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第36話 実演開始当日 ── 夜間の部・八式重戦車改 ──

「こちら中隊本部、河嶋送れ」

 再び、受信機から梶山少尉の音声が鳴り響いた。


「こちら河嶋。何か、送れ」

「危なかったな、大丈夫か?」

「ええ、冷や汗をかきましたが、何とか避けることができました。それにしても随分と大きい砲でしたが、そちらからも見えましたか」

 そう無線で話しながらも、河嶋兵長は歩機を安全な所に退避させるべく、歩行を開始していた。


「ああ、一瞬だが、砲口炎で見えた。あれは八式重戦車だな」

 梶山少尉がそう言った。

「やはり」

 河嶋の脳裏には、特徴のある角張った砲塔形状と一角獣のような長い主砲を思い描いていた。


「しかも改だ。主砲を九〇ミリから一〇五ミリ九式戦車砲に変えた最新型だ」

 さらにそう報告を受けた。

 そして、それを聞いて納得がいった。

 八式重戦車は総重量五〇トンを越え、最大装甲厚も一五〇ミリにも達していた。

それは戦車開発で先進国の後塵を配していた日本が、設計において一気にトップレベルにまで踊り出ようとした野心作だった。


 日本陸軍の主戦線は大陸だった。

 そして中華民国を代表する軍閥、蒋介石率いる国府軍は戦車を使用してこなかった。日中戦争初期、国府軍には軽戦車と装甲車が僅かにあっただけで、たちまちにしてその全てを失っていた。そしてしばらく戦車はなかった。


 だがドイツと蒋介石が盟を結んだ後は、国府軍にドイツ製の戦車が供与され、ここ近年は欧州の大戦で培われた重戦車も現れるようになった。

 さらに、大陸北部で対峙する極東ソ連軍にも重戦車が多数配備されていることが密偵の探索により確認されている。特に戦車大国を自認するソ連製戦車を配備する戦車軍団は、何者をも蹂躪するスチームローラーと例えられるほどの恐ろしい存在だった。


 これらに対抗する為に開発されたのが八式重戦車だった。

 日本がその主権を守るべく配備された鋼鉄の守り神がそれだ。試製一〇式歩機は、この存在に勝たねばならない。


「距離は八〇〇メートルを越えていましたが、砲弾は一瞬で飛来してきましたよ。砲戦に限れば、やっぱり戦車って凄いですね」

 河嶋兵長の言葉には、どこか新型兵器に対する憧れと興奮が見え隠れしていた。やはり戦車学校少年生徒出だけのことはある。


「まあ、それに特化した兵器だからな。歩機のような汎用性を目指すのとは対局の存在だ」梶山少尉はそこで一旦言葉を切り、声の調子を落とし、こう続けた。「なあ河嶋よ、あれをどうやって倒すつもりなんだ」


「どういうことですか」

 梶山少尉の問いかけの意味が分からなかった。

 確かに高速長射程の戦車砲は危険な相手には違いないが、戦い方に大きな違いがあるとは思えなかったからだ。だが、梶山少尉は以外なことを言った。


「お前は待避に忙しくて確認する間もなかったろうが、奴は増加装甲を付けているぞ。噴進砲弾のような穿孔破壊では倒せん相手だ」

「あっ」

 河嶋兵長はことの重大さを認識した。


 一般的な対戦車砲が砲弾重量と速度で貫通破壊を目的とする。

 固くて重い鉄の塊を高速で衝突させて破壊する。

 そういった力業の武器が、戦車砲や対戦車砲といった火砲だ。


 それに対し、噴進砲弾や対装甲擲弾は、目標と衝突した瞬間に火薬の燃焼ガスを前面の一点に集中し、高温高圧の錐状にして装甲を穿つ。

 もう少し具体的に言えば、火薬の燃焼で装甲を瞬時に融かしながら浸食し、孔を開ける。

 この仕組みをもつ弾を総称して成形炸薬弾といい、日本では破甲榴弾とかタ弾と呼んだ。


 この成形炸薬弾は増加装甲に弱い。

 成形炸薬弾が増加装甲に衝突した瞬間、燃焼ガスはその増加装甲を突き抜けることはできる。だが、本体装甲の間にある隙間を通過する際に燃焼ガスが拡散してしまう。

 そして、その拡散したガスでは戦車本体の装甲を貫通するような威力は残らない。


 つまり、試製一〇式歩機が携行している噴進砲や対戦車擲弾などの兵器では、増加装甲をつけた八式重戦車は倒せないことを意味していた。


「増加装甲は車体全部を覆っているから、死角なしだ。この状態で戦車の前に飛び出したら、たちまち主砲の餌食になる」

 河嶋兵長はうなった。これでは処置なしだった。


「少尉ならどうします?」

 すがるようにしてたずねた。


 だけど梶山少尉の返答はこんな調子だ。

「勝てない相手とは戦わないのが一番だ」


 だから河嶋は反発する。

「そんなの無理ですって。対抗戦を放棄したら、今までの苦労が水の泡じゃないですか。それで良いんですか?」


「それはまずい」

 梶山の返答はどこか緊張感がない。


 河嶋兵長は、ここにきて不真面目な少尉に腹が立つ。いくら難しい局面だからと言って、さじを投げては困る。

「だったら、重戦車の倒し方をちゃんと教えて下さいよ」

 だから彼はそう言葉を強くした。


 それでも梶山少尉は、どこか気の抜けた、本気とも思えない発言をした。

「重戦車の倒し方か。そうだな、まず航空隊に地上攻撃の要請をする。それか味方の重戦車を連れてくる。一概には言えんが、この二つが一番効率が良い」


 などとこの瞬間に役に立たないことを述べる。

 これまで親身になって指示を与えてくれた少尉が、投げやりな言葉しか吐かないことに河嶋はいらだちを募らせた。


「その二つ共ここには在りませんし、要請も出来ません。違う方法を教えて下さい」

「別の方法か。だったら、あれを倒せる速射砲を持ってきて、陽動により戦車が他に気を取られている隙に近寄る、またはおびき寄せて撃つ。これら以外に、まともに重戦車と戦う方法はない」


 ふざけて良いときと、悪いときがある。今はどう考えてもそんなときではない。

 河嶋兵長は隊の上司と言うことも忘れて、怒りを露わにした。


「いい加減にしてくれませんか。自分はいま倒せる方法を聞いてるんです。無い物を用意しろだなんて、ふざけている場合じゃないのが分からないのですか」


「ふざけてねえよ」

 梶山少尉の口調が、突然低く重々しいものになった。

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