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第41話 演習明け

 翌朝、梶山少尉が駐車場から車を運びだして舎前に止める。

 昨晩も消灯延期して部屋で同僚と飲んだので生あくびが出る。

 そのとき、工場から隊舎に戻る持田技官と出会った。


 彼は消灯後は連日のように営内班を離れ、工場にこもっては夜通し機材と格闘していた。昨夜のような大仕事を終えた日でも、気になると機械に触れていないと気がすまない性質である。

 その為に早朝の点呼には参加せず、中隊の誰もが放任していた。

 下町の小さな工場。

 そこの若い二代目社長。

 持田技官には、そんな風情があった。


「おう、朝帰りか。精が出るな」

 梶山少尉がそう労うと、なまあくびをかみ殺しつつ涙目の持田技官が近付いてくる。


「ご苦労なのは貴様の方だ。今日からせっかくの連休なのに、中助のお供だろ。お前ってさ、よっぽど嫌われたんだな」

 油のついた手を布で拭きながら持田が言う。


 そう言われても梶山少尉は曖昧な返事を返さざるを得ない。

 本当のことを教えても構わないが、それでは中隊長に口止めされていた。


「でもよ、俺は今日の御付きを誰にも言わなかったけど。そんなことを、いつ知ったんだよ」

「そんなもん」と持田があきれ顔をした。そしてこう続けた。「中隊中で知っているさ。突然休みを潰されて、否応無く運転手にさせられたってな。本来なら士官候補の仕事だろ」

 そう、同情された。


 梶山少尉は笑いをこらえるのに苦労した。

 殆ど当たってはいるが、先入観から本質を間違っているのが噂というものらしい。皆、話を作るのがうまかった。


 その後、持田技官と連れだって朝食を取り、彼と別れて車の所で待っていると、程なく大量の荷物を手にした田実大尉がやってきた。

「では行こうか」


 二人はくろがね四起に乗り込み、駐屯地を後にする。

 門衛が敬礼しつつ、梶山少尉に同情的な視線を投げ掛けてきたことがおかしかった。

 田実大尉からは事前に新宿へ向かうよう言われていた。

 それに予備燃料も車載する指示も受けた。

 相当の長旅か、あちこち回らせるつもりらしい。


 相模原から渋谷までは世田谷通り一本で行ける。

 一級道路とは言ってもその大部分は舗装はされず、埃っぽい道が続く。

 そして部隊から離れると急速に人家がまばらになり、枯れすすきが広がる単調な風景ばかりになった。


「中隊長、新宿に向へとのことですが、何処へ行けば良いんですか。そろそろ行き先を教えてくれませんか?」と梶山少尉は訊ねた。

 もう出発していると言うのに、まだ目的地を伝えられてなかったからだ。


「妹の見舞いに行く」

 田実大尉が、煙草を点け終えたマッチを灰皿に投げ入れ、そうことも無げに言った。


「え、妹さんのお見舞いに、自分も御一緒するので」

 梶山少尉が理由が分からないと言う顔をすると、「全く無関係ではあるまい」と返ってきた。そして、「貴様には迷惑をかけて居るからな、罪滅ぼしにその張本人に会わせてやる」


「会わせてやるって……」

 そう言われて、突然のことで戸惑うのは当然だ。

「見舞いが嫌と言うわけではありませんが、突然だったもので」

 だからそのように言った。


「支障ないだろ」

 田実大尉がそう横目で悪戯っぽく笑う。

 その一瞬の表情だけを捉えると、梶山少尉よりも若く、少年のような面影も垣間見えた。


「無いです」

「なら良かった」

「でも妹さんの見舞いなら、新宿と言うよりも淀橋区でしょう」

「そうだな」


 妹の入院先である陸軍戸山病院は、淀橋区のうっそうとした丘の中にあり、周囲には陸軍士官学校医学科や防疫関連の施設が存在していた。

 淀橋区とは今日でいうところの西新宿にあたり、陸軍戸山病院は高田馬場との中間に位置する。


 さらにその付近には、表だって公表はしていない旧秘密戦研究所の関連施設や特殊兵器開発施設もあり、実験中隊とは浅からぬ間柄の土地でもある。

 とはいえ、その大多数は登戸の等々力地区に移り、歩機の開発主軸は軍都相模原の第四研究所と周辺工場がその殆どを取り仕切っている為、最近では淀橋区の諸施設とは疎遠になりつつあった。


「だったら最初っからそう言ってくだされば良かったのに」と、梶山少尉は非難がましく言う。

「いやな、淀橋に行くのが漏れると、誰が勘ぐるか分かったものじゃないからな。貴様には悪いが出るまで黙っておいた。すまんかったな。後、このことは誰にも言わないでおいてくれ」

 中隊長からそう言われた。

 それを聞いた梶山少尉は、少し神経質過ぎるのではないかと言う気がしないでもなかった。


「気にし過ぎと思っているだろうな。中隊の中にも奴らの手先は居るさ」

 察した田実大尉が言った。奴らとは、宮田中佐のことだ。


「その確証は、目星は付いているのでしょうか」と梶山少尉が問う。

「誰かは分からん。だが、それとなく中隊の者にしか語らなかった内容を、日を置かずして連中は知っていたよ。まあ、間聴まがいの連中なら、大事を人に話さなければいいさ」

 いまさら何事が起きても驚かないつもりではあったが、実際に話しを聞くと、まだまだ驚かされることの方が大きかった。


「自分は信用されているので」

 梶山が聞いた。

「ああ、しているよ」

 田実大尉が煙はきながら答える。


 梶山はその答えに嬉しく思うが、何がそう言わしめているのか気にはなった。

「分かりませんよ。自分が何かの見返りに、歩機と部隊を売るとは考えませんか」

 そう水を向けても、田実大尉は笑って取り合わない。


「貴様がそんな柄かよ。間聴とかってのは、もっと用心深い奴がやるもんだ。俺に食って掛かるような奴には向かん作業だ。それになあ、後ろめたい物を抱えているとそれとなく匂うもんだが、お前にはそれがない」


 誉められているのか馬鹿にされているのか分からない。

 だが、それと同時に、本当は宮田中佐の手先が誰であるか知っているのではないかという気がしてくる。


「中隊長には、誰が密告者か検討が付いているのではないですか?」

 そう聞いて見たが、すぐに返事はなかった。


 くろがねの正面には町田界隈の家並みが広がっていた。

 しばらくしてから、田実大尉はそれらから目を離すことなく言った。

「部隊を預かる長として、部下を疑っているとは言えんさ」


 どうやら察しろということらしい。

 それで一応、その話題は終了した。

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