第48話 決起部隊の戦闘 ── 陸軍中野学校 ──
その年の四月。
まだ桜が散ったばかりと言うのに夏を思わせる暑い日々が続いていたある日のこと。
深夜の東京銀座に武装した帝国陸軍部隊が、街中まで自動貨車で乗り付けてきた。
牽引火砲は被いが外され、どの車輌にも軽機や重機が備え付けられて、その全てに射手が付随していた。
そして各車輌に部隊を示す物は何も無く、表示の類は塗りつぶされるか、黒い布で被われていた。
その様子から、単なる演習や移動では無いと知れた。
集団は所々で一台、また一台と別れ、それらの車輌は他方面へと走り去っていった。やがて大型の牽引車二台を有する大きな集団が残り、その車列は市内中心部で停車した。
「下車」
号令により、貨車後部から銃を手にした兵士が飛び出す。
そして瞬く間に整列を完了した。
彼らは皆顔面を布で被い、僅かに目と口元しか露出させず、さらに防塵眼鏡を填めていた。深夜に行動する軍隊としては、異様過ぎる出で立ちの集団である。
『決起部隊』
それがこの集団を言い表す端的な言葉だった。
欧米列強との直接対決を奇跡的に回避した日本が、その後の未曾有の繁栄と同時に受け入れなければならなかった軍閥の暗部。
その闇は時折こうやって姿を表し、暗殺や武装強盗、はては内戦紛いの対立や分裂を巻き起こしていた。
この集団はその一つだった。
この辺りは民家からだいぶ離れた商業地で、商社や銀行といった企業の建物が建ち並び、深夜ともなると人気が完全に絶えた。その谷間のような無人の街に、突如現れた武装集団を監視する者は誰も居ない。
やがて、黒塗りの高級車から一人の少将が降り立つ。
彼は顔の被いがなく素顔のままであり、苦虫ばった表情で運転手の開けた扉から重々しく姿を見せた瞬間、集団に緊張が走る。
将官はゆっくりとわき目も振らずに、ただ真っ直ぐ整列した兵士達へと向かった。そして列の先で待ち受ける長身の少佐の前に進み出た。
副官の館脇だ。
彼もまた覆面をせず、二十代後半の表情に乏しい男で、殆ど感情を露わにしなかった。そのために部下からは、鉄面皮とか能面と影で呼ばれていた。
とは言え、冷たい性格という訳でもなく、部下から嫌われているのでも無かった。
ただ少し、敬遠はされていた。
副官が報告する。
「寺頭司令、一人の欠員も無く、本隊九三名全員の集合が完了致しました。なお、別動隊約六〇名は既に各地で任務に就いて居ります」
館脇少佐からそのように申告を受けても、寺頭と呼ばれた男は何の表情の変化見せない。ただ、「吉田とその部隊はどうした」と、静かに言った。
「吉田中尉の部隊は決起に参加していません。ただし、配下の機関銃小隊が独自に参加。上野広小路で配置に就いて居ります」
そう報告を受けたあと、寺頭司令は口の端を歪める。
初めて見せる仕草。
だが、その表情も一瞬で消し去り、また元の無表情へと戻す。
そして寺頭司令はこう言った。
「館脇、俺の言った通りだろ。奴は最後には臆して裏切るとな。明日にでも中野の連中を差し向けろ」
中野の連中とは、陸軍中野学校のことを指した。
潜入工作などの秘密活動を専門に行う組織とその訓練機関である。
その集団に指示を与えられるということは、この決起部隊は、軍内にそれなりの影響力があることを物語っている。
中野学校は文字通り、東京都中野区にある中野駅前の広大な敷地にある。
そして赤レンガの塀を挟んで東京憲兵隊が駐屯している。
つまり塀一枚を挟んで、取り締まる組織と潜入工作する組織が隣同士で存在していることになる。
その両組織は、互いに相手を利用した。
中野学校はなんとか憲兵隊に潜入して工作の訓練をしようと画策するし、また憲兵隊はいつ如何なる時であっても潜入工作を阻止しようと、片時も気を緩めずに警戒した。
そうやって互いに腕を高め合っている。
そのような緊張感のある組織が、寺頭の部隊と繋がりがあるということだった。
「口を封じるので」
館脇少佐が確認すると、寺頭司令が無表情なまま、「不満か」と聞き返した。
「彼には身重の妻が居ります。多分、そのことが影響しているのでしょう。一応、侘び状が届いてますが、義理立ての変わりに機関銃小隊決起の妨害はしないと明言し、その通りになっております。お読みになられますか」
そう言ってから館脇少佐が書簡を懐からだす。
寺頭司令はまるで忌むべき物を見るように一瞥し、直ぐに視線を外した。
「そんな物はいらん」
そして暫く口をつむった後、何事かを考え、再び口を開いた。
「だがな、早とちりするな。俺はむやみに仲間に殺める趣味はない。ただし警告は必要だ。今後、似たような者が現れたらどうするつもりだ」
「その時は、その時です」
それを聞いた司令の片眉が開く。
そしてため息とも何とも言えない息を吐いた。
「ふむう」
それを合図のように、館脇少佐が続ける。
「離反者が続くと言うことは、それだけ支持を得られないことの証明です。身重の妻の為にちゅうちょした人間を重く罰したとすれば、我々の結束が揺らぐのではと危惧致します」
「ふん、なるほどな。まあいい、この件は貴様に預けるが、どう処置するつもりなんだ」
「しばらくは監視下に置くつもりです。その際に中野の連中を使いますが、手出しせずとも無言の圧力にはなるでしょう」
「それでいいだろう。だがな、事が公になる前に妙な素振りが見えたら、脅しの一つも必要だぞ。それを忘れるな」
寺頭司令は、それで話は終わりだとばかりに返事を待たず、集団の前に進み出た。
それから司令は周囲を見た。
少し見上げるようにして、周囲の光景を見る。
そこは商業地。
大企業の本社や銀行が建ち並ぶ一角だ。
ビルが林立し、この時間に人は歩いては居ないが、昼間は多くの人々が行き交い、働いていることだろう。
──たいした繁栄っぷりじゃないか。
まずはそう思った。




