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第77話 決起部隊 対 実験中隊 ── 随伴歩兵を求めて ──

「戻るぞ」

 戦車は元来た道を引き返し、新たなる敵を求めて活動を再開させた。


 道すがら、一〇三号車の車長である保坂軍曹が無線を開く。

「小隊本部、こちら第一戦車小隊一〇三号車保坂軍曹。状況の確認を求む」


 その保坂軍曹の問い掛けに対して、返電が来るまでにしばらくの時間が掛かった。もう一度呼び出そうと思い始めた瞬間、ようやく無線機に入電があった。


「こちら合同本部。保坂軍曹だな、いまどこに居る。無事か、行動は出来るのか」

 矢継ぎ早の質問に、本部の混乱振りがうかがえる。

 この分だと他方はかなり苦戦を強いられていると、保坂軍曹は見た。


 彼は質問に、こう答える。

「いま現在は橋を渡って港湾方面、約百メートルほどの地点に居ります。これまでに速射砲一と歩機一を破壊。そして歩兵若干名を倒しました。なお、我が車輌は損傷なし。今後の指示を願う」

 その次の返電は早かった。


「いますぐ東海橋に戻れっ」

 その指示の語気が強い。


 そして後に続く報告も、混乱のほどが知れた。

「そこでは一〇四号車が苦戦している。第三三歩兵中隊に派遣した二〇三号車も側面から攻撃を受けて足止めを食っている。歩兵が動けないから先に進めんのだ。何とか彼らと合流を果せ。でないと分断されたまま状況は悪くなる一方だ」


 他方も同じ様な状況らしい。

 特に、内陸がわ居木橋方面が足止めされているようでは、攻撃は頓挫していると見て間違いなかった。

 その内陸を迂回する歩兵と戦車、その集団だけでも進撃が可能ならば、合流して敵に対して圧力を強められる。

 だが、それが果たせないでいるのだ。


「了解した。一〇三号車は直ちに指示地点に向かう」

「頼むぞ」


 無線を切った後、保坂戦車長は考える。

 だから、いますぐにでも現場に駆け付けると思った乗員達は、その沈黙に首を傾げた。


 ──まずい、このまま駆け付けても、混乱の只中に飛び込むだけだ。それは駄目だ。畜生、こんなとき歩兵が居れば。


 一〇三号車は単独で飛び出したものだから、随伴歩兵を伴なわいでここまで来てしまった。

 あの状況下では仕方のない、当然の行為ではあったが、現在はそれが徒となってしまっている。


 ──いや、居る。


 保坂軍曹の脳裏に、突如ひらめくものがあった。

 そして咽頭式通話器に手をやり、「誰か、機関銃分隊を見なかったか」と乗員に問いかけた。


「自分見ました」

 その声は前方機関銃手だった。

「見たか」

「はい、東海橋からここへ向かう途中の小さな橋で、彼らを見ました。動けないでいる様子でした」


 戦車長である保坂軍曹は、速射砲や歩機のような直接脅威になる敵に気を取られ、味方の小部隊のことはそれ程ほど注意を払わなかった。

 だが、前方機関銃手は前面で監視していたので、それを見た。


「よし、いまからそこへ向かう。場所分かるか」

 その問い掛けは操縦手に対してだった。

「分かります」

「よし、行け」


 一式中戦車改一〇三号車は前進を開始した。

 付近では敵歩兵以外の活動は見うけられない。

 保坂達が掃討した為もあるだろうが、敵が他方の攻撃に全力を挙げているようにも思えた。


 かように敵情が分らない。

 市街戦はとくにそうだ。

 建物だらけで視界が遮られ、辻を一本違えただけで、もう敵が分らない。

 だから歩兵が必要だった。

 彼らの助けがないと何も出来ない。


 戦車は直ぐに目的とする場所へ到着する。

 停車するや、保坂軍曹は砲塔の乗降扉を盾にして顔を出す。銃撃を浴びないようにだ。

 眼下には、軽機関銃を打ち続ける味方歩兵の姿があった。


「部隊長は居られるか」

 保坂はそう声を張る。

 問い掛けに軽機関銃を射撃していた兵長が顔をあげる。

 その表情に戦車が来たことに対する喜びがあった。嬉しいのだ。


「分隊長は戦死なされましたので、私が隊を率いています」

 兵長は戦車の車体に身を隠すように近付き、そう答えた。


「どこから攻撃を受けている?」

 保坂戦車長が聞く。


 問われた兵長が、視線を向ける。

 その先に敵が居る。

 そして指で差す。

「正面の建物とその右手奥の建物です。とくに」そこまで言って身をかがめる。

 銃弾が着弾する。

 その後にまた続ける。

「正面の敵は高所から撃ちおろすので手強いです。その為に我々はここから動けません」


 保坂軍曹はなるほどと思った。

 いま、着弾したのが、その高所からの銃撃なのだと。

 あの仰角、たしかに厄介だ。

 下からの射撃では有効弾は難しい。

 だから機関銃分隊は物影から動けない。


「よし、分かった。待ってろ」

 そういって保坂は砲塔内に消える。


 兵長が身を屈めて指示に従う。

 そしてぴったりと戦車に寄り添う。

 この頼もしい鋼鉄の戦車が愛おしくてたまらない。

 そういった感じで、そっと転輪と履帯を触る。

 そして、「頼んだぞ」と小声で語りかける。

 まるで生き物にするように。


 やがて砲塔が旋回した。

 そして砲を敵の銃眼に向ける。と、轟然と火を噴いた。

 さらに数発が立て続けに発射され、爆音の余韻が収まる。

 もう居ない。

 それまで活発に火を噴いていた敵銃眼は、全て撃ち壊されて沈黙した。


「これでいいかな」

 再び乗降口から姿を現した保坂軍曹がいった。


「助かります」

 兵長の声が弾んでいる。

 いまし方まで活発に銃弾を送り込んでいた敵が、一瞬で消え去ってしまったのだ。彼の喜びは計り知れない。


「そこでなんだが、今度は、その、我々を助けて欲しい」

 その保坂戦車長の言葉に、兵長の顔が強ばる。


「なんでしょうか」

 そう、たずねる彼の顔が曇っている。

 たったいま危機を脱したと思ったら、今度は戦車を助けろと言われたからだ。


 ということは、あの敵火線が濃密な橋に向かうのではと想像し、あそこには飛び込みたくないというのが正直なところだった。

 だから顔が曇る。


「いや違う違う。あの橋には直接は向かわない」

 察した保坂軍曹はかぶりを振って否定する。

 ここで歩兵に拒否されたくはない。

 彼は説明する。

「敵の裏をかいて後方に回り込むから一緒に来て欲しい。その方面なら敵も警戒していないだろうから、ほとんど抵抗を受けないと思う。お願いする、来てくれないか」


 その提案に対して兵長は考え込む。

 そして仲間の方を見た。

 分隊員の顔、そのどれもが肯定している。

 ──いける。と表情が語っている。

 そして兵長は再び顔を向けて答えた。

「分かりました、提案に従います」


「ありがとう、助かる。よし、行こう」

 話は決まった。


 一式中戦車改一〇三号車は、機関銃分隊を率いて進撃を開始した。

 向うは敵後方。

 単独行動だが、歩兵が随伴するなら話は別だ。

 心強い。


 直接橋に向かうよう命令指示を受けてはいたが、それには従わずに保坂戦車長は自分の経験と勘で別行動を取った。

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