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第8話 実演開始当日 ── 歩機操縦の難易点 ──

「足の先と裏に、新たに防滑具を取り付けが、それでも駄目か」

 そう無線に話しかけたのは、技官の持田だった。


 防滑具とは、脚部側面と接地部分に取り付けられた鉄芯のことだった。今日的な言い方をすれば、スポーツシューズのスパイクやディングルにあたる。

「防滑具の効果は高いものがあります。以前なら登れない斜面でも、機体の安定度が増しました。でも、土壌によっては表土を削り取ってしまうので、頼り過ぎると一気に斜面を転げ落ちるかも知れません」


 橋田兵長は両足で機体を支え、左腕で斜面を掴んでそろそろと移動してゆく。

 従来の歩機では移動もままならないような地形でも、試製一〇式は行動ができた。新型の面目躍如と言ったところだが、その変わりに操縦は難しくなり、一時も気を抜けない緊張が続いていた。


 何しろ、単なる移動と停止でさえ践板(せんばん)(注:ペダル)を四枚も使用し、さらに前後進の切り替えと微速歩行の切り替え器、そして一本の腕毎に操縦桿を使い、さらに火器の管制と照準動作を要した。これらの動作を全て同時に行わなければ、歩機の特色である人間のような滑らかな動きの実現は不可能だった。


 また、この複雑さ故に、操縦者ごとの操作の癖が機体の動きとなって如実に表れた。

 同じ結果を得るための操作をしたとしても、操縦者毎に最適動作が違うことも当たり前のように発生したのだった。この多様性が歩機最大の特徴であり、また開発の難しさでもあった。


「行動指示装置との連動はどうか?」

 持田技官の問いかけは、操縦桿と連動した補助命令装置に関することだった。


 これは、歩機の複雑な操縦を簡略化させるための装置で、操縦桿を動かすことでその動きから初歩的な電気式計算機に命令を入力し、その演算結果でもって機体操作の補助を行った。さらなる補助命令装置として打鍵式の入力装置もあった。打鍵の入力から計算機に信号を送るものだった。


 これら装置と手動での操縦を組み合わせれば、複雑な動作を行うときの補助として操縦者の負担を軽減できる筈だった。少なくとも原理はそのように考えられていた。しかし、実状はそうではなかったのだ。

 問題は計算速度の遅さだった。


 手動操縦と組み合わせる際、補助命令装置の計算が間に合わずに反応に遅れが生じたからだ。しかしそれだけならまだしも、複雑な動作を行うと、場合によっては計算機の処理能力不足から理論矛盾を引き起こし、停止することも間々あった。その際には、一時的に指示装置の連動を切り、結局手動で操縦することになった。


 それでも演算処理理論を見直し、それまでの『一括処理方式』から、計算を逐次処理して命令を反映させる『順送り方式』に切り替えたばかりだっだ。これなら全ての計算が終了せずとも完了した部分から処理を行うことが可能となり、待ち時間をかなり短縮できた。しかし、それでも計算機の処理速度が足りなかった。


 その問いに、操縦者の橋田が答える。

「かなり改善されたとは言え、それでも以前よりはましと言った程度です。簡単な行動なら安定性も増しましたが、複雑な操作ともなると、まだ遅れが目立ちます。慣れた操作なら、補助装置を使わない方が確実に速いですね」


 予想されていたこととは言え、橋田兵長の言葉を聞いた技官、特に電子系の技官達は落胆の色を隠せなかった。

「やはり、計算処理理論の作新だけでは限界があるなあ。もっと速い計算機さえあればいいんだが」

 誰となく愚痴るのを、皆が同じ思いで聞いていた。


「それでもですね」橋田兵長の声が続いた。「以前に比べて扱いやすくなったことは確かです。開発の方向性に間違いはないのですから、自信持ちましょうよ」

 現時点で一番困難に直面しているであろう若造の励ましに、無線を聞いていた一同は苦笑した。

「橋田の野郎、汗かいて必死なくせに俺達に気遣ってやがる」


 その言葉に持田技官がおっ被るせるように続けた。

「今、無い物ねだりしても始まらん。計算機のことは、後日、技本へ掛け合って通信研究所への打診を要請してみるよ。それまでは現状でなんとかするしかないな」


 その言葉に皆納得したものの、実は解決手段はほんの近くにまで来てはいた。ただ実演に気を取られ、その朗報に気が付いた者は居なかった。

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