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第70話 決起部隊 対 実験中隊 ── 予測 ──

 梶山少尉が各所を回って部隊に戻ってきたのは、夜の九時ををちょうど過ぎた頃だった。


 中隊本部は町外れの空き地に設置されている。

 そこなら通りからも民家からも離れているので近所に迷惑をかける心配もなく、また、部隊の会話が筒抜けになる恐れもなかった。


 本部天幕は天井だけを釣るし、横をまくり上げている。

 その下に机と野戦電話、そして各種備品が並べられていた。

 遠目には、縁日の夜店のようにも見える。

 ときおり酔っ払いが何事かと近付いてきたが、その度に入り口を警戒する兵士に丁重に追い返されていた。


「梶山、ちょっと来い」

 車を降りたところで、中隊長である田実大尉が手招きして呼んだ。

「えっ、ああ、はい」

 梶山少尉は一瞬どうしようかと迷った。

 表面上は二人が対立、もしくは無視している関係を続けているのに、うかつに会話していいか迷ったからだ。


「部隊の指揮は貴様がとれ。何かあったら、報告をしに俺の所へ来い」

 それだけを言って、田実大尉はさっさと個人天幕へと戻って行く。


 それを聞いた梶山少尉はほっとした。

 彼は何時も通りの演技を続けるつもりなのだと分かったからだ。

 それに報告だけはしろと言われたのだから、中隊長の所へ行くのは職務として発生した。これで不仲なのに中隊長の所へ行く口実が出来た。


 すでに戦闘班は小隊長以下全員の配置も終わり、梶山少尉にすべき仕事は残されてない。

 だから本部には中隊専任と通信連絡員と伝令だけが残り、閑散としたものだ。


 後は整備を兼ねた技術班の存在だが、彼らは作業貨車の内部にこもっている。

 たぶん持田技官を筆頭に、無線機での情報収集に忙しいのだろう。


 つまり、敵が現れない以上、本部はすべきことを終えて時間が空いていた。

 決起部隊の活動がなければ、そのまま撤収もありえた。

 というか、そんな状態が続いている。


 梶山少尉は適当に書類を眺めて時間をつぶし、手近な簿冊を手に席を立った。

 向かう先は中隊長の個人天幕である。

 通信兵に、「ちょっと中隊長に報告に行く」と言いつつ本部を離れた。


「遅い」

 それが個人天幕の入り口を潜った瞬間に、田実大尉が放った言葉だった。


「これでも機会をうかがってきたんですって」

 梶山少尉は座りながらそう抗弁する。


 田実大尉はそのことには何も言わず、「俺は今晩な、襲撃があると見るが、お前はどう思う」と聞いた。


「あるんじゃないかなと」

 梶山少尉が即答した。


「そう思うか」

「ええ」


「その根拠は」

「らしくないんですよ」


「らしくない?」

 そう言って、田実大尉が眉間にしわを寄せた


「ええ、彼ららしくないんです」

 そこで梶山少尉は持ってきた書類の束の中から、一冊の帳面を取り出す。

 この事件に関する記事や談話をまとめた、当直の時に記入していた例の資料だった。

 それを開いて田実大尉に見せながら梶山少尉は理由を語る。


「その根拠はですね、彼らが今まで欺瞞情報で出没するとされてきた場所は、全て人家から離れた土地ばかりです。彼らが我々をだまし、疲労と混乱を与えるつもりなら、さんざん行ってきたように街から遠く誘い出すでしょう」

 梶山少尉はそこで言葉を切って、手帳をぱらとめくる。

 そして、こう続けた。

「でも、だますつもりなら、今回のような住宅地に近い地域での襲撃。それは彼ららしくないんです」

 梶山少尉は、それまで個人的に検討してきた内容を一気に語って見せた。


「彼らがやり方を変えていたらどうする?」

 田実大尉が、そう質問した。


「私もそれを考えました。それで次の資料を見て下さい」

 帳面の頁をめくり、貼り付けられた地図も広げて見せた。


「実際に襲撃があった所はご存知のように余り多くなく、これまでのところ三回。その全てが住宅地にほど近いものの、夜間には無人となる商業地です。そして今回もその条件に合致します。これの意味する所は、彼らは人家が近くにないと襲撃に不都合が生じるのではないかと言うことです」

「住宅地が襲撃に必要になるとして、その理由はなんだろうな」


 その問いかけと同じことを梶山少尉はずっと考えていた。

 そして思い当たったのが、次の言葉だった。

「多分、襲撃予定地の、その付近。近くの民家に移り住んで、襲撃前後に監視任務に就いている者が居るのでないかと考えます。そこは緊急時の避難場所や、襲撃計画を立案する際の拠点にもなると考えられます。早い話が、前線の監視所です」


 田実大尉は無言でうなずき、言葉の先を待った。

 梶山少尉はなおも続ける。


「決起部隊はことを起す前に少数の専従班が、周囲を把握してから綿密な下調べをしているはずです。しないはずがありません。襲撃件数が少ないのも、その準備に時間がかかるのが理由の一端かも知れないと自分は思います。もちろんこれは状況から推察しただけですから、何ら具体的な証拠なり兆候がある訳ではありませんが」


 田実大尉は梶山少尉の示した地図と資料をじっくりと眺めた後、静かにいった。

「欺瞞情報もこちらの手の内を調べる目的もあったのかも知れんな。実はな、山種機関も今回の情報の流れ方が、従来とは違う兆候であると見ているようだ」


「従来とは違う、ですか?」

 今度は梶山少尉が質問する番だった。


「ああ、今までの襲撃では事前に漏れる情報というのはそれ程多くはなかったそうだ。だが反対に、欺瞞情報の場合は、絶えず一定量の情報がもたらされることが多い。これはな、人間が嘘を隠して自然に振舞おうとすると、かえって不自然になるのと同じ理屈だ。人は嘘をつくとき、どうしても不自然になる。どんな訓練をされていも、人はそうなる」


 田実大尉はそこで言葉を切り、たばこに火をつけ、煙とともに次の言葉を吐いた。


「欺瞞情報をな、ただ比べただけでは見分けは付かないが、注意深く見ているとどうしても差があるものなんだ。だけど、今度の情報の漏れ方は、そのどちらでもないそうだ。言うなれば二つの特徴が合わさったような状態らしい」


「二つの特徴と言っても、具体的にはどんな感じなんでしょか」

「始め、情報が一定量あったが、ある日を境に極端に情報が入らなくなり、またここ数日情報量が急増した。つまり、強弱があったと言うことなんだ。そしてそれは、二つの意図があるのではないかと、山種の者が言っていた。俺もそう思う。たぶん奴らは、撹乱と襲撃の同時を考えているのじゃないかな」


 その言葉を受けて梶山少尉は考えた。

 これで幾つかの疑念に理由が付いたような気がしたからだ。

 その変化を田実大尉は察知した。


「今夜襲撃される場所の目処は付いているのだろう?」

「恐らく、品川港湾に面した施設のどれかと考えます。銀行それに船舶会社、これらは特需で儲けた企業が多いですからね。彼ら決起部隊が狙うには最適の筈です」


 少尉はさらに話を続けた。

「それに、彼らはとっくに我々に気付いていると見てまず間違いないでしょう。こんな人家が密集しているところに布陣させられているのです。先の予想が正しいとすれば、彼らは我々を監視しているはずです。つまり部隊は彼らの手の内に居るようなもの」


「だが、奴らは戦闘を避けるつもりなら幾らでも出来たはずだ。でもそれをしなかった。情報を故意に流して我々を誘き出し、そして港湾施設への襲撃。これの意味する所は、つまり」

 両者の顔には、状況認識が深まり、緊迫の度合いが高まるに合わせて険しくなっていった。

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