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第52話 決起部隊の戦闘 ── 装甲猟兵としての歩機 ──

 聞き慣れた九六式軽機関銃の断続的な発射音。

 それが鳴り響き、建物の間をこだまする。

 双方共同じ国内製火器を使用しているために戦闘の帰趨はうかがい知れないものの、かなり激しい射撃の応酬を感じ取れた。


 それを合図に、そこかしこで行われていた談笑や議論は終わり、皆は持ち場に戻って戦闘配置につく。

 その様子をただじっと見ていた男が居た。

 司令の寺頭だ。


「館脇よ」

 司令は傍らに起立している男に語りかけた。

 館脇少佐は手を後ろに組んで、静かにことの成り行きを見守っている。

「お前は、今日の損害をどの位と見ている」


 問いかけられた副官は、正面を見据えたまま静かに口を開く。

「全体では一五ないし二〇と言った所です」

 司令もまた、館脇少佐を見ることなく正面を見つめて言った。


「約二個分隊といった所か」

 苦い顔になった。

 館脇少佐は切れ長の目をさらに細め、左手の中指で眼鏡を押し上げた。

「ええ、作戦の規模と目標からすれば、それほど悪い取引ではありません」


「殺すな」

 司令がきっぱりと言いきった。

「一人も?」

 そう聞き返すときも、館脇少佐は視線を正面に据えていた。

 寺頭司令もまた同じだった。

 二人は観劇しているかのように、同じ方向を見据えたまま会話を続けていた。


「そうだ」

「難しいですね」

「無理か」

 

 館脇少佐は片方の眉を僅かに上げ、ちらと寺頭司令を見おろした。

 司令は、相変わらず腰を下ろしたまま、微動だにせず兵士達の作業を見守っていた。

 ただし、その表情は苦いものだった。


「無理です」

 そう館脇が言葉を発した時、いつもの無表情に戻っていた。

「そうか」


 館脇少佐は、その鉄面皮の下で、寺頭司令の真意を計りかねていた。

 彼が部下を殺したくないのは、単に損害を低くしたいという指揮官としての義務以上に、部下思いからきているのは間違いなかった。

 そしてその気持ちは館脇少佐も同じだった。


 だが、そうであっても、普通に作戦指示を副官や参謀に下せば済むことだ。

 何しろ寺頭司令は、初めて部隊を率いてから今日まで作戦目標を達成できなかったことなど一度もなく、天才の名をほしいままにしている人物だ。

 副官の館脇は、寺図司令のことを、満州事変を成功させて軍事の神様と呼ばれている石原莞冶将軍と同等と見ていた。


 そのように能力と人望がある指揮官が作戦と戦術を指示し、それで損害が生じても誰も文句は言う筈がなかった。ましてや、寺頭司令を慕って馳せ参じた現在の部下達ならなおさらのことだった。


 ──つまり俺を試している。

 今後、部隊の活動が活発化するにつれ、館脇少佐に活動を任せることも多くなるだろう。その実地試験を兼ねていると見て間違いなかった。

 だがそれ以上の意味が、その問いかけにはあると館脇は見ている。


 ただの作戦指示ではない。

 今後の試験だけでもない、もっとの別の何かを寺頭司令は求めている。

 ただ戦闘に勝ち、味方の損害を抑えただけではなく、もっと別の戦い方をしてみろと暗に言われた気がした。


 館脇少佐が顔を上げた先には、銀行への突入を終えて路上の警戒に就く七式歩機の姿があった。機体は街灯の明かりを受け、重々しく起立していた。

 いまここに居る決起部隊、我々の守り神にも思える。


 ──こいつを全面的に使えと言うことか。

 そう判断した。


 だがそれは賭けだった。

 国内では、軍閥化した軍隊が私兵を組織し、内部抗争を多発させてそれが大きな社会不安となっていた。

 いま現在、自分たちの行っていることが、まさにそれだ。

 

 また、横流しされた武器を装備した武装強盗も横行し、警察もそれらに対抗するべく武装した機動警察を組織していたのである。

 つまり警察は、対軍閥私兵の取り締まりと対抗のためたに、軍隊並みに武装を強化──武装警察|(武警)──していたのだ。


 設立当初は戦闘経験の少なさから損害も大きく、出動の度に殉職者を多数出した。

 だが、戦闘を繰り返す内に場数を踏み、さらに退役軍人を迎え入れるなど積極的は質の向上を計ってからは、市街戦ではかなりの経験と戦術を備えるまでに成長していた。

 要するに武警は強い。


 さらに言って、歩機運用の問題があった。

 これまでの研究と実績から、歩機は戦闘車両に対して脆弱であると判断されていた。

 その強い警察部隊の装甲車輌に対し、不利と言われている歩機で勝利しなければならない。だがどうやってそれを行えばいいのだろうか。


 館脇少佐が悩み始めたとき、寺頭司令が見越したように訪ねた。

「今夜はどうやって戦うのだ。その具体的な方策を述べよ」


 正に試験だった。

 戦闘の音はかなり近付き、時間的な余裕も無く、即答しなければならない。

 そして白紙戦術や机上演習のように少しの躊躇もできず、正解を軍事の天才に対して端的に述べなければならない。


「歩機を装甲猟兵として扱い、戦闘の主軸に据えます」

 館脇少佐はためらうことなく、そのように決意を述べた。

 装甲猟兵とは呼んで字の如く、装甲戦闘車両を狩る兵隊のことだ。


「続きを頼む」

 司令が先を促す。

「陽動部隊を使って、警察部隊をこの道路まで誘導致します。列の後尾が道路内に入ったのを見届けたら、路上阻塞でもって先頭の装甲車と戦車に対して足止めを強要し、左右の建物屋上に潜ませた伏兵でもって攻撃を加えます。その後、敵が混乱して反撃を封じたと確認次第、歩機を突入させて敵の攻撃主軸である装甲車輌の完全制圧を狙い、そして機動力を壊滅させると同時に敵本部に対する圧力を強めて指令系統を麻痺させます。後は小部隊でもって多方面から陽動をかければ撤収の時間を稼ぐことができるでしょう。さらに速射砲と歩兵の噴進砲分隊は隘路に置き、補助任務として敵が二手に分かれた場合の対処に使います」


 副官の館脇少佐は一気に言い切った。

 そしてその内容はきわどいものだった。


 なにしろ装甲歩行機は、戦車や装甲車輌との対戦を苦手とするのが大方の判断であり、技本の検証や部隊の技演|(技術演習)でもほぼ同じ結果が出ていたからだ。

 ただし一部では、歩機を脚移動する戦闘車両として戦うから拙いだけであり、運用次第では互角以上に戦えるとする意見も存在した。

 つまり両方の意見が存在している。

 それもただの思いつきでは無く、その道で訓練と教育、さらには研究を重ねている組織で、意見が二分されているのだ。


 だが館脇少佐は、歩機は戦闘車両と互角に戦えると見做している。

 しかも戦闘の主軸に据えるという。それが装甲猟兵の発言に現れていた。

 彼はその戦法に賭けようとしていたのだった。


 言い切った男、館脇少佐の顔を街灯が照らしている。

 何時もの無表情だ。

 だが、心無しか興奮しているようでもある。また、傍らに控えている七式歩機も、守護神のように重々しく起立していた。


 寺頭司令は座ったまま正面の男を見つめていた。

 館脇少佐はいつの間にか正面に立っていたことに気がついた。

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