第6話 実演開始当日 ── 難攻不落の田実中隊長1 ──
昼を挟んで実演の項目は滞りなく進んだ。
歩機は障害の濠を難なく超え、斜度角四十度にも達する斜面をよじ登った。そして鉄条網の突破では、その両腕でもって有刺鉄線を鉄杭ごと引き倒して完全に除去してしまった。
ここで言う鉄条網とは、土地の境界線を示すために敷設されるような簡単なものではなく、要塞の阻止線に見られる工兵がその職能の限りを尽くして幾重にも張り巡らした荊の壁とも言えるものだった。
これを戦車のようにただ踏み倒すだけでは除去したとは言えず、後に続く歩兵にはまだ困難な障害として残った。それを橋田の駆る試製一〇式歩機は、杭ごと引き抜くことで完全な除去を成し遂げ、興味深く見つめている歩兵科幹部の心象をはるかに好くした筈だった。
「ふん。建設重機が歩いているだけじゃないか」と、機甲科幹部が小馬鹿にするのを、工兵から転科した実験部隊の面々は苦々しく聞いていた。軍内で建設重機を扱うのは工兵の職分だからだ。
彼ら工兵は重機でもって築城し、濠を掘って味方を守る。そして砲兵陣地を作り、橋を架け、門橋を組み立てて渡河を行い、地雷を埋め、障害物を爆破し、戦車のために体を張って地雷原を切り開く。先ほどの機甲科幹部のような弁が聞かれると言うことは、これら普段の工兵任務を蔑ろにしているにも等しい発言だった。
とは言え、実験部隊幹部から反論なり抗議が発せられることはなかった。
まず中隊長が日寄り身でことなかれ主義な上に、部隊に実績がなく、規模も小さいことが影響していた。
梶山少尉はそんな状況を面白くないとは思ってはいたが、一介の少尉が他科幹部に抗議したら問題発言になってしまう。模擬戦で見返してやれば良いと独り慰めた。そして少尉は、模擬戦のことで頭が一杯だった。
彼は部隊の仲間に「まかせろ」と大言したものの、実のところ確証はなかった。
それもその筈、戦車との模擬戦の鍵を、中隊長である田実郁夫大尉が握っていたからだ。
田実中隊長は紳士的な風貌からは似つかわしく無い、典型的なごますり型上司であった。
師団長にへつらい、連隊長に媚び、本来、下位である筈の連隊課長にまでご機嫌伺いをする人物だった。
まだ四十前半と言うのに新兵器開発部隊の長に任命されたのも、社交性と言うには目を背けたくなるような、媚びへつらう行動の賜物と噂されていた。そして何も自分では決断せず、絶えず上級部隊の意向を確認した。
実験部隊は日々新しいことへの挑戦であり、それが一番大きな存在理由であった。だから普段から案件や提案は多く、許可決裁を一刻でも早く得なければならないのに、上奏書類はいつも田実中隊長の所で止まった。そしてずるずると処理を長引かせた後、ようやく連隊幹部に伺いをたて、そこで問題がないと判ってから始めて処理するのが常だった。
それだけでも隊の存在意義を無視しているのに、さらに提出したくない事柄が含まれている案件に対しては、いったん書類受け取ってから無言で机の引き出しに仕舞込んでうやむやになるのを待った。
そして後日書類がどうなったか訪ねても曖昧な返事しかせず、忘れた頃になって不許可だったと短く述べるのが常だった。そんなことが嘘であるのを誰もが見抜き、いくら隊の人間がそのことを訴えても、田実大尉は頑なにそのやり方を変えなかった。
このような人物に模擬戦の勝敗を左右する大事な事柄を預けねばならないことに、梶山少尉は不安でならない。
「中隊長、ちょっとよろしいでしょうか」
実演の合間を縫って梶山少尉が声を掛けたとき、田実中隊長は四課長と談笑している最中だった。
振り返った顔には、苦虫を噛み潰したようなあからさまに迷惑そうな表情をしている。
「例の件ですが、その後どうなりましたでしょうか」
「うん? ああ」
梶山少尉の問いかけに、田実中隊長は曖昧な返事を返した。
「もし御面倒であれば、自分が交渉致しますが、どうでしょう、任せて貰えますでしょうか」
「まあ待て、後でやっておくから」
その発言を聞いた梶山少尉は、めまいにも似た失望を覚えた。
何時もこうだ。
面倒事を先延ばしにして、うやむやの内に消滅させる何時もの手だ。
だが今日だけは、それで済ませる訳にはいかなかった。歩機の未来は、この瞬間にも決してしまうかも知れないからだ。
「すぐにでも許可を得ませんと、準備が間に合いません。この瞬間に動けないのであれば、私が動かざるを得ません」
言葉は丁寧ではあるが、語気は厳しさを増していた。
「やらないとは言ってないだろう。少し僭越ではないか」
中隊長も語気を荒くしたが、それで怯んでは居られなかった。
「僭越は承知しております。ですが、今日は部隊の未来、いや、陸軍の明日が決するのかも知れません。そんな重要なときに、ただ手をこまねいては居られないのです」
梶山のその弁。
少し大げさに聞こえるが、本心ではあった。
模擬戦の結果次第では、歩機採用の可否以外にも新しい運用が認められ、ひいては陸軍全体の編成にまで影響するかも知れなかった。少なくとも梶山少尉は、それほどまでに試製一〇式歩機の潜在能力を信じ、実現するための努力を惜しみたくなかった。




