田技官が見送った。
そして姿が見えなくなると同時に、彼らもまた高台に向けて走り去った。
後には風に揺れる葦だけが残され、そのざわめきと潮騒に混じって銃声が鳴り響いていた。夜明けまでまだ四時間以上も残されており、戦闘が止む気配はまだなかった。




