第60話 決起部隊の戦闘 ── 潮目 ──
歩機二号機の宮本軍曹は、一旦は路地に逃れ、射線をやり過ごす。
そののちに機体側部の乗降口から半身を乗り出し、歩機後部の装甲箱から対戦車地雷を取り出した。
試製一〇式なら動力腕の操作だけで機体に取り付けられた物品を取り出せる。
しかも簡単な作業ならその動力腕で行える。
だが、いま彼ら決起部隊の七式歩機は兵器としては十分ではあるが、作業機械としてはそこまでの完成度はなかった。
したがって何を行うにも操縦者自身の手作業が必要となり、こうして戦闘の最中にその身をさらすこともたびたび発生した。
不意に足元で発生した射撃音がした。
宮本軍曹が視線を降ろす。
すると二人の護衛部隊兵士が警察に向けて銃を乱射していた。
その一人は前田伍長だ。
「ここまでついて来たのか」
宮本軍曹が驚いた様子でそう言った。
それを受けて、機関短銃の弾倉を取り替えながら前田伍長が声を張り上げる。
「だってそれが俺の仕事だろう」
その後に一連射を通りの反対側に叩き込んだ。
「他の者はどうした」
前田伍長はその問いには即答せず、雑嚢から手榴弾を取り出し、安全具を抜いて投げる。
「一人は死んだ。もう一人は重傷を負ったので、軽傷者に引き取らせて下げた。他の者は撤退の手助けに踏みとどまっている」
そう言ったあとに、投擲した手榴弾が炸裂した。
脇では、別の兵が軽機を腰溜めにして撃ち続けている。
その火線上には、警察歩兵の集団が居た。
歩機操縦者の宮本軍曹は険しい表情でそれを確認する。
先ほど取り出した対戦車地雷を歩機動力腕に設置させたてから発火具の安全子を手で引き抜き、それを動力腕でもって路上に投げた。
空中に踊り出た対戦車地雷は数十メートル飛翔してから空中で爆発し、その衝撃波が付近の警察歩兵を薙ぎ倒す。
そこで改めて護衛部隊の前田達を見た。
その誰もが衣服は焦げ、身体の数箇所からおびただしい血が流れていた。
宮本軍曹の経験では、その出血量では失神の恐れもある。だから二人とも気力で戦っているのだろう。
いや、倒れたほかの者達も、その最後の瞬間まで気力を振り絞って戦ったに違いない。
それに思い至った。
だから、「すまん」と思わず宮本軍曹は頭を垂れる。
「あ、なんだって」
前田伍長は射撃を止めずに聞き返した。
猛烈な射撃の最中に会話が成立するはずがない。
既にその頃になると、警察の包囲はいよいよ狭まり、射撃音が連続して聞こえてくるようになっていた。
もう会話すら覚束ない。
そして戦車がま近に迫っていた。
宮本軍曹はもう一発対戦車地雷を用意すると、今度は投擲後直ぐに爆発するように発火具を調節した。
そして片腕に四七ミリ砲を構えて即座に飛び出せるよう身構えながら呼吸を整える。
操縦席の中で神経を研ぎ澄ませ、戦車の振動を全身で感じ取った。
九七式中戦車は真っ直ぐにこちらに向かってはいるが、同時に、佐々木軍曹の駆る七式歩機一号機と射撃戦を繰り広げている。
佐々木の機体は損傷し、射撃が正確ではないが戦車を引きつけるには充分だった。
地雷を投げるのとほぼ同時に宮本軍曹は路上に七式歩機を突入させた。
戦車との距離は五〇メートルを切っていた。
投擲された地雷は空中で炸裂し、紅蓮の炎と黒煙の塊が空中に咲く。
それに戦車の気が殺がれ、宮本軍曹は突撃したまま砲を構えつつ、中戦車の脇を走り抜けた。そしてすれ違いざまに、零距離で砲を二発を発射した。
車体側面中央に命中した砲弾はそのまま車内に吸い込まれて行った。
だが、目に見える変化は無かった。
そのまま戦車は走り去るかに思え、定速で路上を通過して行く。
しかし、車内の変化を思うと、それは壮絶な様相を呈していることだろう。
車内に飛び込んだ砲弾は、内部で跳弾、つまり跳ね回り、乗員を貫き、そして引き裂いているに違いなく、人として原型を留めている者の存在すら危ぶまれる程だ。
力尽きた中戦車とは対照的に、同じ様に進出してきた九四式軽装甲車の方が遥かに威勢良く見えた。
宮本軍曹は、その軽装甲車にも砲弾を浴びせた。
至近距離から発射された砲弾は車体前部に命中し、そのまま車内を貫通して後方へ飛び去り、軽装甲車はそこでつんのめるようにして急停車した。
この場合、装甲が薄いので跳弾せず、車体ごと乗員二名を串刺しにしたと思われた。
そして操作する者の居なくなった中戦車の方は、相変わらず惰性で移動を続け、そして建物の外壁に衝突してそこで停車した。
これで戦いの体勢は決した。
装甲兵力を喪失した警察部隊に、打撃戦力は残されていなかった。
警察歩兵の小銃隊も装甲突入班も皆浮き足立ち、逃げ腰になった所へ二機の七式歩機が襲い掛かる。
支道はおろか、路地に残った部隊さえも掃討され、無人の荒野を突き進むが如く前進し続けて裏通りに出ると、そこには警察の指揮車輌があった。
彼等は歩機の出現に慌て、応戦せずに急発進。そして走り去った。
それが正しい判断だった。
中戦車でさえ叶わぬ敵に、軽装備で立ち向かうことの方が愚かだ。
宮本軍曹が周囲を見回すと、付近には破壊された九四式軽装甲車が放置されていた。乗降口は開け放たれているが乗員の姿は見えず、そこから黒煙が上がっていた。
多分、歩兵の攻撃で破壊された物だろう。
気が付くと何処にも警察部隊の姿は見えなくなっていた。
銃声もほとんど鳴りを潜め、戦闘は収束に向かっていた。
二機の七式歩機と護衛分隊の残余は決起部隊の指揮本部へと戻って行った。
途中、残敵が居ないものかと警戒はしたが、それは皆無だった。




