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第7話 実演開始当日 ── 難攻不落の田実中隊長2 ──

「それにです」

 梶山少尉は言葉を続けた。

「もうここまで来たのです。後は成功するかしないか、試製一〇式の可能性を提示して見せるか見せないかです。もし巧くいけば、中隊長の名は、師団、いや、大本営にまで届くことは確実と思います」


 いくら田実中隊長の性格でも、こんな風にあからさまに名誉欲を炊き付けられて動くとは思えなかった。が、反応は早かった。

「それは大げさだろう。今日、巧く行った程度では、そこまでの評価は得られないだろ。ましてや大本営にまでなんてこと……は、無いな」


 そんなことは、開発当初から参加している梶山少尉が一番良く知っている。軍が新しいことに鈍感なのは、今この瞬間に味わっているのだから。

 一応、田実中隊長は満更でもなさそうな表情をしては見せたが、まだ押しが弱かった。このような男は、確実なこと以外には手を出したがらない。絶対確実、成功間違いなし。そう判断できなければ、全て却下だった。


 ──約束された未来なんて何処にあるって言うんだ。なんでこんな男が、明日を見据える実験部隊の長をしているんだ。訳が分らん。

 梶山少尉は情けなくなった。それでも一縷の望みを捨てず、粘り強く説得するしかなかった。


「頭から決めつけるのはどうかと思いますが。それに、実際に有益な兵器であると認めさせるには、観戦者に強い印象を与えることが先決です。それが達成できたら、先ほど言ったこともまんざら不可能ではないと思います」

 これで田実中隊長が動かなかったら、梶山少尉は説得を諦めるしかなかった。


 そして中隊長は、予想通りの反応しかして見せなかった。

「うん。まあ、君の言うことも解らんでもないよ。頼んで見るから、もう暫く待て。それより、お前の仕事は実演の監督だろう。今は職務を果たすことに全神経を集中すべきだな」


 その弁の意味するところは明白だった。

 何もしないと宣言したに等しい。

 梶山少尉の決意は、こうして踏みにじられることになった。


 中隊長はそれだけを言うと、もうこれ以上話すことは無いとばかりに背を向けてしまった。そして、やり取りをただ黙って見ていた四課長と、談笑の続きを始めた。

「それでさっきの話しの続きだが、浅草の懇意にしている置屋に蘭という女が居ってな。それがまたええ女でなあ……」

 それが中隊長と課長の会話だった。


 ──部下が必死に実演を成功させようとしている最中の会話がそれか。

 梶山少尉は怒鳴りつけたい衝動を、拳を握り締めることで必死に耐えた。

「失礼しました」

 そして回れ右をして、踵の音を高くしてその場を立ち去った。後ろから下卑た笑い声が響き、まるで小馬鹿にされたかのようだった。


 同僚のところに戻ると、隊の誰もがやりとりに聴き耳を立て、仲の良い数人が笑いながら向かえた。

「よう、中助の奴と大分やりあったようだな」

「ああ、難攻不落だよ。奴に比べたら、名うてのペダン要塞の方がましかも知らんなあ」

 梶山少尉はそう嘆息しながら手を後ろに組み、眼下で行われている実演に目を向けた。


ちょうど制圧演習の最中で、対抗部隊の拠点にはトーチカや速射砲陣地、さらに機関銃や携行式の噴進砲班が待ち受けていた。ここを試製一〇式歩機単独で攻略しなければならないのだが、操縦者の橋田兵長は涸れ川や弾痕といった射線の死角を巧みに選択し、装甲車輌では絶対に登ることの叶わない斜面を進み、対抗部隊に肉薄して行った。


「橋田の奴、上手いことやるじゃないか」

 誰もが梶山少尉と同じ感想を持った。

 普段、歩機を見慣れている彼らでさえ、目を見張る活躍を目の当たりにして新型機の潜在能力の高さを改めて認識していた。


「従来の型よりも動きが良いと感じるのは何も身贔屓ばかりであるまい。見ろ、歩兵の連中、食い入るように見つめているぞ」

 そう言って梶山少尉が顎で本部を示した。そこには、しきりに頷きながら語り合う歩兵科幹部達が居た。反対に、機甲科の面々は互いに語り合うも、一様に面白くないと言った風情だった。


「橋田の奴上手くやる。全てが終わったら、うまいものでも馳走してやるか」

 隊の古参兵士が嬉しそうに語った。

 まだあどけない橋田兵長は、皆から弟のような扱いを受けていた。


 だが、傍目には簡単に見える歩機の操縦だが、当の橋田兵長は、その実、必死になって機体を操っていたのだった。

「足場が滑りやすい。片手では機体を支えきれないかも知れない」


 橋田兵長は、機内で発動機の騒音に負けない声を張り上げ、無線での報告を欠かしてはなかった。理解不可能な挙動や事故が発生した場合、後日、客観的な検証を行う場合の手助けになるからだ。

 これは、航空機の試験飛行や実験飛行隊では従来から行われている手法で、事故発生時の操縦士の死亡率が高く、また助かっても、重傷では検証に役立つような証言が得られないことが多いからだ。


 したがって、無線を開いて第三者が逐一報告を受けていれば、搭乗員を喪失しても原因の究明が可能となり、新しい事故を未然に防ぐことにつながる。しかし、従来の陸戦兵器ではそこまで差し迫った事故が発生すること自体が希なために、無線での実況は行われてこなかった。だが、歩機のように全く新しい兵器を開発するに際して、航空機開発の手法を取り入れるようになった。

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