第4話 実演開始当日 ── 戦車の存在感 ──
とは言え、戦場における戦車の存在感は圧倒的だった。
敵に対抗手段が無い場合、抗戦する意欲を文字通り粉砕するからだ。
したがって軍は、歩兵の天敵であるトーチカや銃眼の制圧、鉄条網の突破などの目的の為に、少数に限り戦車を装備することにした。
ただし、あくまでも歩兵が戦争および戦場の主人公であり、戦車を集中して活用せず、分散して、主役である歩兵の直協任務に使用することが多かった。
主人である歩兵の従僕であれという意味だ。
その関係が崩れたのは、欧州での大戦において独軍戦車部隊が華々しい活躍をして見せたことにあった。
戦車が戦場の主人に上り詰めたのだ。
それまでの所、近代軍を所持する各国は、戦車の運用に定見はなかった。
ソ連は砲兵主義に成りかかっていたし、英国は歩兵直協戦車と迂回機動力としての戦車を分離して考えた。
米国は機甲師団はあるものの、やはり歩兵が中心、軍の主軸だった。
この点、日本とよく似ている。
日米は国の成り立ち、国土の広さ、そして軍の歴史も丸っきり違いはする物の、国土を海に囲まれている状況が似たような考えに至った。
つまり国土を敵に蹂躙されるには、海を押し渡ってくる他ないのだ。
だから待ち受けるという意味において、日米両国は歩兵が主軸になった。戦車は第二戦線に留めて、予備兵力として投入する存在だったのだ。
ともあれ、その様な各国の思惑を、独軍は塗り替えた。
独軍は戦車を集中運用した『電撃戦』というまったく新しい概念を産み出し、運用した。
その結果は各国軍首脳に衝撃を与える。
戦車の集中使用は、従来考えられている以上に破壊力があった。
各国軍首脳の意識すら変えてしまうほどにである。
そして世界的な戦車重用の流れに日本でも遅ればせながら従うことになったのだが、それでさえ歩兵閥が渋々承服したに過ぎない。そして歩機の登場が事態を複雑にした。
歩機もまた高価だったからだ。
そして歩機は、当初、工兵科兵器として開発配備された。工兵は歩兵の派閥なだけに、機甲科としては看過できない事態だった。
機甲科にしてみれば、限定的ながらやっとの思いで有用性を認めさせ、戦車を集中使用する機甲師団の新設も緒についたばかりというのに、歩機という別の金食い兵器が台頭することは是が非でも避けたい事態だった。
それを許せば、今度は自分達、機甲科の予算が逼迫し、戦車の開発や配備に支障が出るかも知れないからだ。だからこそ歩機と戦車の模擬戦において何かと注文をつけ、彼らの得意な遠距離での撃ち合いを指定してきたのだった。
「歩機なとどいった背の高いでくの坊は、戦場では的になるのが落ちである。地平線から姿を表した瞬間、我が戦車部隊は、たちどころに撃ち抜いて見せる」
これはある部会での機甲科幹部の弁だが、多少の誇張はあるものの真実も多分に含んでいた。そして遠距離で対抗できないのであれば無用の長物と決めつけ、反論があれば撃ち勝って見せろと歩機開発陣営に詰め寄った。
このやり取りを、以外にも正当な歩兵閥は静観していた。
彼らにとって歩機と戦車、その双方共に金食いであることには違いなく、トーチカの制圧や鉄条網の突破に役立つのであれば、自分達にとって有益な一方さえ残せば良いと考えていた。
ただし、歩機を実験配備している部隊の大多数が歩兵閥の一員である工兵なことは、開発側にとって若干有利に働いている面もあった。つまり、歩機と戦車が戦う演習は微妙な派閥勢力の上に成り立ち、互いに少しでも有利になるように画策が行われていたのだった。
そのような複雑な背景をともなって、今日の演習がある。
ただ、性能のいい兵器を開発した。それをお披露目したというだけでは済まないという面倒くささがある。
「俺も似たような事を考えては居たのだが……」
梶山少尉は考えこんでしまった。気が付くと、付近には手の空いた者が集まっていた。
「やはり無理でしょうか?」
橋田兵長が心配そうに訊ねる。
まだ幼さの残る彼の表情を見ていると、何とかしてやりたいと思わずには居られなかった。他の仲間も期待に満ちた目を少尉に向けていた。
「いや、手はある。ただし、余り使いたくはない方法なので、ひとり胸の奥に留めて置いた。しかし、そこまで皆が言うのであれば、やって見ようと思う」
梶山少尉はそう言ってから、ちらと腕時計を見た。残された時間は僅かだった。
「後のことは俺に任せてくれ。皆は今日の実演の事だけに集中して欲しい」
梶山は踵を返して中隊本部のある天幕に向かって歩き出した。
まだ本番前と言うのに、慌ただしい一日の始まりだった。しかしその反面、手応えも感じていた。まだまだ困難は続くだろうが、今日を境に状況を変えてやろうと静かな興奮に包まれていた。




