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第39話 実演開始当日 ── 夜間の部・八式の死角 ──

 ──そろそろ仕上げに取り掛からないとな。


 河嶋兵長は、辺り一面に溶岩が露出した辺りで歩機を停止させ、機体後部の収納器から梱包爆薬を取り出した。


 この頃になると、戦車の行動に緻密さが影を潜めるようになっていた。

 幾ら打たれ強いとは言っても、こうも立て続けに命中弾を浴び、しかも自身の砲撃が尽く外れたとあっては、長距離射撃に長けている筈の戦車の沽券に関わるのだろう。その装甲を頼りに強襲してきたのだった。


 富士の裾野には風穴がある。

 風穴とは溶岩が冷え固まる際に、地中から大量のガスを吹き出した痕だ。

 小さい物なら直径数十センチ、大きい物なら直径数十メートルを超える。

 活火山として幾度となく噴火した富士の裾野には、洞窟や坑として、それが無数に存在している。


 そして歩機の周囲には機体が完全に埋没可能な風穴が幾つも存在し、河嶋兵長はその中の一つ、大きな裂け目状の風穴に目をつけた。

 その穴の縁に爆薬を設置して低木で偽装し、穴の中に機体を潜り込ませる。

 それはまるで掩体に潜り込んだ歩兵のような体制だ。


 一方の戦車は、砲塔を巡らせ、増速して近付いてくる。

 五〇トンを越える重量からくる振動が辺り一面に響きわたり、風穴の壁面が崩れ落ちると河嶋はそれだけで軽い恐怖を覚えた。


 この様に戦車の振動というものは地中を大きく伝わる。

 戦車の乗りはそれをあまり気がつかないだろうが、歩兵はそれをよく知っている。

 地中を伝わる振動から、どの方角から接近するのかさえ分かる。


 やがて歩機が潜んでいる風穴の上を八式重戦車通過しかかる。

 穴の縁からぱらぱらと砂礫や石が崩れ落ちる。

 戦車の車体が風穴にのし掛った。

 その瞬間、河嶋兵長は手にした発火器を押した。

 仕掛けた爆薬の電気雷管が同時に幾つも発火し、複数の爆薬が炸裂した。


 突然、目の前の爆発に驚いた戦車は、穴の上で緊急停止する。河嶋兵長の頭上には、戦車車体底部が蓋をするように広がっていた。


 ──いまだ!


 間髪を入れずにその底部装甲めがけて噴進砲弾を発射した。

 至近距離から発射された弾頭は鈍い音と共に炸裂し、白煙が飛び散る。


 戦車の底部、つまり底板は弱点。

 これはどんな強力な戦車でも同じ。

 この戦法ならば、歩機が携行する兵器でも確実に重装甲の戦車をも破壊できる筈だった。


 なぜなら、通常攻撃を受けることのない戦車底部は重量軽減のために装甲が薄くなっている。

 重装甲であればあるほど、底部を薄くして重量を軽くしなければならない。


 さらには発動機室には漏れた油や燃料を抜く穴、点検口などが存在して思いの他脆弱だった。

 河嶋兵長は、そこを撃った。攻撃した。


 だがそれでも撃破判定は下されない。

 河嶋兵長は機体を風穴から押し出し、戦車の真横に飛び出した。そして噴進砲を構えようとすると、戦車砲塔の乗降扉が開き、中から戦車長らしき人物が姿を表した。


 その姿を見て、河嶋は攻撃をためらった。

 少佐の階級章を付けた車長は、じっと歩機を見つめつつ身動きしない。

 そして河嶋も操縦席の中で、その姿を見つめていた。

 考えて見たら、これが初めて見る生身の対戦者だった。


 そして戦車長は表情はそのままに喉に手をやり、咽頭受話器を通じて実演本部に語り掛けた。

「本部、本部聞こえるか」


 返事を待たずに後を続けた。

「本部、我々に対する歩機の攻撃は適正かつ適格なものだ。決してまぐれや自分達の失策ではない。互いは全力を尽くし、そして勝敗は決した。これは事実だ。したがったて、これ以上の新手を送り込むのは無効と判断し、模擬戦の終了を提案する」


 しばらく後、ようやく実演本部から返事が返ってきた。

「被害認定を認む。状況終了」

 そして信号弾が打ち上げられ、青い燐光が正式に演習の終了を通達した。


 その報告を無線で聞いた河嶋兵長は、歩機天板の乗降扉から半身を乗りだして戦車長を見た。

 機甲科幹部と思われる戦車長は信号弾を見上げ、それから互いを見合った。

 最初に口を開いたのは、戦車長の方だった。


「貴官の攻撃は我々の想像を超えていた。歩機の潜在能力の高さもあるだろうが、君の操縦や戦いの勘も優れていたのだろう。今回は我々の負けだが、次回対戦する時はこうはいかんからな」


 その発言を聞きながら、河嶋は、──怒ってないのかな。と思っていた。

 そんな少年の惚けた脳裏とは裏腹に、車長は自己紹介を始めた。


「申し遅れた、自分は堂本八曽一少佐だ。昼間と夜間では操縦者が違うね。君の名を教えてはくれないか」

「河嶋浩一兵長です」

「河嶋君か。君といい、昼間の橋田君といい、戦車学校の教官は逸材を手放してばかりいるな。まったく勿体ないことだ」


 そこまで言ってから顔見知りの教官達を思い出し、「今度たずねて叱りつけてやらんといけんなあ」と、つぶいた。

 そして、「何処かで再びまみえることもあろうが、その時は宜しく頼む。君の更なる成長と歩機の発展を望んで、これで失礼する」

 そう最後を結んだ。


 河嶋兵長は、戦っている相手がただ単に自分を憎んでいるものとばかり思っていたが、それが誤解だったことを知った。

 戦い方がしつこいと感じたのも、それが戦争で生き残る術なのだということが伺えた。

 梶山少尉も堂本少佐もそうやって今日まで生き残ってきたのだと思うと、学ぶべき点は多々あった。


 気恥ずかしくなった河嶋は、挨拶もそこそこに操縦席に戻り、中隊本部へ帰ろうとした。

 だけどその瞬間、怒号がした。

 堂本少佐が戦車内に向けて兵を叱りつけ始めたのだ。


「この馬鹿者供が、あんな若造にやられて悔しくないのか。貴様ら全員、週末の休暇は取り消しだ。しごき治してやるから、覚悟しろ」

 まずそう言った。

 そして間の開いた後に、「ぐずぐず不平言うな。罰として、本部に戻り次第にこいつの整備をやれ」と、怒鳴り散らしていた。


 それを聞いた河嶋兵長は、「もの凄く怒っている。やっぱり頭にきていたんだな」と思い、居たたまれずにそそくさとその場を後にする。


 堂本少佐は去り行く試製一〇式歩機を見ながら、「やれやれ、今日の対戦で研究課題が増えた。これからは歩機の戦闘も重点に置かなければならんな。新しい車輌を受領して喜んでいるようじゃ駄目だ」と一人つぶいた。

 まさにそれこそが、富士教導団の仕事なのだった。

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