第62話 決起部隊の戦闘 ── 余波 ──
決起部隊が行った銀行襲撃とそれに続く警察機動部隊との戦闘情報は、日本中を大きな衝撃とともに駆け巡った。
特に、警察の戦車隊を壊滅させ、そして装甲された突入班を物ともしなかったその戦いぶりに、官民の区別なく驚愕をもって語られたのだ。
これは大きな社会的な脅威だった。
今まで武装強盗が横行し、私設軍隊が内紛や紛争を繰り広げているとは言っても、ここまで大規模な物は初めてだったからだ。
しかも警察の追及は不徹底なまま終わろうとしている。
軍憲兵隊が警察の捜査協力に乗り気ではないからだ。
元々警察と軍は仲が悪く、それが原因で諍いが起きたりはしていたが、今回の不協力はその範疇を大きく越えている。
不協力には別の目的があると警察は見ていた。
そしてその判断は正しかった。
寺頭司令の部隊と一部の軍内部には密接な繋がりがあったからだ。
であればこそ、あれだけの武器と弾薬を装備し、しかも七式歩機まで保有できたのだ。
こうなってくると、物騒な話がますますきな臭くなってくる。
しかも警察の戦車隊は壊滅的な打撃を受け、車輌の補充を受けたとしても人員的な損害を早急に埋めるのは困難だった。
だがしかし、警察にも切れ者が居る。
この状況下で無理を重ねて、決起部隊、特に寺頭のような強力な非合法部隊と戦っても損害ばかりが増すと考えた。
であるならば、その対処そのものを軍に預けてしまおうと考えた。
軍が対応に消極的なら国民的な批判を受けるだろうし、内閣だって黙ってはいられなくなる。
また、それにより軍内の人的な派閥関係を窺い知ることが出来る。
つまり、寺頭と対戦する部隊とその指揮系統は、彼等の息がかかっていないか、仲間でないという判断になる。
もちろんそれは危険な賭けだった。
軍が、批判を受けない程度に対処してしまう恐れだってあるからだ。
つまり、襲撃には出動しても本気で戦う気が無いか、一部だけ犠牲にして終わらせてしまうことだって考えられる。そうなれば事実は闇の中に埋没するだけ。
そこで警察はさらに一計を講じた。
警視総監から直々に内務大臣に働きかけ、閣内に事件解決の組織委員会を発足させるよう要請したのだ。
もちろん陸軍大臣も列席する。
ここで決定したことは、幾ら軍といえども無視は出来ない。
約束を違えば大臣の更迭だってありうるからだ。
あの事件から暫くは、この様に政治的な鳴動はしばらくは続いた。
それは何時果てることとも知れない、日本の内患にまで発展することになる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
梶山少尉の実験部隊でも、連日、襲撃事件の噂で持ち切りだった。
国内で全面的に歩機を使用した戦闘というのが彼等の注目する点で、しかも、歩機と戦車部隊との戦闘といった戦訓の少ない事象だけに、興味は尽きないようだった。
部隊の誰もがラジオの報道に耳を傾けて新しい事実は無いかと探り、新聞や雑誌の類をかき集めては切り抜き、さらに、軍内の知人を訪ねては個人情報を入手したりしていた。
もちろん、興味があるのは梶山少尉も例外ではなかった。
とは言え、彼には歩機二号機の完成とその改良、さらに中隊運営に関することで日々手一杯だった。
それに合わせて一号機の改良も行わねばならず、部隊と第四研究所、そして相模原工廠や民間工場の間を往還する日々が続いた。
「なあ持田、発電機と蓄電池の交換、あれ終わったかな」
そう梶山少尉が尋ねたのは、工廠から戻ったばかりの昼休みのことだった。
問われた持田技官は、休憩室の畳一杯に事件に関する資料を広げ、仲間とあれこれと談義に花を咲かせている最中だった。
「ん、ああ、午後一でやる」
返事は上の空だった。
無理も無い。
昼の報道が終わったばかりだったし、朝刊の調べもまだだったからだ。
持田技官の凝り性が、こんな所でも発揮していた。
「なあ、ちょっと聞いてくれよ」
梶山少尉がため息まじりに言った。
「何?」
返事をする持田。
だけど彼は、新聞から目を離していない。
「みんな最近おかしいぞ。確かにあの襲撃事件は興味深いが、ここ最近は本業を疎かにし過ぎじゃないのか」
言われた持田技官は、その段階になって初めて顔を上げて見せた。
そして少しばつの悪そうな、それでいて何か言いたげな複雑な表情を見せた。
「ちょっと入れ込み過ぎたのは悪いとは思うが、その内興味も薄れるから、それまで我慢してくれよ。仕事の遅れだって進捗には影響の無い範囲だし、それもすぐに取り戻すよ。だからさ、今の所は目をつぶってくれないか。それにまったく仕事と無関係では無いしな」と言った。
そうまで言われては、梶山少尉はそれ以上強く出れなかった。
「ならいいけどさ、ほどほどに頼むぜ」
少尉は部屋を後にする。
その会話の間にも、室内の他集団が事件に関することを熱心に語り合っていた。
──しばらくは仕方ないか。
そう諦めざるを得なかったのだが、状況がそれを許さなかった。
その日の夜、梶山少尉は当直幹部として就業後も作業服を脱がずに、深夜、中隊事務室で独り机に向かっていた。
当直の下士官と伝令の兵は既に就寝しており、また営内班も灯りを落してほとんどが寝入っていた。
持田技官だけは相変わらず毎夜の作業所の御篭りに隊舎を離れており、一部が自習室で勉学か読書している他は巡察兵が見回りに来る程度で、舎内は静まり返っていた。
梶山少尉が机に向かっているのは、事件に関する新聞や雑誌の調べ物だった。
また手帳にも、昼間に出会った兵士や軍属から得た襲撃情報が書き込まれ、それらを帳面に書き写していた。
彼は、夜間に一人でこうして資料のまとめをすることが多く、持田技官とは別の意味で夜更かしが日課になっていた。
どれ程の時間が経っただろうか、事務室に近付く足音に気が付いた。
巡察なら隊舎の端から徐々に歩み寄ってくる筈だが、その足音は、事務室付近の裏口から進入してきた。
──持田が戻ってきたかな。
そう思いながら暗い廊下を凝視していると、常備灯の薄明かりの中に中隊長の姿が見えた。
「精が出るな」
そう言いながら軋む扉を開け、事務室に田実大尉が入ってくる。
「こんな時間にどうしたんです」
梶山少尉が不意の来訪者に驚きながら壁の時計を見ると、午前二時を少し回っていた。
中隊長が官舎に戻らず、こんな時間に部隊に来るのは珍しいことだった。
「課長達と飲んでいた。まあ、そこで出た話を早急に耳に入れておこうと思ってな、お前がこの時間まで起きているのは何時ものことだから、こうして来た」
確かに少し酒の匂いがする。
しかし、中隊長は少しも酔っておらず、そのことが気になった。




