第53話 決起部隊の戦闘 ── 作戦の本質 ──
──何か大きな見落としをしたろうか、それとも根本から間違っていたのか。それとも。
館脇少佐は、そう逡巡する。
意見を述べた後で、相手の反応が鈍いと誰でも不安になるものだ。
誰でも打てば響くような即答を期待する。そして、反対に沈黙は否定を意味する。
若い館脇少佐の胸の内に不安が急速に広がり、じわじわと染みて行く。
司令の顔が僅かに強ばり、自分の気が付かない欠点を今にもぶちまかれるものと身構えた。
寺頭司令が重々しく口を開く。
「何事にも秩序はある」
その第一声は、頭が空白になるような思いがけない言葉だった。
作戦の要諦とはとても思えなかったからだ。
聞いている館脇の心は散々に乱れた。
副官である館脇少佐は、見た目には冷静ではある。
でも本当は狼狽えていた。
そんな副官の動揺をよそに、寺頭司令があとを続ける。
「戦とはその秩序を崩す行為だが、それと同時に従うべき秩序もある。その折り合いが作戦という奴だ」
不安で一杯の男を前に、作戦の根本を語り始めた。
基本ができてないと失望したか、大事なことを悟らせようとする行為だ。
どちらにせよ、それは覚えの悪い子供に教えようとする教師の態度であり、館脇少佐の作戦が否定されたのだと思えた。
彼は動揺を面に出さず、それでいて激しく失望した。
「館脇よ」
寺頭司令、まるで教え子に語りかけるように、その名を口にした。
いよいよだと覚悟した。
そして寺頭司令は、次の言葉を発する。
「歩機の市街戦運用に対する不安はあるものの、君の意見は私とほぼ同じだ」
「!」
失意に落ちかけた館脇少佐は我が耳を疑った。
そして顔を上げる。
叱責を覚悟していたのに、信頼する上司と意見が同じであると言われたのだ。
「私の案では、対戦車障害で車輌を足止めした後に、速射砲で狙撃するものだった。歩機は陽動や補助として使用するつもりだが、お前の案の方が、目的に合致しているな」
館脇少佐はこの場で喜びを露わにしたい衝動と戦っていた。
まるで子供だ。
先生にほめられて手を上げて「わーい」と喜んでいる子供もそのものだ。
ただし、それを態度で示していないのだが。
ここが作戦地でなければ、実際に喜びの声を上げていたかも知れなかったほどの嬉しい評価だった。
付近に居た人々は、鉄面皮と揶揄される館脇少佐の普段では絶対に見せない一面。
それを見る機会を失ったことに気付いてはなかった。
「今夜の戦闘では、お前の方針で戦って見ようと思う。もっと内容について語りたいが、かなり戦闘も近付いたようだ。早急に各隊の指示を頼む」
余程興奮していたのだろう。
館脇少佐はそこまで言われて、銃声が鳴り響いていることを思い出した。
まだ離れてはいるが、激しい応酬が建物の谷間にこだまし、それが急速に近付きつつあった。
「それでは」
館脇少佐は一礼してから大股で歩きだした。
顔は紅潮しているものの、いつもの冷静な彼に戻り、頭脳は戦闘指揮に関することで一杯だった。
──まず、歩機に関することから始めなければ。
彼は鉄の巨人に全てを託そうとしていた。そしてそれは、歩機の認識を一変させるものになる筈だった。
かつて、富士の演習場で同じ思いを抱いた者が居たことなど知る由もないだろうが、やろうとしていること、つまり歩行する戦車の概念から、撃たれ強い歩兵への意識転化という意味において、両者の考えは酷似していた。
部隊への指示は極短時間で終了した。
訓練が行き届いている為でもあるだろうが、戦闘の直前にあれこれと細かい指示を与えても上手くはない。寺頭司令に語ったのと同じ内容を、部隊毎に端的に述べただけだった。それで各員は自分のすべきことを理解し、任務に向かって行った。
館脇少佐はその後ろ姿を見て、その兵士一人一人に頼もしさと感じると同時に、無事を祈らずには居られなかった。
──死ぬなよ。目的を達成するまでは、なんとしても生き延びろ。
だが、それは無理な相談だった。
今夜の作戦規模から言えば、激戦になるのは間違いない。
それが証拠に銃声がもうそこまで来ていた。
館脇少佐は早足で土嚢に囲まれた指揮装甲車輌に戻る。
車中では、扉から半身を乗り出した寺頭司令が双眼鏡を片手に全体の動きに視線を這わせ、運転手と通信手、そして護衛を兼ねた伝令数名が既に控えていた。
そして開けられた土嚢の隙間から外を窺うと、部隊はその存在を殆ど秘匿しているが、館脇少佐には殺気が漲っている気がしてしょうがなかった。
戦闘の音が、もうそこまで来ている。
それが急速に近づいてくる。
突如、角をかなりの速度で曲がる側車付きの自動二輪・陸王と、くろがね四起が姿を表した。
先ほど無線連絡を入れてきた、味方の監視班だった。
側車付きの自動二輪とはサイドカーであり、くろがね四起とは小型の四輪駆動車のことをいう。
陸王の側車には偵察員が乗り込み、かなりの速度で部隊の前を通り抜けていった。
その後に続くくろがね四起の後部には、機関銃手が銃身も焼けよと撃ち続けてはいるが、額と肩からはおびただしい出血が認められた。
そして助手席の装填手兼無線手は、胸から血を流してうなだれたまま動こうとはしなかった。
無線連絡が全く途絶えたのも納得がいった。
操縦手は頭を低く保ち、必死に暴れる車体を操作していた。
そして、陸王が通り抜ける際には、側車の偵察員が手信号で警察の規模を知らせる。
装甲車輌の数に変化はないが、小銃隊、つまり武警歩兵の数が一〇〇ないし一一〇名とあった。
その数が意図する所は明確だった。
この人数では包囲には足りない所から、二手に別れて挟撃するつもりだろう。
平地での野戦ではなく、これは市街戦。
武警はそれに特化した組織、そして訓練をしている。
「なかなか楽に勝たせてはもらえそうにないな」
館脇司令がそう独り言を呟いた瞬間のこと。
突如、警察の装甲車輌が視線の先、角を曲がり姿を表す。
待ち構える決起部隊、その視線が集中する。
だが先頭の九四式装甲車は曲がりきった所で停車し、そのまま突っ込んではこなかった。
伏兵を警戒しているのだ。
後続の九四式装甲車、三輌も停車し、その後からやや遅れて九七式中戦車改二型二輌と小銃隊を乗せた自動貨車が到着した。
警察の最精鋭、その虎の子、警視庁第一機甲部隊の登場だった。




