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第79話 決起部隊 対 実験中隊 ── 実験評価中隊動く ──

「今の聞いたか」

 暗闇の中で梶山少尉が尋ねた。


「うん、お前の言う通りになったな」

 持田技官が自作無線機の前で、そう言った。


 彼らは軍本部の無線を傍受し、寺頭の部隊が現れたことを察知した。

「さて行くか。忙しくなるぞ」

 梶山少尉は整備貨車の荷台から降り、真っ直ぐ中隊長車へと向かった。


 一旦は高輪に集合した実験中隊は、その後、五反田から品川に向かう市道に列をなして停車していた。

 そこからなら、軍本部から品川操車場まで広範囲に向かうことが可能なうえ、更には対岸の戦闘地域の後方に回り込むことさえ可能だった。


「中隊長現れました。奴らが軍本部に向かっています」

 くろがね四軌の扉を開け放つなり、梶山少尉がそう報告した。


「それはどの辺りだ」

 田実大尉は後部座席ではなく助手席に座り、くわえ煙草で地図を見ていた。


「無線では泉岳寺と品川駅との間と言ってましたから、品川操車場に向かいつつありますね」

 梶山少尉は上半身を車内に潜り込ませて地図を指差す。

 その地点はほんの目と鼻の先、僅かな距離だった。


 品川操車場は海岸と平行する形で南北に広がり、資材置き場も含めると全長四キロ以上もの広大な敷地を誇っていた。そしてその横には産業道路が続き、そこを寺頭率いる決起部隊が進軍していた。


「いますぐ出られるか?」

 中隊長である田実大尉が聞く。

「ええ、出られます」

 力強くうなずいた。

「では行くか」


 梶山少尉は、後方に向かって声を上げる。

「注目。これより敵の攻撃に向かう。各車、後ろに申し送れ」


「攻撃に向う」との指令が後ろに伝わってゆく。

 それにつれ、全員の緊張が周囲に漂い始めた。

 中隊長車に乗り込んだ梶山少尉は、ゆっくりと車を発進させた。


 車列が動き出す。

 戦車や歩機を積載した牽引台車、そして兵を満載した自動貨車が地響きを立てて通り過ぎていった。


 どの車輌も当然のことながら灯火管制を敷いている。

 なので前照灯を消している。

 車両の後部には白く小さな布がついている。それを目印に、各車両はゆっくりと進む。

 そして街灯も少なく、また夜空が曇っているので月明かりもなく、路上は暗かった。


 梶山少尉は前方を見据えながらくろがねを操り、直ぐに目的地である御殿山に到着する。

 そこは近隣唯一の山であり、頂上付近からは品川駅と海岸線までが一望の元に見下ろせた。

 そこに中隊本部を慌しく設置し、梶山少尉は小、分隊長を集めて最後の指示を出す。


「時間もあまりないので、概略だけを確認する。各小隊は併進して進撃中の敵の側面を突け。今から言うことは第一、第二小隊とも各分隊の役割は同じだ」

 内容を要約すると以下になる。


 第一分隊は戦車に乗車して跨乗戦闘。

 第二分隊は火力支援。

 第三分隊は側面攻撃と全体の支援。

 そして第三小隊の二個分隊は、それぞれが歩機の支援を行う。


 あと、他部隊から臨時参加の一個分隊と軽機関銃分隊は、敵の頭を押えるべく軍本部側に回ってそこで銃列を敷く。

 つまり右翼側ということになる。


 戦車一〇二号車と歩機一号機は部隊の右翼

 戦車二〇二号車と歩機二号機は部隊の左翼

 を、それぞれ担当する。


「以上だ、質問はあるか」

 梶山少尉はそう結ぶ。

 誰も何も言わなかった。


 事前の打ち合せで、もうそれは通達が済んでいるからだ。

 だから彼、梶山少尉は、始めに「確認」と言った。

 計画に変更がないことを再認識したということだった。


「では解散」

 敬礼して各員が自分の部隊へと戻ってゆく。


「ちょっと留守にする」

 本部要員にそう伝えて、梶山少尉は歩機の所へと向った。


 試製一〇式歩機は出発前から発動機の始動を完了しており、そのまま台車に固縛してここまで来ていた。従って既に準備は完了し、起立して出撃の時を待っていた。


「二人とも、話がある」

 少尉に呼ばれた橋田と河嶋が歩機操縦席から身を乗り出す。

 少年達の顔を見続けた後、梶山少尉が口を開いた。


「何を言っても偽善かも知れんが、いまでもお前達二人を出すのは忍びない。すまんと思う。だが、これだけは肝に命じて欲しい。決して無理はするな」

 梶山少尉は少年達の顔を見つめた。


 そしてさらに、こう続けた。

「何があっても無理をするな。これは大人が始めた、身勝手な闘争の一つだ。それに君達を巻き込むことになったが、こんな所で死んではいかん。いいか、何があっても無茶や無理をするな。駄目だと思ったら逃げ帰ってもいい。それを臆病とは思わないし、それが元で歩機から降ろしたりはしない。俺が約束する。歩機開発部隊、その本部要員である自分が約束する。それに歩機なら何機壊してもいい、また作り直してやる。何度でも作り直してやる。新品でも改良を加えた新しい型でも何でも作ってやるから、それに乗りたければ絶対に生きて帰って来い。約束できるか」

「はい」

 異口同音に二人が答えた。


「上等だ。では行って来い」

 梶山少尉は敬礼した。

 式典でしかやらないような、立派な敬礼で歩機を見送った。


 ──どうか無事で。

 頑張れとも、戦果をでもなく、ただ無事を祈る。



 その後、部隊は御殿山の麓まで戦闘隊形で進出し、二輌の中戦車には跨乗戦闘の分隊員が既に乗車を果たしていた。


 跨乗戦闘とは、戦車の車体後部に歩兵が乗り、そのまま進撃する戦闘方法のことだった。従って移動も早く、敵の攻撃を受けた場合は、歩兵はその場で下車して共同して応戦するので即応体制が早く取れる。


 もっとも戦車が破壊されれば、歩兵も無事では済まなくなる。

 そう言った戦闘方式、隊形だった。


 試製一〇式歩機もそれぞれが戦車の後方に位置につく。

 その他の分隊員も戦闘態勢で敵が訪れるのを待ち構える。


 まるで部隊全体が草に覆われたように偽装も完璧になされており、敵の進撃してくるであろう道路の際まで草木に覆われているので、かなり接近しなければ発見される恐れは少なかった。


 敵を待つ間にも、港湾南側に進出した第三二、三三歩兵中隊が、いまも激戦を繰り広げている様子が、その戦闘音から察せられた。

 それが各員の緊張を高めていた。


「来た!」

 誰が言うでもなく、幾人かの囁くような声がする。


 車列が近づく音が届く。

 始めは小さく、微か。

 やがてそれは急速に高まってゆく。


 品川操車場と並進する道路上を車列が移動している。

 実験中隊からしたら左手、そのずっと奥からだ。


 各員の見ている前で敵の姿が視認できるようになった。

 だがまだ遠い。

 そして頃合を見計らって梶山少尉の指令が飛んだ。


「前進、前進、前へ」

 静かな声が、無線を通じて各隊に伝えられる。


 それを合図に全員が一斉に行動を開始すると偽装の草がさざなみのように鳴りさざめき、一群の黒い影が地を這う。

 まずは接近だ。


 一式中戦車改が低速で先頭を進み、跨乗の兵はいつ増速しても大丈夫なように車体にしがみつく。

 背後では試製一〇式歩機が移動している。

 そして各分隊は広く左右に展開し、路上からは低地のために暗闇に溶け込んでその存在を暴露し難くなっている。


 誰もが射弾が完全に敵を捕らえる距離まで近付くことを望み、それだけを考えて足早に近付いてゆく。


 各員にとって息の詰まる時間が過ぎる。

 二輌の戦車が停止すると、ほぼ同時に後部の跨乗兵が地面に降り立つ。

 そして足早に散開。

 瞬く間に、地面に溶け込む。


 その後方では火力支援の分隊が展開を始め、側面支援の兵は両手を広げるようにして左右に散った。


 部隊は戦闘隊形を保ったまま展開する。

 火線は飛び交っていないが、もう戦闘は始まっている。

 その初手は、こうして静かに進行していった。

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