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第81話 決起部隊 対 実験中隊 ── 寺頭の指示 ──

 戦線は品川操車場を中心に左右五〇〇メートル近くもの開きが生じ、今も開きつつあった。


「敵が広く展開しつつありますね」

 決起部隊、その副官である館脇少佐は、指揮装甲車から周囲を観察して感想を洩らした。


「戦車は何輌残っている」

 落ち着き払った寺頭司令の言葉は、周囲は喧騒に包まれていると言うのに不思議にと切れることなく伝わる。


「中戦車四、軽装甲車は一です。七式歩機の二機は中央で頑張ってます」

 外を見ながら館脇がそう答える。


「ふむ、どうしたもんかな」

 寺頭司令は額に吹き出た汗を手の甲で拭き、そして考えた。


「戦車一、歩機一に一個分隊を組み合わせた別働隊を二個編成し、それぞれを左右の端に向かわせて戦線の拡大を防ぐとするか。そして装甲車は戦線の後方で警戒に使う。中戦車二輌はここに残そう」


「戦力を三つに分けるのですね。全てを派遣するか、または一方に投入しないので」

 その館脇少佐の質問は当然だった。

 どちらか一方に戦力を集中した方が打撃力が増すからだ。それに夜戦で部隊を分散させ過ぎると混乱する恐れもあった。

 だが指揮官は別の目的を吐露した。


「今日の敵は中々いい。手応えがある。こんな相手に中央を薄くすると、たちまち突破される恐れがある。まあ野砲が使えないのはお互い様だから、劇的な変化が望めない以上は、こうして拡大を防ぐしかあるまいよ」


 館脇少佐は成る程なと思った。

 一見、愚直なようだが、同程度の敵と対戦する場合、一方に集中するとそれだけ敵に対する撃破も早まる反面、攻撃が頓挫すると自分達が苦境に陥る可能性が高い。

 そうならない為に、また目的を達成する状況を作り出すには野砲の使用がこの場合は不可欠なのだが、それが無い以上は無難な対処が一番良かった。


「それにしても暑いな」

 無線での指示か終わると同時に、寺頭司令が襟元をくつろげ、前をはだけて言った。そして「失敗した」と言った。


「失敗、何が失敗したのですか」

 館脇少佐が緊張して問い返す。


「こんなに暑いのなら、冷房装置を付ければよかった」

 そう事もなげに寺図司令がのべると、舘脇少佐は肩から力が抜けた。

 とても戦闘の最中に発するような台詞ではなかったからだ。


「無理ですよ」

 そのように呆れた様子で返す。


「せめて扇風機くらいは付けた方がいいな。それとも、この次からは指揮を天蓋付きの自動貨車で行うとするか。それなら冷房装置も取り付けられるだろう」


「かも知れませんが」

 外では相変わらず激戦が続いている。

 確かに、すべき指示は取りあえず終わったが、寺頭司令は冷房装置の他に心配することを気にしていた。他に言うことがないのだろうかと思った。


「おい、みんな窓を開けろ。こう暑いと考えもまとまらない」

 車内に居た人員はその要請に驚く。

 外では銃弾が飛び交っていると言うのに、司令は装甲窓を開けろといったからだ。

 皆、助けを求めるように館脇少佐に視線が集中し、それを感じ取った彼は止めさせるように進言した。


「それは、その、どうでしょうか。止めた方が良いと思いますけど」

「何も全部開けろとは言わん。敵とは反対の海側だけで良い。どうせ何も飛び込んではきやせん」

 そう言い放った寺図司令は、席を立って自分で窓を開けようとした。

「分かりました。開けますから座っていて下さい」


 そう押し留めた後、館脇少佐と車内の人員は窓を開けた。

 開かれた窓から潮風が舞い込んで熱気を払うと、指揮官の機嫌は少しだけ回復したようだった。

「やれやれ、これで良しとするか」

 寺図司令は、団扇で扇ぎながらいった。



 ◇   ◇   ◇   ◇   ◇ 



 さすがと言うか、寺頭率いる決起部隊は戦なれしている。

 戦線の左右に投入した戦力は明らかに効果があった。

 それまで活発に躍進していた実験中隊を各所で押し返し始めていたからだ。

 決起部隊の戦力が大きいこともあるだろうが、個々の兵士は別にして、やはり部隊としての場数が効いていた。


 特に、部隊左翼に進出した河嶋兵長の試製一〇式二号機と一式中戦車改二〇二号車はかなり苦戦していた。

 その方面は操車場の遮蔽物が多いことから有効打撃が与え難く、彼等らが動けないでいることが決起部隊を勢いづかせているのだった。


「後進」

 戦線左端に配置している二〇二号車内部で、紺野戦車長が声を張り上げた。


 中戦車が下がって茂みの中にその身を隠すと、それまでいた地点に小規模な爆発が起こった。それを紺野戦車長は、対戦車擲弾の類だろうと推測した。


 それらで致命的な損害が発生する恐れは少ないものの、この状況下では小さな損傷も無視できない結果が生じる恐れがあった。

 最悪動けなくなれば、その後にどうとでも料理されてしまうし、また戦車が減ればそれだけ攻撃を引き受ける存在が居なくなり、それは周辺歩兵の危機を意味した。


 そして攻撃を受け続けているのは、河嶋兵長の試製一〇式二号機も同じだった。

 敵火点に向けて銃撃した後、筒を持った敵兵を発見した。


 ──噴進砲を構えていやがる。

 河嶋兵長は応戦する間もなく、素早く屈みながら歩機を後方に下げた。

 直後、それまで試製一〇式が存在して居た空間を、煙の尾を曳きながら噴進砲弾が飛翔して行った。

 そして攻撃を避けた後で河嶋兵長が敵を捜し求めても、既に姿を消している。


 こんな調子だった。

 こんな戦闘がずっと続いている。

 歩兵が現れたと思って攻撃をやり過ごす。

 そして次の段階で敵を探し求めても、もうそこには誰も居ない。

 これを繰り返している。


 夜戦は歩兵の天下と聞いてはいたが、正直これほどとは思っても見なかった。特に初陣の彼にはすべてが初体験だ。


 しかし戦車や歩機の存在は、他の自軍歩兵にとって有り難い物には違いない。

 目立つ機械兵器が攻撃の大半を引き受けている間に、実験中隊の攻撃隊は敵火線に撃ち竦められながらも何とか前進し、火力支援が行える所まで進出を果たしていた。


「設置完了」

 実験中隊第二分隊が敵弾雨下で投擲機の設置作業を終えた。


「目標、前方の敵火点。距離一〇〇。照準合わせ」

 その号令の後に、「照準よし」の声があちこちから上がった。

 分隊長は全員が準備を完了した頃合を見計らって、号令をかけた。


「発射」

 その掛け声と共に鈍い発射音が響き、柄付き爆薬が撃ちあげられた。

 円弧を描いて操車場目掛けて飛翔した爆薬は、地面に接地すると同時に接触信管が作動。そして炸裂した。


 その爆発の衝撃は周囲の歩兵を弾き飛ばした。

 ある者は貨車に叩きつけられて昏倒し、またある者は飛ばされた後に建物に衝突して地面に崩れ落ちた。

 破片での被害は少ない物の、その爆煙は歩兵を怖気付けさせるには効果的だった。


 その攻撃の後、決起部隊の射撃が目に見えて弱まる。

 その瞬間を逃さず、実験中隊の左翼攻撃分隊はその距離を縮めるべく前進を開始した。

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