第76話 決起部隊 対 実験中隊 ── 戦車 対 歩機 ──
先頭で射撃を続けていた九七式軽装甲車がある。
その軽装甲車が、突如、車体を持ち上げるように後退し、爆散した。
「なんだっ」
破壊された軽装甲車の斜め後方で、一式中戦車改一〇三号車の車長である保坂軍曹が叫んだ。
砲撃が飛来したであろう延長線上に視線を向ける。
そこに一門の一式速射砲が目に飛び込んできた。
「あれか」
その姿を照準眼鏡の中で視認した。
直後、視界の中で、速射砲から火炎が噴出するのを捕らえた。
飛来した砲弾により車体に衝撃が走る。
が、弾いた。
一〇三号の車体が速射砲と正対せずに斜を向き、また増加装甲のために弾体を弾き、貫通を免れた。
保坂戦車長は砲弾の衝撃による揺れが収まるのを待ちながら、照準する。しながら、はやる気持ちを押えるのに苦労した。
速射砲は正面面積が小さく当て難い目標だった。
何しろ、直接命中させてもほとんど意味は無い。
徹甲弾を、速射砲を被う防循という弾よけに当てても貫通するだけ。
徹甲弾は炸裂しない砲弾だ。
戦車内に飛び込ませて、内部で跳弾させて破壊する弾種だからだ。
だから爆発しないので、速射砲に命中させても後方に飛び去るだけだ。
だからこの場合、榴弾を用いる。
榴弾は命中とともに爆発し、その火炎と破片で人員を殺傷する弾種だ。
それを用いる。
だが注意すべきなのは、命中させるのは直接ではなく、その手前の地面だ。
手前に着弾させて、そこで爆発を起させる。そして速射砲とその操作する要員を爆発で包み込まなければならない。
それをして初めて無効化できる。
だがその命中させる位置が、もの凄く絶妙な距離を求められる。
遠すぎたら威力が散って大した損害を与えられない。
また近すぎても完全破壊には至らない。
速射砲との対戦は、このように厄介だった。
しかも命中面積が恐ろしく小さい。
戦車の半分以下。
場合によっては1/4しかない。
そのような目標と対戦して、外したら即座に反撃を受ける。
それが速射砲という兵器。
諸外国手は対戦車砲とも言う。
まさに戦車の天敵。
一度は弾いたが、二度目も同様とは限らない。
保坂戦車長は、揺れが落ち着くのを待ってから砲弾を発射した。
狙い通り目標物のやや手前に着弾した榴弾は、衝撃と破片を発射間際の速射砲分隊に降り注ぐ。そして砲とその要員を吹き飛ばした。
その撃破に喜ぶ間もなく即座に砲塔の展望窓から周囲を観察する。
撃破したあとの空白は危険だ。
やったと思ったその後に、別の敵から反撃を受ける。
良くあることだった。
だから保坂戦車長は目をこらして敵情を探る。
そして背筋に寒気が走った。
見つけたのだ。
敵を、しかも別の厄介な敵を視界に捕らえた。
それが動いている。
砲煙の中にうごめく七式歩機の姿を発見した。
保坂戦車長はあご下の咽頭式通話器に手をやった。
咽頭式通話器は口から発せられた音声でなく、咽から音声を拾う。普通の受音|(受話)器では他の騒音まで拾い、音声が明瞭にならないこともあったからだ。
だが受音器を咽に押し付けることで外部の騒音を遮断し、咽の音と振動を直接感知して音声を聞き易くする。
それで乗員に指示を出して車体を建物の影に移動させた後、前方機関銃手に無線を開くよう求めた。
「こちら一〇三、保坂軍曹。一〇四応答願う」
返答は直ぐにあった。
「こちら一〇四、高村軍曹。何か」
保坂戦車長は、雑音の中に馴染み深い声を聞いた。
「敵歩機を発見した。こいつを潰すから、応援に来られたし」
だが保坂戦車長の要請は、以下のように断わられた。
「すまんが、それは無理だ。こちらでも歩機が現れた。軽装甲車が一輌食われたばかりだ」
高村戦車長の一〇四号車は後方に居た筈だ。
その車輌が敵を発見したと言うことは、部隊は囲まれているのではないかという危惧が保坂戦車長の脳裏をよぎる。
だが、それを今は確認している術はない。
「一〇三了解した。こちらの歩機は単独で何とかする」
「すまんな」
同僚から謝罪が述べられた。
苦しいのは誰もが同じだったが、その気遣いが混戦の中で嬉しかった。
「何、いいってことよ。それでは高村、また後でな」
「ああ、また後で」
それで通信は終いだった。
部隊は各所で苦戦を強いられてはいる様子がうかがえた。
だが、いまは弱音を吐いている時ではなかった。
戦に苦労は付き物だ。
負けると思った方が、勝てる戦も負ける。それは戦場の鉄則でもあった。
だから気持ちを奮いたたせる。
敵も苦しいはずだと自分に言い聞かせて。
保坂戦車長は一呼吸おいてから、咽頭式通話器に手をやる。
そして、乗員に向って言った。
「いまから正面の歩機を倒す。各員良いか」
すぐに明確な返事があった。
良し、戦意は旺盛だ。
勝てない相手では無い。
「合図と供に飛び出せるよう準備しろ。衝撃に備え」
車長を始め、各乗員はここが正念場だと覚悟を固める。
「前進、戦車前へ」
その号令と共に、保坂戦車長は長靴の裏で操縦手の背中を押した。
乗員同士は通話器で会話が可能とは言え、砲弾が炸裂し、走行音が鳴り響く車内では声が聞き取れない恐れもある。
その為に車長は操縦手の背中や肩を足で踏み、それで前進行進、左右の旋回を指示することもあった。
古い戦車兵なら馴染みのある方法だった。
操縦手は的確に連動板(注:クラッチ)を二度踏み、発動機の力を動力輪に伝えて前進を開始した。
戦車が建物の影から路上に飛び出した瞬間、ほぼ正面に七式歩機を発見した。
──近い!
保坂戦車長は照準器を覗きながら、敵が思った以上に近くに居たことに焦りを感じる。
その距離およそ五〇メートル。
指呼の間と言って良かった。
戦車の出現に慌てた歩機の操縦者が携行砲を発射したが、砲弾は大きく外れる。
「速度そのまま」
行進射撃を加えるために定速を指示した。
だが主砲を発射しようとした瞬間、保坂戦車長は、戦車砲に榴弾を込めたままなのを思い出した。本来なら、ここは徹甲弾を使用する場面だった。
──このまま。
ちゅうちょは一瞬だった。
この至近距離ならどんな弾種でも相手を破壊できると思いなおす。
そして主砲を発射する瞬間、敵歩機も砲を構えて射撃姿勢を取っていた。
照準器の中心に歩機を捕らえて発射したつもりだった。
たが、戦車が何かに乗り上げた僅かな挙動の狂いが、弾道をずらす。
発射された戦車砲弾は歩機の動力腕右肩部に命中。
榴弾特有の紅蓮の炎と衝撃が、歩機の腕をもぎ取ったが、機体の破壊には程遠かった。
そして命中と同時に歩機が発射した砲弾は、大きく反れて何処かへと飛び去って行った。
「増速。増速して、奴を蹂躪しろ」
保坂戦車長は大声で命令した。
それを受けて操縦手は噴射踏板(注:アクセル)を一杯に踏み込む。
一式中戦車改はけたたましい音を立てて増速し、履帯が道路舗装を削り取って跳ね上げた。
そして、両者は鈍い音を立てて衝突した。
激しい衝撃が双方を襲う。
だが、重量差一〇t以上もの違いが明暗を分けた。
軽い七式歩機が後方に跳ね飛ばされ、そして戦車も一瞬車体が跳ね上がって速度が落ちた。
そして着地と同時に速度を上げ、仰向けに倒れた歩機の上にのしかかる。
「旋回、左回頭」
保坂戦車長は怒鳴る。
それは指示というよりも、罵声に近い。
戦車は信地旋回を行った。
歩機の上で、それを行う。
操縦手は右の履帯を制御する走向桿を前へ押した。
左の履帯を停止させ、右の履帯を前に進めたのだ。
そうすることで、その場で、ぐるっと戦車の方向を変えることができる。
つまり回転する。
戦車は歩機を踏みにじるように地面に押し付けて回転する。
その意図は、重量と路面で石臼のようにして破壊を試みたのだ。
戦車の下で蹂躙されている歩機は、その部品が取れ、動力腕と脚部に損傷が発生した。
これが蹂躙攻撃だ。
まるで掴み掛かるようにして、相手をねじ伏せる。
機械の格闘。
近代兵器でも最後はこれだった。
そして、戦車は前進を開始して歩機の上から降りた。
倒された歩機は動かない。
いや、動こうとするのだけど、機械的な損傷でもがくようにしか動かない。
前面装甲は傷付き塗装が剥げて金属の地肌が鈍い光を放ち、各関節にも狂いが生じているのは明らかだった。
だが、それでも完全な破壊にはならなかったようだ。
とは言え、この機体が戦闘力を回復して、再び脅威となるとは到底思えなかった。
保坂戦車長は装填手に徹甲弾を込めるように指示する。
そして倒れたままたの歩機目掛けて戦車砲を発射した。
着弾貫通と同時に機体から漏れた燃料に引火し、やがて爆散して完全に果てた。
七式歩機が破壊されるのを見て、決起部隊の歩兵が後方に下がる。
その様子を前方機関銃手は見逃さなかった。
車載重機関銃が猛然と火を放ち、射弾をその歩兵達に浴びせ始める。
数名が即座に倒され、彼ら歩兵は応戦する間もなく何処へと消えていった。
戦車乗員が気付くと、辺りには硝煙と燃え盛る歩機の煙だけが充満し、周囲には誰も存在しなくなっていた。




