第80話 決起部隊 対 実験中隊 ── 直接対決 ──
寺頭の部隊で変化に気が付いたのは、最後尾を進む九七式中戦車改二型だった。
その車長が砲塔に腰掛けて、操車場脇の街道を進んでいる。
品川操車場は海に面している。
だからそれに平行する道路も海に近い。
決起部隊、その最後尾を進む戦車長は、それまで響いていた潮騒の他に、何か気配を察知する。
それは車列の右手。
海とは反対の方角から、かすに響く騒音の存在に気がついたのだった。
だから見る。
音のした方を。
だが何も見えない。
彼がその方向に視線を向けても、背後の山が黒々とした背景となって僅かな変化すら発見することは出来なかった。
しかし彼は、何かを掴んだ兆候を確認せずには居られず、なおも暗闇を凝視する。
──何か妙だ。
彼はまず、後方に進出した敵警戒班の存在を疑った。
こんな所まで出張ってくる敵兵など、そう言った小部隊である可能性が高い。
それを警戒した。
ちょうどその頃、実験中隊、その布陣。その左右両端。
一式中戦車改が配置されている。
一〇二号車と二〇二号車の二輌だ。
戦車一〇二号車が部隊右翼、決起部隊の先頭側。
戦車二〇二号車は部隊左翼、決起部隊の後方側に位置している。
その位置関係で、それぞれの戦車長は無線で連絡を取る。
同時発砲を狙っているからだ。
一〇二号車と二〇二号車は、それぞれが敵縦列の先頭と最後尾に照準がすんでいる。
そして、両戦車は、その主砲を発射した。
砲炎が暗闇を切り裂き、一瞬、周囲を照らし出す。
そして飛び出した砲弾は狙い違わず目標に命中、先頭の軽装甲車と最後尾の中戦車を撃破した。
軽装甲車側面に命中した砲弾は、貫通するだけでそれ以上の破壊をもたらしたりはしなかった。だが、内部の乗員はそれで絶命した。
破壊を免れた発動機と走向装置はまだ生きている。
だから操る者の居なくなったまま走向を続け、崩れるようにして路肩で停止した。
そして最後尾の中戦車。
それは先ほど、兆候を察知して警戒していたやつだ。
それが初弾で撃破された。
命中弾が内部の砲弾を誘爆させ、激しい爆発音と共に全ての乗降口から火炎を噴出させて周囲を大きく焦がす。
寺頭の部隊が襲撃に気が付くのと、実験中隊が一斉攻撃を仕掛けるのはほぼ同時だった。
激しい火線が決起部隊の縦列を襲う。
たちまちにして幾つかの爆発が起こり、やみくもに自動貨車を飛び降りた決起部隊の兵士は、状況も分からぬまま銃弾に引き裂かれる。
車列の中から照明弾が打上げられ、ゆっくり時間をかけて落下する燐光が周囲を照らし出した。
かように短時間のうちに、激しい戦闘へと移行していった。
「待ち伏せを受けたか」
寺頭司令は、静かに驚きの声を上げた。そして、「部隊を操車場へ退避させろ」と指示を出す。
副指揮官である館脇少佐はその命令を復唱して無線で各車輌へと伝え、それが終ったあと、「今回の敵は楽に勝たせてはくれないようですね」といった。
だが寺頭司令はその状況に笑みを浮かべていた。
彼はこの待ち伏せが、ただの警戒線に引っかかっただけとは考えていない。
誰だか知らぬが、南側の陽動に引っかからなかったやつが居る。
第七三軍の本部ではあるまい。
決起部隊による軍本部襲撃を当初から察知しているのであれば、南側陽動部隊など捨て置く。
橋の手前で待機して、拡大を防ぐだけで事足りるからだ。
それから大きく迂回して包囲する。
それで済む。
でも実際は、第七三軍本部は陽動部隊に正面から当っている。
だから軍本部の指令ではあるまい。
つまり軍本部から独立して、別に動いたやつが居る。
そいつが部隊を率いて、対抗している。
寺頭は嬉しくなる。
──やるじゃないか。と。
自分でも度し難いと思うが、嬉しい。
「面白い、非常に面白い。軍本部にも聡い奴が居るようだな。いや、まったくもって面白いじゃないか。戦とはこうでなくてはいかん」
寺頭は好敵手の出現に心弾ませている。
彼はこういった所がある。
決起部隊の車列は銃撃を受けたのと反対の方向、簡単な杭と鉄線が張ってあるだけの操車敷地内に強引に乗り込む。
そして車輌と兵士はそこにある資器材や貨車を盾に応戦を開始した。
激しい火線が双方から放たれ、曳光弾が空中で交差する。
その中、試製一〇式歩機の二機は前進を開始した。
彼らは、梶山少尉の「無理をするな」と言われたことなど、初めての戦闘で昂揚して忘れかけていた。
最初に動き出したのは河嶋兵長の歩機二号機だった。
彼は部隊左翼に進出し、敵縦列の後方から迂回するように近づく。
まずは、そこでしばらくは銃弾を敵に送り続けていた。
だが決起部隊は戦慣れしている。
彼らは既に初期の混乱を脱し、たちまちにして応戦体制を築きつつあった。
河嶋兵長はその様子を驚くと共に、反対に未熟な彼は焦りを感じ始めた。
彼は動力腕を操作して、歩機後部の弾薬箱から梱包爆薬を取り出す。
そして操縦席の乗降口を開けて、雷管の安全具を引き抜く。
頃合いを見て、手前の敵火点に向けて投げつけた。
着地からしばらくして爆薬に点火。
その衝撃は付近の敵兵を弾き飛ばし、そこに戦力の空白地帯を生じさせた。
──行ける。
河嶋兵長は飛び出して道路と平行する窪地にその身を隠す。
まずはそこで敵情を見る。
そして、そこを拠点に銃弾を発射し続けた。
決起部隊の自動貨車に銃弾が集中して、たままち紅蓮の炎が上がる。その爆発により自動貨車を遮蔽物にしていた敵歩兵が火に包まれた。
その光景を見た河嶋兵長は、一瞬射撃をためらった。
火に包まれた敵兵はすでに戦闘状態になく、ただ生存のために身に付いた炎と格闘していたからだ。
さらに仲間と思われる兵が駆けつけ、上衣を振るって消火に勤めていた。
少年はその二人から目が離せない。
それは銃弾で撃ち倒すよりも怖かった。
──見えない所で死んでくれれば。
そう思う。
彼は、敵が人間であることを、改めて見せつけられた気がした。
見えない所で死んでくれればどんなに良いかと思った。
だが今夜は、本人の思いとは裏腹に、そんな死を嫌と言うほど見ることになる。
また一方の試製一〇式。その一号機を駆る橋本兵長も同じ様な状況だった。
彼の場合は、中戦車一〇二号車が榴弾で敵歩兵を吹き飛ばした瞬間を狙って飛び出し、わずかに盛り上がった地面を盾にした。
と、その時、操車場の奥に、照明弾で浮かび上がる数人の兵士を発見した。
その集団が足早に横に移動している。
遠目に判別が付き難いが、後方の兵士は肩に筒のような物を背負っている。
──噴進砲か。
歩兵携行の噴進砲でも歩機には脅威であるし、一式中戦車の撃破も可能だった。
この集団を自分らの右側方に回ろうとしている。
だから横に走っているのだ。
橋本兵長はその一隊を危険と判断し、その場に立ち上がり五式重機関銃を構えた。
突如身を起した歩機に対して銃弾が集中し、操縦席内部に不気味な金属音が鳴り響く。
嫌な音だ。
しゃくに障るというよりも、本物の銃弾が機体を叩く音は怖い。
でもまだ軽い音。
軽機関銃弾なのは明らか。
だから橋田兵長はそれを無視する。
そして五式重機関銃を走り去る集団に向けて発射した。
曳光弾を伴った銃弾は目標、つまり移動中の敵小部隊の後方に着弾し、橋田兵長は銃口を横に走らせる。
すっと、その火線は敵兵を追跡するよう近づき、曳光弾が通り過ぎた後には数体の兵士が横たわっていた。




