第83話 決起部隊 対 実験中隊 ── 員数外 ──
戦車は低速行進で発動機の音を押え、線路に沿ってゆっくりと近付いていく。
履帯が敷石を踏み締めてかなりの音を立てても、銃弾が飛び交う戦場ではそれさえも掻き消される。
そして河嶋兵長が他所へ向けて銃撃を開始した。
それで周囲への警戒がおろそかになった。
その隙を突かれた。
中戦車は増速を開始して近づき、もう寸での所まで接近を終えた。
──よし、やれる。戦車より強いと噂の新型を俺が倒す。
決起部隊の戦車長がそう確信を強める。
もう少しで照準動作を終えると、思ったそのとき。
自車前方に飛び出してくる物があった。紺野戦車長の二〇二号車だった。車体が急旋回して、砲が自分に向きかけている。
「河嶋退避しろ。戦車が接近している」
試製一〇式の操縦席、その無線から警戒をうながす声がする。
無線の主は二〇二号車、紺野軍曹だ。
河嶋兵長は狼狽えた。
敵が忍び寄っていることなど欠片も察知していなかったからだ。
決起部隊の戦車長は、目の前に現れた敵──二〇二号車──に慌てた。
──こんなときに新手か。
彼はそう舌打ちしつつ砲塔の回転把を忙しくまわし、新しく現れた戦車に応戦しようと足掻く。
そして、もう直ぐ二〇二号車を捕らえる位置に砲塔の回転が達しようとした、そのとき、照準眼鏡の中で敵車輌が先に砲塔の回転を完了し、完全に自分を狙っていることを知った。
──畜生め。
そう罵りの感情がわいた直後、二〇二号車の砲弾が飛来し、衝撃と共に彼の意識は永久に途絶えた。
そして車内の砲弾に誘爆し、その猛烈な燃焼は砲塔を車体から浮かして弾き飛ばしてしまった。燃料も激しく燃え盛って全体が火炎に包まれ、全乗員が運命を共にした。
その衝撃を試製一〇式歩機は機体に受け、河嶋兵長は自分の近くにまで戦車が忍び寄っていたことに恐怖した。
爆発の衝撃が、飛び散った破片が、歩機を叩く。
そんな距離にまで接近していたからだ。
「阿呆が、気をつけんか」
その直後に紺野戦車長の叱責が無線から届き、河嶋兵長の耳を打った。
さらに怒鳴り声は続く。
「その機体は少々目立つんだ。それなのに敵の真中まで突撃しやがって、命が惜しくないのか。そんなのに付き合わされるの御免だからな」と、一気に捲くし立てられていた。
「は、あの、つい」
操縦席で河嶋兵長は弱々しく答える。
戦闘中に怒られたことなど初めてのことだった。
「一人で無茶するな。いいか、いつも運良く助けてもらえると思うな。こんなのは一生に一度だけだ。見ろ、そこの戦車を。本当はお前がそうなっていたんだぞ」
河嶋兵長は残骸となって激しく燃えさかる戦車を見た。
確かにそうだった。
破壊された中戦車は、貨車に挟まれた狭い隙間を進んでいた為に行動を制限されていた。それが明暗を分けた。
これが市街戦の難しさだ。
敵は遮蔽物に隠れて接近する。
だけど、その敵もまた遮蔽物で接近を許す。
そして明暗は一瞬で決まる。
ほんの一瞬。
その差は技能だけでは埋まらない。
「すみませんでした。以後気をつけます」
無線を通じて弱々しい声が戦車内に鳴った。
普段は同僚かまたは上官の声しか届かないその無線機が、今日は違う声を流している。
それはどう聞いても少年のあどけなさがする。紺野戦車長は少し言い過ぎたかなと気の毒に思い始めていた。
「とは言えだ、君の健闘精神が旺盛なのは良しとする。操縦も戦闘も見事だった。だからといって無茶してはいけないよ、分かったかね」
そう優しく言い聞かせた。
まるで教官だなと、言った自分でも思う。
「はい」
「とりあえずはいったん戻るぞ。敵は今は退いているが、敵中なのは変わりない。囲まれないうちに味方を援護できる所までさがる。着いて来い」
その判断は正解だった。
歩兵を伴わずに現れた戦車と歩機を潰そうと、決起部隊の護衛分隊が対装甲兵器を手に駆け付けていたからだ。
彼らが押し寄せてくる前に、二〇二号車と試製一〇式歩機は退避を完了した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
同じ頃、実験中隊最右翼でも激戦が続いていた。
──倒れても起き上がってくる。化け物みたいだ。
橋田兵長は敵装甲歩兵が銃弾を浴びても、余り戦闘力を失わないことに少々焦りを感じていた。
さらにますます活発に攻撃の手を強め、実験中隊の部隊右翼を半ば包囲しかかっていた。
橋田の駆る試製一〇式一号機は、小高い丘を遮蔽物にしたまでは良かった。
だが、それを乗り越えて攻撃に移れないでいた。
無理して迂回しようにも敵が照準を完了して待ち伏せ、少しでも姿を見せるとすぐに噴進砲弾が飛来した。
それは近藤戦車長の一〇二号車も同様だった。
かように迂闊に動くことは出来ず、部隊右翼は膠着状態に陥っていた。
──いかんな、このままでは悪戯に砲弾を消費するだけだ。
近藤戦車長は焦りを感じ始める。
状況の打開を模索するが、妙案はない。
ただし、だからと言って下手に突撃をするような戦車兵でもない。
その様子を御殿山斜面から見ていた梶山少尉も、まずいと感じ始めていた。
「左翼はなんとかやっているようですが、右翼が余り良くありません。完全に動きが止まっています」
そのように中隊長である田実大尉に報告した。
もちろん田実も戦況を見ているので分かってはいる。
だが、梶山少尉は語りかけることで何か案を導き出そうとしていた。
「火力支援分隊が進出を妨げられ、それが為に敵に対して打撃力不足が生じている。つまり、敵を叩くには前に出なければならないが、その敵が篭っているので進出できない。これでは処置なしだな」
田実大尉はそう判断していた。梶山少尉もそう見ている。
右翼側の操車場には陸揚げされた資材が数多く積み上げらていた。
敵歩機や戦車はそれを遮蔽物として活用して防御効果が高く、その為に敵の火力が激しいのが最大の原因だった。
「あれを何とかしないと」梶山少尉は苦々しくいった。あれとは、資材を盾にこもる敵のことだった。そして、「軍本部も状況には気が付いているでしょうが何の支援も寄越しませんね。偵察くらいはしているでしょうが、自分達を護る為に戦力を温存して何考えているのか」と続けた。
田実大尉はそれにうなづいた。
「本来は手持ち全部を送り込んで撃退すべきなんだが、ここで俺達が失敗したら軍本部が危険に曝されることに気が付かない連中の集りだ。まあ、いつものことだけどな」
二人の思いは大陸で戦っているときから培われたものだけに、上級部隊に対する苦言は後を絶たない。
しかし、今夜はそれだけで済まなかった。
何か具体的に手を考えなければ成らない。
「私が行きます」
梶山少尉が言った。
「お前が」
「ええ、止めても無駄です」
そう決意を述べた少尉を、田実大尉は見ている。
「何時かは行くだろうと思っていたから、止めやせんよ。ただ連れて行く部隊はどうするんだ」
「状況を変えるだけですから、それ程の戦力は要りません。数人の一個班で十分です」
「それだけなら何とかなるだろうが、武器はどうする。まさか軽機だけで向かうのではなかろう」
その質問を受け、梶山少尉が笑みを浮かべた。
「それが、あるんですよ」
「員数外か」
員数外とは、部隊の所有物でありながら帳簿に記載されてない物品ことを指した。
小さい物なら衣服類、大きい物なら武器弾薬まで、どの部隊でも補給や配給されるはずのない物品を隠し持っている。
敵から鹵獲した兵器とか、他部隊が破棄した物品などが主な入手方法だった。
戦場で鹵獲した兵器は届け出る決まりになってはいるが、馬鹿正直に申告すれば回収されてしまう。それを嫌って隠し持ち、部隊の戦力向上に役立てる場合が多かったのだ。
「我中隊は実験部隊ですからね、役得といった所ですよ」
それが梶山少尉の答えだった。
実験部隊の取り扱う兵器、またはその開発試作、はては実証実験に用いる物品はすべてが帳簿に記載されている訳でもなかった。それらは正式採用されるまで、ただの消費資材だからだ。
そういった物が幾つか部隊にはある。
それを梶山少尉は持ち出そうとしていた。




