第78話 決起部隊 対 実験中隊 ── 憲兵の報告 ──
一方、第七三軍本部では、相変わらず対応に苦慮していた。
投入した戦力全てが敵の待ち伏せを喰らい、攻撃計画が完全に頓挫していたからだ。
しかも側面に回り込む筈だった居木橋方面、つまり内陸側の部隊は側面をさらしたまま苦戦を強いられている。
かように作戦は完全に読まれている。
これではらちが開かない。
何もかもがうまく行かず、誰もが状況の打開を待ち望んでいた。
そのとき、本部に憲兵から報告が入る。
治安維持のため、それと決起部隊を鎮圧した後の処置、そのために後方に警戒にあたらせていた憲兵隊からの入電だ。
何を今頃と幹部は思った。
いま戦いの佳境で、何用だと軍本部には不可解な印象を持ったのだ。
無線を通じて憲兵からもたらされた内容は、以下のとおりだった。
「たったいま、泉岳寺と品川の間を歩機と戦車を含む部隊がそちらに向かうのを発見いたしましたが、増援でしょうか」
その報告を聞いた幹部数名は顔を見合わせた。
──合点がいかぬ。
そんな表情がありありと浮かんでいる。
その中の一人が、「あれじゃないか、あの実験中隊の連中」と言った。
それを聞いた軍幹部の幾人かが、なるほどと気がついた顔になる。
「ああ、あいつらか」と。
さらに、「いったい何処うろついていてんだか」と、勝手に納得し合う。
そして次のような会話を繰り広げた。
「まあ、硬直した状況を打開するには使えるでしょう。前面に押し出せば、弾避け程度にはなってくれると思いますよ。役立たずでも、それくらいはできる」
「あの新型の歩機なんて玩具はともかく、戦車が来るのはとてもいい。早速、働いてもらうか」
彼らはそう言い合った。
だが、その会話を尻目に、一人の軍参謀の少佐が浮かない顔をしている。
あごに手をやり、思案顔で無線機を見つめていた。
だけど視界には入っていない。
状況を思い描いている。
戦車多数という報告がどうにも引っ掛かったからだ。それを確認する為に無線に話し掛けた。
「報告した者はそこに居るか」
「はい」
若い、はっきりした声だった。
「何か部隊の特徴とか、車輌に所属を示す物はあるか確認してくれ」
参謀はそう指示を出す。
しばらく間が開いた。
無線機の向こうで、憲兵官数人の確認する声がする。
「見たか」
「いえ」
「お前は」
「自分も見てないです」
そんな内容を小声で確認している様子が届いていた。
再生式無線機の送受信を切り替え忘れているのだ。
憲兵が焦りと緊張でそれをしている。
治安維持の責務をまとった、鬼の憲兵。
どんな荒くれた兵士でも、憲兵の赤い腕章を見たら大人しくなる。
だけど一般市民には平素に応対しなさいと言い渡されている彼ら。
彼らは一部で言われているような、秘密警察のような粗暴な集団ではない。
暴動を鎮圧するための武装警察でもない。
いつ如何なるときでも沈着冷静に、軍を監視するための技能集団。
その彼らが戸惑っている。
それが現場の雰囲気を伝えている。
これは生の情報だった。
だから軍参謀は黙っている。
その生の声が、情報を伝えている。
それを聞いているのだ。
その後、入電があった。
「車輌の所属ですが、それは遠くなので見えません。ちょっと近付いて見ます」
だが、参謀はそれを止めた。
「確認できるまで近付くのは止せ。見える範囲で良い、自動貨車に何か書き込まれてないか」
「識別はですね、いえ、何も書き込まれていません」
参謀は嫌な予感がし始めていた。
「それは確かか、見落としは無いか」
「ええ確かです。部隊識別と所属の確認は我々、憲兵の職分ですから、見間違いはありません」
「歩機は見えるか、機種は何だ。それと部隊規模は分かるか」
彼は一縷の希望をその質問に託した。
「歩機は七式を二機、自走してそちらに向かうのを見ました。それと部隊規模ですが、戦車は六輌を確認、歩兵は中隊以上と思われます」
その報告に淀みはない。
参謀数名の表情が曇る。
その何気ない報告。
それは重大な内容を孕んでいた。
七三軍隷下に七式を装備している部隊はない。あるとすれば、それは別の何かだった。
その答えが希望を潰えさせたことに、数人の参謀は別にして、その場に居た誰もが気がついてなかった。
報告を受けても、つとめて冷静に次のことを伝える。
「ありがとう。もうそこの監視は良いから、君と近在の憲兵官の全員はその場を離れなさい。その際に、いま見た部隊に発見されては駄目だ。密かに行動せよ。これは正式な軍通達である。もし後日、持ち場を離れたことを咎められたら、これは第七三軍の作戦参謀から直接指示を受けたと言いなさい。その時は私、作戦参謀筆頭の加藤少佐だが、私から一筆入れることを約束する。解ったかね」
「はい、了解しました。復唱します。近在の憲兵官は持ち場を離れ、憲兵本部に帰隊します。これで宜しいでしょうか」
憲兵の彼はそう言った。
作戦参謀の加藤少佐は、その了承をして無線を切る。
その後、短く、そして小さなため息をついた。
そして参謀は軍幹部の方を向いた。
「どうしたのだね、加藤参謀。随分と顔が強張っているようだが」
加藤少佐は高官らの顔を見て、この鈍感さは何だと思った。
彼らは何も察知していない。
同じ無線を耳にしているはずなのに、それに注意をはらっていない。この危機的状況に接しても、何も感じていないのだった。
同じ情報を聞いていなかったのかと、声を荒げて確認したかった。
たけどそれを押しとどめる。
拳をぎゅっと握って耐える。
いまはそんな事をしているときではないと、軍参謀としての肩書きが、それを止めさせた。
だから加藤少佐は、彼らにも分る言葉で、こう言った。
「寺頭の部隊が後方に現れました。歩機二機と戦車六輌そして中隊規模の歩兵を率い、直ぐにでもここに押し寄せて来るものと思われます」
その発言。
それは七三軍への死刑宣告に等しかった。




