第68話 決起部隊 対 実験中隊 ── 街中での待機 ──
梅雨が明けたばかりの七月中旬のこと。
実験中隊は軍本部から出動命令を受け、夕暮には都内に進出していた。
もちろん山種機関の情報を得てである。
部隊は品川の市街地に展開し、千葉の戦車学校から臨時に編成された独立戦車中隊の一部と合同で、少数に分かれて街中に配置されていた。
橋田兵長の機乗する試製一〇式歩機は既に牽引台車から降車させて、駐機姿勢で路地にはまり込むように待機に入っていた。
その前には独立中隊の一式中戦車改が停車し、組になって付近の警戒任務に就くよう命令されていた。
日も落ちて少し気温が下がったとは言え、歩機の操縦席には熱気が篭り生暖かい空気が充満している。
少しでも風通しを良くしようと、左右、そして上部の乗降扉を開けてはいるが、なかなか温度は下がらなかった。そして暑いのは戦車の乗員も同じらしく、彼らもあらゆる乗降扉を開け放ち、少しでも涼を取り入れようと苦心していた。
「いいなあ、戦車兵は交代で休めて」
橋田兵長は時計を見つながらそう呟いた。
戦車の乗員は一、二名が車内に残っている以外は、交代で車外に涼みに出ていた。しかし歩機操縦者に交代要員など居ない。
同僚の河嶋兵長も二号機に乗機して、同じ様に待機していた。
それに他の中隊員が来てくれたとしても、歩機の操縦を変わってもらうことは出来ない。つまり、敵が現れるまで何時までも一人で待機し続けなければならなかった。
それが少年の操縦者にはかなりつらい。
今も一人の戦車兵が後方へと出掛けて行った。
彼らは人員に余裕があるものだから、近隣なら出歩くことも可能だった。
ときおり、中隊の連絡員が橋田兵長を見回りには来てくれる。
それでも要件が済むと直ぐ他へと向かってしまう。
中隊の戦闘班ほぼ全員が出動しているのだから、見回りも忙しいのは分かる。だけど、もう少し気を使ってくれても良いのではという不満で、橋田兵長はふて腐る。
気が付くと戦車兵が歩機を叩いていた。
何事かと橋田兵長が乗車口から顔を出すと、戦車長から一本のラムネが差し出された。
「ご苦労だな。これ飲めよ」
「ありがとうございます」
礼を言って、素直に手を出した。
その顔が嬉しそうだ。
炭酸が喉を通り過ぎ、その痛みが心地よい刺激となって瞬時暑さを忘れさせてくれた。
戦車長は紙袋を戦車乗員に手渡し、ラムネを片手に歩機と橋田兵長の方へ戻って来た。
「ちょっと良いかな」
車長が見上げながら言った。
「何でしょうか」
「君、去年の実演に参加した乗員かな」
そう聞いた。
「はい、そうです。参加しました」
それを聞いた車長は、複雑な表情をして見せた。
「対抗戦で戦った戦車兵の堂本少佐を覚えているかい」
直接は戦っていないものの、その名前は歩機二号機の河嶋兵長から聞いていた。
「名前は知っておりますが、戦ったのは僕ではありません」
「そうか。堂本少佐は俺の戦車学校時代の教官でな、君たち二人を学校から手放したことをこっぴどく怒られたよ。何も俺がそうした訳じゃないのだがな」
車長はそう言って笑って見せる。
「俺は近藤軍曹だ。今日はさらに待機が続くと思う。よろしくな」
「自分は……」
そう言いかけたとき、近藤軍曹がさえぎった。
「はは、名前なら知っているよ。橋田兵長だろ。何しろ君たち二人の名は、戦車乗りの間では仇みたいなものだからな。何時か対抗戦で、君らの操縦する歩機を負かしてやる、ぶっつぶしてやるって息巻いているのが大勢いるから気をつけろよ。かく言う俺もその一人だけどな」
そして大声で笑った。
その時刻にもなると日も落ち、夕焼け空にヒグラシの鳴き声が響き渡っていた。
戦車と歩機の左右には民家が建ち並び、垣根沿いに朝顔や向日葵が咲き、そこを打ち水する老人や縁台で涼む人々の姿も見えた。
そうなのだ。
彼らが展開して待機しているのは、街中。
市民が生活する、その一角におじゃましている。
さらに戦車の真横では八百屋が店を開き、カーバイドの灯りに無数の羽虫が集まっていた。
「風が出てきたな」
近藤軍曹が戦闘服の衿を開けて風を取り込んだ。
確かに風が吹き始め、徐々ではあるが気温が下がり始めていた。
「これに乗って何年経つ?」
軍曹がたずねた。
「二年ほどになります」
「そうか。素晴らしい機体だな。もちろん戦車が一番好きだが、歩機もいい機械だな。縁があったら乗りたくなる」
そう言って試製十一〇式の機体を掌で叩いた。
その仕草にどこか愛情がこもっているようで、本気で歩機のことを気に入ってくれているのだと感じた。
「でしたら、学校の方で研究と称して呼んでみたらどうでしょう。その時にでも操縦をお教え致しますよ」
「それはいい、本気で提案してみようかな。だが、その前に決起部隊とやらをどうにかしないと駄目だな。でないと、また、いつ出動が要請されるか分かったものじゃない」
そこで近藤軍曹は言葉を切った。
そして腰に手をやり、付近に視線をはわせながら続けた。
「俺はそろそろ戦車に戻るが、何かあったら遠慮なく言ってきてくれ。じゃあな」
「ラムネご馳走様でした」
橋田兵長が機上から礼を言うと、肩越しに、「頑張れよ」と声を掛けてくれた。




