第56話 決起部隊の戦闘 ── 諸兵科連合という考え方 ──
寺頭は言う。
「歩機を歩兵の補助任務に付けるのでは無く、その役目から開放せよと言うのは分かっている。だが、今度は歩機に歩兵を付けると言う。一体なにが違うのだ」と。
「つまりですね」館脇少佐は一旦そこで言葉を切り、窓から外の様子をうかがいながら続けた。
「歩機は脆弱なんです。否、歩機に限らず、どの兵科のどんな兵器でも単独ではもろい。違いますか?」
寺図司令は、何を今更といった風情で言った。
「それは常識だ。だから各兵科が共同し、互いの利点と欠点を補って戦う諸兵科連合という考えがあるのだからな。だが、歩機は単独で挺身攻撃が出来るように考えられているのではなかったのかな。歩兵と装甲兵器の特性を併せ持つ機械、それが歩機であり、だからこそ対戦車戦闘を任せたのだろう。違うか」
先の弁には次のような意味を含んでいる。
兵器には三竦みのような所がある。
歩兵は戦車に弱く、戦車は対戦車砲や速射砲に弱く、そして対戦車砲は歩兵に弱い。
このように兵科毎に一長一短がある。
まずこれが大前提だ。
だが、この三兵科を合同にして戦えば、欠点がなくなり、利点を発揮しやすくなる。
これが諸兵科連合の考え方の基本だった。
また、歩兵に強い筈の戦車も、視界の悪い市街戦では歩兵に弱くなるし、また対戦車砲も、何も遮蔽物の無い所では戦車に弱い場合もある。
このように立場が逆転することもあるので、諸兵科連合で戦えば立場が逆転しても欠点を補えるのだった。
とは言え、戦場の主力は何時の時代も歩兵だった。
歩兵が居なければ、幾ら他の兵科で敵を叩いたとしても占領も制圧も戦線の維持もできない。
一番脆弱で特徴も無い歩兵が居てこそ、戦争が成り立つ。その歩兵を補助する目的で歩機が開発されたのだが、歩機の汎用性はその範疇を越えようとしていた。
だが館脇少佐は、歩機の補助に歩兵を付けると言う。
本末転倒のような発言に聞こえても仕方がない。
館脇少佐こうも続けた。
「歩兵に貼り付けて行動を束縛するのは愚の骨頂ですが、反面、歩機を単独で行動させては駄目なんです。ですから、歩機との共同作戦に特化した歩兵隊を組織し、それを充てます」
そこまで聞いた寺頭指令は、若い頃の自分を思い出していた。
──ああ、あの時と同じだ。
昭和八年三月、関東軍は満州国の南に進出し、中国北東部の熱河省を攻略した。
その際に、戦車と装甲車、そして歩兵を乗車させた自動貨車を組み合わせて挺身隊を組織して戦線を突破、敵中深くまで追撃して熱河省の首都承徳を早期に占領したことがあった。
この戦いには側面に構わずに敵の中枢を狙う目的があり、電激戦の萌芽のような戦術が見られた。
そしてこの成功が、後日、日本初の機械化兵団である独立混成第一旅団となって結実することになる。
若き日の寺頭司令は、攻撃主力の第八師団の参謀として挺身隊を進言し、組織化と作戦に尽力したのだった。
だが、すんなり事が運んだ訳ではなかった。
それ以前の満州での戦闘では、戦車はあくまでも歩兵に付き従う物として扱わられ、一輌単位で各歩兵部隊に宛がわれるのが普通だった。
したがって戦車を集中して活用することはなく、分散して戦うのが常だった。
だがそれはあながち間違いでもない。
戦車の無い中国北東部の軍閥に対し、戦車を集中して使用しても無駄が大きい。
それならば歩兵の支援に徹し、敵防衛陣地の制圧に使ったほうがましだったのだ。
だが、熱河作戦は違った。
早期に承徳を陥落せしめ、それにより敵戦線の崩壊を早めて長城線|(万里の長城)の向こうまで敵を追い詰めて満州の国境線を確定しなければならなかったのだ。
しかし予定戦場は鉄道網が不備で、しかも山岳地帯のために道路網すら貧弱だった。
それであればこそ戦車機動力を生かした集中使用が一番理に適っていた。
だが、関東軍の参謀や高級軍人の大半はそれに猛反対した。
中でも、当時、関東軍作戦課に所属していた東條英機は反対派の急先鋒だった。
これは後日談だが、関東軍参謀長となった東條英機はことある毎に、「機械化部隊は実戦には役立たず」と述べ、それを作戦課の公式見解にしてしまった。
そして東京に戻り、陸相次官、陸相、そして首相と歴任してからも機械化部隊に対して無用の圧力を加えつづけた。
彼等の言い分は、「戦車は歩兵に付き従うべし」に始終し、状況的に止む終えず分散使用していたのを、あたかもそれが一番正しい使い方のように思い込んでいたのだ。
だが第八師団では、連隊規模の歩兵を自動車化するなどして悪路の対応に苦慮し、承徳の早期陥落には戦車が必要不可欠として押し切った。
若き日の寺頭司令は、歩兵に戦車を従わせるのではなく、戦車と機械化された歩兵の共同作戦であるという概念をしっかりと思い描き、作戦を成功に導いた。
これは、館脇少佐が歩機を歩兵に従わせるのでは無く、歩機と専従の歩兵を共同で使用すると語るのと似ている。
寺頭司令は副官の申し出に自分の若い頃を重ね合わせ、何か運命めいたものを感じていた。
だからこそ、間が開いた。
「ご不満でしょうか」
館脇少佐が尋ねた。
「いや、そうでは無い。若い頃の熱河省作戦を思い出していた。あの時の私は貴様と同じことを言った。言ったんだよ。そうしたらなあ、物の見事に反対され、納得させるのに苦慮した。それを思い出した」そこで言葉を切り、館脇を見た。
そしてこう言った。
「だから私は若い者の邪魔をしない。存分にやれ。そして新しい運用を確立するつもりでやれ」と。
「解りました。本格的な再編は後日として、早急に処置します」
館脇少佐の声が弾んでいる。
ただ、寺頭司令以外では、それは分りづらい。
「処置するって、どの部隊を使う気だ。もう手持ちの駒は少く、今から編成を組み直すのは得策じゃないぞ」
その司令の問いかけ。
親父──寺図司令──はずるい。と、館脇少佐は見ている。
たったこれだけの言葉の中に、幾つかの意味が含まれている。
今更配置換えするな、そしてある部隊を用いろと暗に示唆していたからだ。




