第55話 決起部隊の戦闘 ── 初戦終了 ──
その直後、歩機二号機の宮本軍曹からの無線が届く。
「随分と優しいことだな」
その言葉には、子供の悪戯を見つけたぞと言わんばかりの声色があった。
「何がだ」
佐々木軍曹はさも面白くないと言わんばかりに応答する。
だけど次のように追及を受けた。
「とぼけるなよ、乗員を逃がしただろ」
見られていた。
いま現在の戦況は、戦車の撃破を以て一段落していた。
警察の小銃隊も退避を終え、遠くで散発的な銃声が響くだけだになっている。
その為につい、戦闘以外の語りが続いた。
「まあ」
問われた佐々木軍曹は短く、そして曖昧に返す。
それを受けて宮本軍曹が溜息交じりに言った。
「ふう、外地での戦闘ではしなかったよな、そんなこと。生き延びた兵士は、また敵に戻るだろ」
それは、最前線で戦う兵士達の冷たい掟だった。
殺し合いの場では、生半可な情は自分を滅ぼすことに繋がりかねない。
憎いとか、相手を殺したいではない。
倒さなければならない。
「分かってるよ」と佐々木軍曹はうるさそうに言う。
そして、「ただな、警察部隊にそれほど戦車はないと聞く。奴らが生き延びても、乗車する車輌なんてありゃしないさ」と続けた。
それは言い訳だ。
心の奥底では、やはり国内での同胞に対する戦闘であることが色濃く影響しているのは間違いない。
そのことは一緒に戦っている僚機、宮本軍曹が一番良く分かっていた。
「俺にそのような情けはないよ」
宮本軍曹がつぶく、というか力を込めずに言った。
その言葉に佐々木軍曹は何も返事はしなかった。
彼は知っている。
宮本が大陸での戦争で全てを失い、その日から全てにおいて執着がなくなっていることを。
だからといって、別段、死にたいわけではない。
死に急ぐこともしない。
戦闘は真面目にやる。
その一方で、戦死が怖いとも思わなくなっている。
そして人への哀れみも喪失している。
人としての何か、均衡のようなものが大きく欠けている。
別の生き物のようになってしまっている。
それが宮本軍曹という男だった。
そして、部隊には彼のような者が多いことを、佐々木軍曹は思い出していた。
この部隊には、そんな行き場を失った男が多い。
たむろしている。
そんな哀れな男達を、よしよしご苦労だったなとかばい、居場所と目的を与えている人物が寺頭司令だった。
が、しかし、そんな集団の中にあっても、彼、宮本軍曹ほど生への執着を持たない人間も珍しかった。
その男が、鋼鉄の鬼とも言える歩機を操作している。容赦は埒外だった。
「指摘してもしょうもないことを、その、言ったな」
宮本軍曹がその一言をいったきり黙る。
無線機からは微かな雑音が鳴り響いていた。
外ではまだ散発的な戦闘が続いているが、それはどこか遠くの出来事に聞こえる。
僅かな沈黙の後に無線機に新しい入電があった。
「警察隊は一旦引いて体制を整えようとしている。各員は装備と残弾の確認を急げ」
それは館脇少佐からの指示だった。
二人の歩機操縦者は無言で機体を降り、それから携行火器の点検に向かった。
七式歩機の携行している四七ミリ自動砲への給弾は弾倉を介して行われるが、その弾倉は最大で六発までしか装弾ができない。
砲への弾倉交換は動力腕でも行えるが、速度は遅い。
場合によっては、操縦席から半身を乗り出して弾倉交換を行う。
その方が早かった。
また弾倉そのものへの給弾も人力を要する。
したがって、全ての弾倉を撃ち尽くすと、操縦者は直接弾倉に弾を込めなくてはならない。
こうやって戦闘中というのに、その身をさらして給弾を行う。
弾倉への装填は弾雨が飛び交う場合は、機体内からでも一応はできないこともない。
操縦席の後ろから、機体後部の砲弾格納庫を介して行う。
ただ狭いので時間がかかる。
なので、敵が居ない場合は、こうやって機体から降りた方が早かった。
二人とも砲弾を撃ち尽くしては無いものの、砲に装着してある弾倉内には一ないし二発にまで減っていた。
砲弾格納庫から取り出した砲弾を弾倉に込める。
小銃弾を込めるのとは訳が違う。
重いし、かさばるし、力もいる。
一発一発を給弾器を押して納めてゆく。
その間にも、辺りに散発的な銃声が続いている。
生身で作業をすることには、心細さがつきまとった。
ここで狙撃されてしまえば、いかに歩機操縦者として並々ならぬ腕を誇っていたとしても、それで終いだった。
歩機操縦者の二名は、どちらともなく、市街戦のような入り組んだ状況下では歩兵の近接支援が欠かせないとなと感じ始めていた。
やがて砲弾倉への給弾も無事に終了する。
機体に戻るとそれまでの心細さから解放され、両名は一息付くことができた。
これで二機の戦闘力は回復し、臨戦体制が整う。
後は警察の別動隊と残余がどのような動きをするのかが問題だが、緒戦は決起部隊に分が合ったと見て間違いなかった。
話は決起部隊本部へと戻る。
副官の館脇少佐は、まだ警察部隊が手強い相手であるとの認識を変えてはなかった。
これまでの所は彼の思惑通りに事が進み、その事実に一片の満足を感じてはいた。
だがしかし、まだ戦いは緒に付いたばかりだ。
喜びを露わにするのはまだ早い。
とは言っても、鉄面皮である舘脇の場合、たとえ喜んだとしてもその気色が他人に伝わらない。
どこまでも表情に乏しい男だった。
「嬉しそうだな」
寺頭指令だけは、そんな舘脇少佐の様子の変化に気が付いていた。
周囲の兵士達はその言葉に軽く驚きを禁じ得ない。
──館脇の表情なんてどうやって見分けるんだ。
そんな風に驚く。
驚きながら横目で館脇少佐の表情を窺う。
誰もが思う。
──いつもの鉄面皮だけど。
そのように何の変化も見い出せなかった。
「分かりますか」
そう訪ねる舘脇少佐の声色は何時もと変わらず、硬質の響きを帯びている。
「分るよ」
寺頭指令は、当然だろと返す。
「貴様がまだ赴任間もない頃から脇で見ているのだぞ、嫌でも分かるようになるさ」と、まると親戚の叔父のようなことを言った。
二人以外の同乗者数名は、なんだこの二人はと呆れるしかない。
喜怒哀楽が分かるだのなんだのと言った蒟蒻問答に辟易していたからだ。
面白かったら笑えばいいし、悔しかったら怒ればいい。
うんざりして、それが顔に出ている。
「それはさて置き」
館脇少佐が話の矛先を変えた。彼には寺図指令のような余裕はなかった。
「今後は歩機に専属の歩兵を付けなければなりませんね」
そう言った。
「それはお前がつねづね反対していたことじゃないのか」
指令が何を今さらと言った風に聞き返す。
館脇少佐、ちらと司令を見る
その表情はいつもの鉄面皮。
その無表情のまま、後を続ける。
「それは意味が違います。私は歩兵の支援の為だけに歩機を使用するのを避け、歩機の機動性と多用途性を発揮できるよう職分を分離した方が良いと言ったまでです」
館脇少佐の言葉は解りづらい。
優秀なのだろうが、どうも士官学校の範例のような言葉が続く。
会話でそれだ。
それは寺頭指令も常々感じていることらしく、いつも彼の弁を言い直す、または質問することで会話が成立していた。




