第72話 決起部隊 対 実験中隊 ─ 寺頭の憂鬱 ─
午後八時半過ぎ、運河に囲まれた芝浦の倉庫群。
普段は夜間誰一人として近付く者の居ない倉庫の一つに、決起部隊は待機していた。
その倉庫、まっくらで灯りがない。
それは窓という窓に目張りをして灯りを外に洩らさないようにしているからであり、外気取り入れ口は幾重にも折れ曲がった強制通風筒を用いて、徹底して灯りが漏れ出ることを防いでいた。
だが、一見、静かな外見とは裏腹に、近づくと内部から音がする。
その倉庫の内部では、寺頭の部隊が既に戦闘準備を終え、いつでも出撃できる体制で時が訪れるのを待っている。
館脇少佐は部隊をねり歩き、兵士の様子をつぶさに見て回る。
どの戦闘班も装備が行き渡り、戦意は旺盛だった。
中でも、前田伍長率いる護衛分隊の意欲は並々ならぬ物があった。
彼らは警察の突入班と苦戦したことから、警察から鹵獲した同じ装甲防具一式を身にまとっていた。
そして、それを基に部隊で改良を加え、自分達の目的に合ったように作り変えていた。
本来なら野戦部隊である歩兵は使用しないしろものではある。
だが、都内襲撃に関して言えば警察のようにその殆どを車輌移動するために個人装具が重くなっても支障はなく、それよりも歩機護衛の為に耐弾能力を身に付けた方が得策と判断した。
館脇少佐は護衛分隊の指揮官である前田伍長と二三言葉を交した後、指揮所に戻る。
そこは倉庫事務所に無線機と幾台の野戦用有線電話、そして書類戸棚と野戦用の机を並べただけの簡素な内装で、壁には付近の地図や無数の用紙が貼り付けられていた。
そして机の上に一枚の地図を広げた寺頭司令が、頬杖を付いた姿勢のまま身動ぎもせずに、物思いに沈んでいた。
「失礼いたします」
館脇少佐は開け放ったままの扉を叩いて入室した。
「報告します」
そう言った館脇の顔。
こんな出動前だというのに、いつもの鉄面皮。
その無表情で続ける。
「攻撃主力部隊の準備は既に完了し、別働隊、各監視班、路上閉塞班、欺瞞工作の第五列、その全て計画を消化し、異状ありません。後は開始時間の訪れるのを待つのみです」そこで言葉を切ってから寺図司令を見た。
「指令、如何なされました?」
報告を受けていると言うのに、彼、寺図司令は全くの無反応だった。
無表情、無反応は館脇少佐の専売特許という訳ではないが、どちらかと言えば司令の場合は覇気がない。
いつも作戦の前には、その戦意旺盛に振りに館脇少佐から窘められることさえある。その様子を見たら、誰もが具合でも悪いのかと心配するだろう。
「いや、何でもない。ただ、不謹慎な物言いをすれば、つまらん。そう、つまらんのだ」
そうため息をついた。
そこだけ見たら、物思いにふける少年のようだった。
「つまらないですか。指令とは思えない発言ですね」
館脇少佐は歩み寄りながら言った。
「俺らしくないか。まあ、そうだろうな」
「ええ、指令らしくありません。今夜は我々にとっての一番の大戦です。大本営直轄の部隊を叩けるのです。その戦いの寸前になって、一体どうしてしまったのですか」
確かに、ここ大一番の戦いを前にして、最高指揮官がこれでは指揮にも関わってくる。副官なら看過できないことだった。
「今夜、我々が相手にするのは、かつては同じ皇軍兵士だと思うと少々気が重くなってな。柄にもなく落ち込んでいるのかも知れん」
寺頭司令は溜息と同時にその言葉を吐き出した。
確かに、館脇にもその苦痛はある。
ただ体制側というだけで、憎くもない同胞に銃弾を撃ち込むからだ。
だが、それは国家同士の戦争も同じではないか。
そう、館脇は思う。
個々の兵士に恨みはなくとも、国家の命令としてやっているだけだ。
国民の為、銃後の為になると信じるからこそ戦えるのだ。
だが、我々はその銃後の存在を国家から奪われた。守るべき人も、帰る場所さえ喪失した流浪の民のような存在が自分達だった。
国民全員が等しく苦労もしくは悲しみを背負っているのなら、また違う感情も芽生えよう。共に困難を耐えようともするだろう。
だが、周囲を見渡して、この繁栄ぶりはどうだ。
一部の者の苦労を尻目に、平和と享楽を成就しているだけではないか。
自分達が何の犠牲の上にその反映があるのかを知りもせず、また知ろうともしない。
だから決起し、自分達の為に、存在を確保する為に立ち上がったのではないか。
つまり、誰の為に、また何の為に戦うかと言う問い掛けに対して、我々は誰にも頼らず、体制を自ら創出する為に戦闘するのだと言う。そう決意していた。
これは、いつも寺頭司令と話し合い、また兵士にも語りかけていることではないか。その彼が落ち込んでいるとすれば、かなり由々しき事態だった。
「司令は少しお疲れではないですか。ここの所ずっと襲撃と準備が続き、気の休まることがありませんでしたから」
「確かにそれもあるかも知れんなあ。疲れ、うん、疲れているのだろう。今夜のことが終わったら、少し休んだほうが良いな」
そう言って寺頭司令は煙草に手を伸ばす。
そして手元の時計を見た。
襲撃開始まで、まだ少しの間があった。
「今夜の襲撃が終わったら、しばらく休みましょう。そして皆でくつろぐのも良いかも知れません」
館脇少佐にしては随分と気づかった発言だった。
長い付き合いの寺頭司令でさえ、館脇から慰労の話を聞いたことがない。
彼は、さらに続けて言った。
「どこか人里離れた場所に広大な土地を購入し、我々の為の居留地にするのも良いかも知れません。そこで皆が戦塵を落すのです。いかがでしょうか」
部隊の誰もが働き尽くめだった。
孤独と焦燥のはてに寺図の元に集い、そして必死になって戦ってきた。
自分達の行動の是非を深く考えず、否、あえてそれに背を向けるようして戦闘とその準備に忙殺することで、過去の忌まわしい記憶から遠ざかろうとする者が大半だった。しかしそんな者達とて、休養は必要だった。
「悪くないな。確かに皆も働き過ぎだ、しばらく逗留する場所でも探すとするか」
寺頭司令の表情に覇気が戻って来たようだ。
「その為には、今夜はもう一頑張りして頂かなければなりません」
「良かろう。休息前の一仕事だ、存分に暴れてみせるとするか」
指揮官の表情が明るくなった。
館脇少佐は副官として最善の提案をしたとも言える。
彼らが新しい未来へと希望や夢を膨らませていると、やがて襲撃開始の時間が近付いた。二人は立ち上がり、準備を調えた兵士達の前へと進み出ていった。




