第71話 決起部隊 対 実験中隊 ── 推理 ──
「はい。港湾の何処かに有力な戦力が待ち構えていると思われます。彼らは、自分達への包囲網が出来つつあるのを、看過できなくなっているに違いありません。ここいらで我々を徹底的に叩き潰すつもりでしょう。それには港湾はうってつけの場所です。ご存知の通り、これでも決起部隊は民間人への被害を発生させていません。彼らはそれを恐れています。だから監視のしやすい住宅地に篭りながら、実際の襲撃は人気のない商業地を狙っているのです。そして港湾ならば彼らの目的に合致し、思う存分戦うだけの空間があります」
梶山少尉はそこで言葉をいったん切り、こう続けた。
「彼らは徹底的にやるつもりです」
聞いた田実大尉は資料を見続けている。
そして今度は周辺の住宅地図を手に取り、赤鉛筆でなにやら記入していった。
梶山少尉が覗き込む。
それは出動部隊の布陣だった。中隊本部に同じ物があるが、それを持ち出せないのでここで記入していた。
「部隊は品川を中心に大崎と五反田、そして泉岳寺の南北に布陣している。だが、南の端を目黒川が流れているので、市街地から港湾の方へ移動するとなると、どうしても配置に制限が生じる。決起部隊が目黒川の南で行動を開始したとすると、部隊が対岸に移動するには、海に近い東海橋を渡らなければならなくなり非常に脆い。もう一本、内陸に居木橋もあるが、そちらも迂回していると危ないだろうな」
「では、襲撃は目黒川の南で行われると言うことですか」
梶山少尉は地図に顔を向けたまま、上目づかいでそう聞いた。
「貴様も本当は分かっているだろうが、そうではあるまい」
田実大尉は地図の一角を指差し説明を続ける。
「ところが、その方面にはめぼしい施設はない。あるとすれば、もっと品川から田町辺り、部隊布陣の北端に近い。ここには銀行や企業が林立しているからな。部隊が南に向かえば、守る者が居なくなる。後は盗り放題だ」
「つまり南でことが起きれば、それは陽動ですか」
「たぶんそうだ。部隊を向かわせて少ない橋で混乱させ、その間に北で銀行襲撃を行う。それが終了した後に背後から襲えば、後はどうなるかは想像が付くだろう」
部隊が移動しようとして橋を渡っている最中に待ち伏せを受け、混乱の極みに達している所を、後方より新手が襲い掛かる。警察部隊を壊滅させた手腕を誇る戦闘集団なら、包囲殲滅も可能だった。
彼らの会話を要約すると以下になる。
寺頭の決起部隊は品川港湾施設の襲撃を企てている。
そして海岸線と港湾は南北に長い線をなし、討伐部隊である第七三軍は、その港湾に広く布陣している。
どこで戦闘が発生して対処が可能なようにだった。
だが付近を川が流れ、港湾施設を南北に分断している。
その川向こう、港湾南側は敷地が広く、部隊の活動に適している。
だからそこで敵部隊が活動すると、第七三軍はそこに向う。
少ない橋を使って。
対岸に渡らなければならない。
その移動と集結中に北側、つまり背後から襲われたら、部隊は前後から挟まれる。
だから北側に寺頭の決起部隊、その本隊が控えていると、梶山少尉と田実大尉は見做しているのだ。
「では、我々の取るべき道は」
梶山少尉の問いは、奴等の狙いをここまで予想しておきながらあえて命令で動くのか、それとも独自に動くのか。そのどちらかの選択を迫る物だった。
命令通りに行動すれば、中隊は敵の包囲網に飛び込むことになりかねない。
「無論、独自に動く。部下の命を預かる以上、危険があるなら未然に防いでやりたいしな」
田実大尉はきっぱりと言った。
「お気持ちは嬉しいですが、果たしてそれで上手くいきますか。場合に拠っては抗命騒ぎに発展する恐れがあります」
「それは大丈夫。俺が命令を間違えて、他方に向かったことにすればいい。何しろ俺は他部隊でも有名な無能中隊長だからな」
そう言って田実は笑う。
だが、梶山少尉は素直に笑えない。
苦笑とも違う、嬉しいようなそして何か物悲しいような、不思議な笑みとなった。
そして、最後まで払拭できなかった疑念が口をついて出る。
「もし敵が動かなかったら、また想像とは違う動きをしたら、どうします」
その疑念はもっともだった。
これだけあれこれ考えを巡らせ、そして抗命に近いことまでやろうとしている。
独り相撲のような気がしないまでも無かった。
それを受けた田実大尉は、事もなげに言う。
「相手が動かず、こちらが勇み足をしたとしたら、それは決起部隊の方が上手というだけだ。また、相手がこちらの想像の範囲内からそう逸脱しなければ、恐れるに足りないと言うことになる。さらに、もし違う攻撃を仕掛けたとしたら、その時はもっと相手を恐れないで済む。それは、我々よりも作戦立案能力が下ということだからな」
田実大尉は、完全にその弁を信じて発している訳でも、相手を軽んじている訳でもなかった。
ただ指揮官が恐れていては、その脅えは部下に瞬く間に伝染する。
相手を舐めるのもまずいが、必要以上に恐れたり過大評価しては行けないことを、具体的な言葉で伝えようとしていたのだった。
「相手が一枚上手の時にだけ襲撃が回避され、もし襲撃が発生すれば同列だと言うことですか。つまり戦闘になったからと言って、恐れる必要は無いと」
梶山少尉がそうたずねた。
「無論だ」
中隊長がそう言い切るの聞いて、少尉は自分の指揮官を誇りたくなった。
いや、これまでも彼が影から中隊を守ってきたことに対して、それを知ってから感謝の念が絶えたことがないが、今度は純粋に作戦指揮官としての非凡な能力を見つけたからだ。
「上手くいくといいですね」
梶山少尉はそう問いかけた。
「上手くいくさ。もう彼らの手の内は読んだも同然だからな。少なくとも中隊の損害は押えられる、かな」
田実大尉が言った。
そして腕時計を見つめて続けた。
「さて、貴様はそろそろ戻ったほうが良いだろう。奴ら、もうすぐ動くぞ」
時刻は午後八時二〇分を少し回っていた。
資料では、決起部隊の襲撃は遅くても午前四時には撤収を完了している。
日の出が早い今の時期では、その時間までに撤収を完了しなければ暗い内に郊外にまで出ることは不可能だった。
「そうですね、彼らが動くのはそれほど先のことではないでしょう。では、自分は中隊本部に戻り、移動の準備に掛かります」
「くろがねの操縦はお前に頼む。無線機を搭載して置いてくれ」
中隊長車の操縦は本来従兵の仕事だが、それを梶山少尉に頼むと指定した。
当然異論はない。
それで全ての打ち合わせは終り、梶山少尉は本部へと戻る道すがら田実大尉の戦闘指揮官としての能力の一端を見て頼もしく思っていた。
これなら、あの手強い決起部隊を相手にしても、思ったよりも損害が少なくて済む気がしていた。




