第51話 決起部隊の戦闘 ── それぞれの思い ──
通信手が聴音器を耳に押し当てて電文の内容を確認していく内に段々と表情が険しくなって行くのを、付近でたむろする兵士達は見逃さなかった。
「おい、何があった」
一人の兵士が近付きながら尋ねるのを通信手は手で制止した。
そして答える変わりに回路を切り替え、付近の兵士にも聞こえるよう拡声器につなげた。
その音声が流れる。
「……り返す。こちら前衛監視第三班、本隊および他監視班に告ぐ。上野広小路と春日通りの交点にて、警察の機動部隊南下中。規模は中なれど、中戦車二、装甲車四輌含む有力な部隊なり。進路から本隊に向かうものと思われる。我が隊は、これより監視任務を第二班に譲り、遅延行動に移る。以上、終わり」
その無線を聞いた各兵士達は、それまでのくつろいだ雰囲気から一転して緊張に身を包み始め、戦闘の予感に身を奮わせた。
「かなり接近しているじゃないか。報告の場所から、ここから車で二十分ほどで到着するぞ」
無線を聞いていた一人の兵士が誰に言うとなくつぶやき、付近にいた兵士達がその弁を受け取って、思い思いに感想を述べ始めた。
「陽動に向かった警視庁の機動部隊が引き返して来たか。遅滞行動が巧くいけば、到着まで小三〇分といったところか」
「それにしても、思ったより嗅ぎ付けるのが早いな。やはり日本の警察は優秀なんだなあ」
「あほ、感心しとる場合か。奴ら、我々を捕まえに来るんだろうが」
そのように会話が続く。
その台詞に対して、一人の老兵が、枯れた声色で哀れを滲ませた。
「だとしたら不憫なことやの。機動警察の装備やったら、我々と本格的な戦闘になるのは確実だで。奴らは敵かも知らんが、その前に同朋じゃねぇか。何とか避けられないもんかの」
若い兵士が、何を今更と言った風に鼻を鳴らした。
「お互い使命を帯びている者同士、衝突は避けられないだろうな。確かに不幸なこととは思うが、決起の為の犠牲だ。いた仕方あるまい」
訳知り顔でそう結んだものの、その言葉にも老兵は納得できない様子だった。
「226の時も決起を唱えてはいたが、標的となったのは政治家か財閥の財界人だった。だが、今の我々が相手とするのは、警察とは言え、一人一人は市井の民じゃないか。何かおかしいとは思わんか?」
その問いかけに、その場に居た誰もが黙りこくってしまった。
それは少なからず、皆似たような思いを抱いていたことを証明していた。
「爺さん」
それが老兵のあだ名だった。語りかけた兵士には、軍曹の階級が付いていた。
「この場に居る多くの者は、親族が大変な思いをしている時に大陸出兵で居てやれずに、結果身寄りが無くなったりしているのを知らない訳じゃないだろう。その他にも和平の為と称してその存在を消されかけたり、国に戻ることを許されなかったりした者ばかりだ。あんただって似たような境遇の筈だ。皆、国家の為に命を掛けて戦ったというのに、俺達が大変なときには何もしなかった。否、しなかっただけじゃない。存在を否定され、国から捨てられたんだ。だから、いまさらちゅうちょするようなことを言ってもらいたくは無い」
その言葉の続きを、頬に傷のある兵士が受け取って話し始めた。
彼は土嚢に腰掛け、小銃を膝の上に乗せて俯いていた。
「その思いは俺も同じだ。俺の村では長雨、さらに早霜で作物が全滅し、その為に地主供に身売りした娘も多かった。その中の一人に、帰ったら祝言を上げようと約束した俺の許嫁も居たんだ。しかも地主供は、支那との特需でさんざ私腹を肥やした、その金で買ったんだ。俺達が戦った為に儲けた奴がいて、そいつらが僅かな金で嫁になるはずだった乙女達を慰み者にしやがった」
その兵士の言葉の端々には、拭い去れない忌まわしい過去への怒りが滲んでいた。そして、頬に赤く浮き出た傷跡をさすりながら後を続けた。
「その、俺の許嫁は自殺したよ。可哀想に。慰み者にされて、玩具にされて、人生を儚んで死んだ。俺を待っていたろうに。でも、それができなかった。だから俺は田舎に帰って復讐したんだ。いや、別に殺した訳じゃない。ただ、慰み者にした地主とその一人息子に、二度と跡取りが出来ないようしてやった。そしたら全国指名手配の凶状持ちになっちまって、流れ流れて此処にいる訳さ。娑婆への未練なぞ、もうとっくにねえよ」
その兵士は、その傷口に過去が記録されているかのように、語っている間さすり続けていた。それが戦場で受けた傷なのか、それとも刃傷沙汰のときに付いたものなのかは定かではなかった。
軍曹が再び口を開いた。
「潤ったのは国も同じ筈だ。国が貸付なり一時金なりで対応してくれれば、こんなことにはならなかったんだ。第一、それらは誰の金だ。企業が私腹を肥やす為の物ではないし、ましてや官僚が好き勝手に配分を決定すべきでもない。だから取り返すんだ。これでな」
そう言って、銃を握った右手を前に突き出して見せた。
その声に呼応するように、髭を生やした若い伍長が立ち上がる。
「そうだ。失った人生を取り返すのに、何のためらいがいるものか。我々の敵は体制の中に隠れた売国奴供だ。それに組みする者は、何人たりとも容赦しない。今は不名誉な和平を強いられはしたが、何時か再び大きな戦になる。きっとなる。その時に、後方に現在のような内患を残しては、また幾万幾十万の兵の努力が報われないまま終わるだろう。それを避ける為にも、奴等の力の源である資金を我々の手に戻さなければならない。だからこれは私闘なんかでは決してない。救国闘争だ。己の血肉で記す、偉大なる歴史に他ならない」
拳を振り上げ、熱ぽく語る彼の表情は、明らかに自分の弁に酔った革命家のそれだった。
──まずいな。
老兵は思った。
特に伍長の演説は、破滅的な危うさがあった。
だが彼は一切の反論を控え、黙ってその場を納めた。
誰かが思いを吐露する変わりに、戦闘の音が届き始めたからだ。




