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第64話 決起部隊 対 実験中隊 ── 歩機携行型九年式自動砲 ──

 次の日、中隊に対して戦闘参加要請が正式に通達された。

 だが部隊に動揺はあったものの、実の所それ程の騒ぎにはならなかった。

 皆、噂で知り、前もって心構えが出来ていたようだ。誰彼となく情報を集めていたのも、そんな不安の裏返しかと思うと何となく納得が行った。


 ただし、その日からの中隊の忙しさは想像以上になった。

 まず梶山少尉は教範の類を数年ぶりに取り出し、大陸で戦っていたことを思い出しつつ、一つ一つ学習し直す。

 そして部隊で臨時の戦闘班を組織して簡単な訓練を繰り返し、徐々に部隊の戦闘能力を高めていった。部隊の半数が元は戦闘部隊に所属していたのも、事が上手く運んだ理由だった。


 ただ、それだけで準備が十分でない。

 何しろ普通の戦闘訓練の他に、試作火器の習熟訓練まで含まれていたからだ。

 それらはまだ開発段階だから所定の性能を発揮するにも試行錯誤を繰り返し、しかも、度々仕様が変化するので理解するのに思いの他時間がかかった。


 もちろん教範の類は無い。

 さらに困ったことは、試作が新しい場合、同じ火器でも必要数が集まらないことだった。

 場合によっては、数丁単位とか、さらに数はなんとか揃っても弾薬が必要数集まらなかったりする場合もある。


 梶山少尉は今まで以上に部隊と四研の間を行き来する羽目になり、一日に数度も往復することもざらとなった。


 その日も帰りに相模原の工場と軍工廠を回り、改修や新しい部品を調達して部隊に戻ってきた。

 そして自動貨車で部隊の工場兼倉庫に乗り付け、製作班事務所に顔を出す。


「例の物、受領してきたよ」

 梶山少尉がそう言いつつ工廠の扉を開ける。

 その声を受けて、計算尺を片手に製図台に向かっていた持田技官が顔を上げた。

 上衣を脱ぎ、手拭いを頭に巻いた姿は、どうも町工場の主任か主査にしか見えない。

 もっとも、軍の最新兵器の開発に携わっているとは言え、日々の業務はそれらと何ら変わりはなかった。


「おう、来たか。なんだか蕎麦屋の出前みたいだな」

 持田技官が弾んだ声を上げた。

「似たようなもんだよ。ここ最近は物品の配達ばかりしているので、おかげで戦闘訓練もままならない有様だし」

 梶山少尉が略帽を取り、頭を撫でつけながらそう言った。


 入り口で立ち話もなんだからと、事務所の一角に設置した応接場に二人は向かう。

 そこには茶器たんすと長椅子が置かれ、休憩や深夜残業の仮眠に使われていた。その為に生活臭が漂い、工場の油臭さと相まって独特の香りが漂っている。


「飲むか」

 持田は電気冷蔵庫から取り出した薬缶を掲げて見せた。

 中には、冷えた麦茶が入っており、表面に付いた結露が涼を感じさせてくれる。


「くれ」

 梶山は手を差し出した。


 電気冷蔵庫は試作兵器を撮影記録する為の写真乾板の保存や各種薬品を安定させる為に隊で購入した米国製の大型のものだが、本来の目的で使用するのは僅かでしかなく、残りは作業員達の飲食物冷蔵に使われていた。


 梶山少尉は出された麦茶を喉を鳴らして飲み干し、立て続けに二杯飲んだ。そしてもう一杯を貰った。


 外では整備班の若い連中が起重機を使って、梶山少尉が運んできた物品を車輌から降ろし始めていた。その中には歩機携行用の新しい砲が含まれていた。

 歩機携行型九年式自動砲がその名称だった。


 しかし砲その物は、大正十一年|(一九二五年)に制式化された十一年式平射歩兵砲。つまり旧式である。

 それに改良を加え、歩機に携行できるように各部を設計したものだった。

 九年式の名が示すように、試作は一昨年開始され、今やっと配備段階に移り始めていた。


 ただし、この砲は三七ミリと従来の携行砲と比べても口径は小さく、有効射程すら短かい。しかし、あえてこの砲を採用したのには、当然のことながらそれなりの理由がある。


 それはまず、砲が軽いことが挙げられた。

 元々が歩兵が簡便に使えるよう設計された物であるから、砲身と駐退機そして尾栓といった砲本体は二八キロしかなかった。

 歩機の動力腕で狙いを定めるには、当然のことながら軽い方が早いに決まっている。今まで使用していた携行式四十七ミリ砲と比べて、その動作速度の向上は目に見える程だった。


 さらに、この砲にはもう一つ大きな特徴があった。

 砲弾を発射すると砲身が後退して自動的に鎖栓が開放されて空薬莢を排出し、次弾を装填すると鎖栓が自動的に閉鎖される。

 言葉にするとややこしいが排莢と閉鎖が一連の動作となった半自動砲なのだった。

 半となっているのは、弾薬の装填だけは人の手で行うからであり、今回の改良では弾倉使用の自動装弾に改められていた。


 そして射距離の短さも利点になった。

 これまでの戦訓や戦車との対抗戦でも明らかなように、遠距離での砲戦は戦車に軍配が上がる。

 歩機に大中口径砲の遠距離射撃能力を求めても無駄が多く、それは砲戦に特化した戦車や一部の歩戦車の領分だった。


 したがって射程距離が短いのは、至近距離から狙う歩機携行に限定すれば問題とはならず、それに合わせて初速が遅いのも、この場合は致命的欠陥とはならない。


 確かに初速が速い方が貫通能力が向上し、より厚い装甲を撃ち抜ける。その方が兵器としての威力は高い。

 だが、それを求めすぎると砲が重くなり、さらに歩機の動力腕を高出力用に再設計するか、専用の機体を設計しなければならなくなる。


 兵器開発にはこう言った難しさがある。

 威力だけを求めても過ぎても駄目であり、もちろん簡便にし過ぎて性能が低くても意味はない。目的に合致しなければ駄目なのだ。

 要求し過ぎないぎりぎりの見極め、それが肝心だった。


 つまり、本来なら、軽くしかも初速の遅い砲は性能的に満足の行く物とはならないが、反対に歩機に使用する際には利点となる。


 さらに、半自動機構を自動式に改めるのも、他の火砲を自動式にするのに比べてずっと簡単に行え、故障も少なかった。

 今までの携行式四七ミリ砲はたびたび装弾不良を起し、その都度、乗員が機体から身を乗り出して不良部分を取り除くしかなかったからだ。


 こうやって見ると性能も大したこと無く、重量が軽いことと機構に若干の特徴がある以外にはただ古い砲という気がしないまでもない。だが、その砲はまさに歩機に打って付けの特徴が数多く含まれていたのだった。


 そしてこの砲は、その性能不足により装備から外した部隊が多く、各補給廠の倉庫に死蔵されているのが常だった。

 つまり廃品利用のような物で、製造価格がこれまでの火器に比べて安かった。

 これが、歩機携行型九年式自動砲の正体だった。

 中戦車以上の大物には物足りないものの、その対抗策には噴進砲があるし、対歩機に限って言えばこの砲の価値は高い筈だった。

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