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第35話 実演開始当日 ── 夜間の部・新たな敵 ──

 ──あぶり出すか。


 戦車が待ち受けている辺りに発煙筒を一発撃ち込み、まずは付近を白煙でおおう。

 頃合いを見て、次に梱包爆薬を投射する。

 爆薬は弧を描き、ほぼ垂直に近い角度で落下して、地表で爆発した。


 そしてそれは、発煙により視界を奪われた戦車兵に対して精神的な揺さぶりを与えた。

 それを目的としている。

 幾発かの爆発が車体近くで炸裂し、いまにも戦車天頂部か履帯に損傷を与えるかも知れない。それが演習用と分かっても、戦車の乗員にはしゃくに障る。


 いらだちを隠し切れなくなった戦車は活動を再開した。

 そして、ときおり停車しては主砲を発射した。

 それは命中を期しての攻撃などでは無く、歩機に対して存在を誇示し、追跡を促す砲撃に他ならなかった。


 ──やっと動き出した。

 河嶋兵長は安堵した。

 そして追跡を開始する。


 相手の策にしたがって新手を引きずり出すのが梶山少尉の指示だった。

 河嶋兵長はそれをしている。

 信頼されているとも思えるが、反面、無茶な指示でもあった。だが、河嶋はやりがいを感じ、どんな敵が現れるか楽しみでさえあった。


 やがて大きな変化も無いままに一式中戦車は隘路を抜け出し、見晴らしの良い草原に飛び出す。

 試製一〇式歩機も草原に進出して追跡を続けた。


 どの位たっただろうか。

 それまで順調に走行していた戦車が、車体下面を岩の上に乗り上げさせてしまい、突如停止させた。


 夜間に高速で移動したのが徒となった形だ。

 戦車は左右の履帯を交互に動かし、車体を揺するようにしてにじり出ようともがき始めたが、この隙を河嶋兵長は見逃さなかった。


 一式中戦車が砲塔を巡らせて警戒する。

 だが河嶋兵長はその死角を巧みに移動して戦車右後方の射点に歩機を置く。

 そして噴進砲を構える。

 照準完了と同時に、ためらうことなく砲弾を発射させた。


 至近距離から発射された砲弾はたちまちのうちに車体に命中し、そこに放射状の白い印を付けた。

 撃破の余韻に浸ることなく、河嶋は周囲を警戒するべく歩機の上体を起す。


 その瞬間である。

 遙か彼方の台上が光った。

 まるで周囲を照らすかのような、落雷にも似たまぶしい光。


 その正体は戦車砲の砲火炎だった。

 それは河嶋の今まで見たどの戦車砲の火炎よりも大きい。

 わずかの間、照らし出された発射した戦車自体の車体も大きく角張っていた。


 ──!


 河嶋兵長はとっさに電算機と機体の接続を切る。

 それは日々の訓練で培われた無意識な動作。

 そして平衡を崩す。

 歩機を倒し、姿勢低くする。


 直後、試製一〇式の左肩に取り付けられていた投光器に戦車砲弾が命中し、金具ごと四散した。

 一式戦車砲とは比べ物にならない、高速大口径の砲弾だった。

 もう少し反応が遅ければ、確実に機体に命中して致命的な一弾となっていたに違いない。



「なんだあの動きは。さっきも見せたが、あれはまぐれではなかったのか」

 本部の機甲科幹部がそう怒鳴った。

 その言葉には、必中と見た砲弾がすんでの所で交わされた悔しさと驚きが込められていた。


 これこそが河嶋兵長の編み出した歩機の操縦法だった。

 しかしそれは危険な操縦方法で、一般的に戦闘中に行うのは自殺行為である。

 なぜなら試製一〇式歩機は、電算機の補助命令がなければ自走することすら困難な乗り物だからだ。その接続を切る緊急回避方法だった。


 通常の場合、電算機の接続を切って機体を制御する自立機構の命令を遮断すると、即座に倒れてしまう。だが河嶋兵長は、その仕組みを逆に利用して素早く回避する操縦方法を思いついた。


 歩機の行動を掌る電算機は、どんな姿勢でも平衡を保とうとする。

 そのように作られている。

 だがその為に、回避行動の最中でも抵抗となる場合が往々にしてあった。


 つまり倒れたいときに、電算機は倒れまいとして勝手に起き上がろうと命令し、強制的に機体を制御するのだ。

 急な操作による転倒を防ぐ安全機構なのだが、これを河嶋は嫌った。


 そして数々の試行錯誤の末、緊急時に電算機の接続を切り、回避行動を迅速に行える方法を編み出した。

 だが言うは易しの例え通り、ただ接続を切っても早く回避出来る訳ではなかった。

 単に接続を切っただけでは、どこに倒れるか分からないからだ。


 そこで更に一計を講じ、最初に倒れたい方向とは反対の動きを行い、機体が強制的に平衡を保とうとした瞬間に接続を切る。その反動を利用する方法を思い付いた。


 例えば、前に倒れたいと思った場合、一旦後ろに倒れる操作を行う。

 すると電算機が平衡に戻そうと機体を前に起こす。

 その動作の最中で接続を切る。

 そうすると、後は反動と操縦桿の操作で通常よりも素早く前に倒れることができた。


 この操縦方は、歩機の弱点を巧みに利用した画期的な戦闘操作ではあるが、誰にでも真似できるものではなかった。

 倒れたいのとは反対の方向に操縦桿を倒すのは、思ったよりも熟練を要したからだ。

 今の所これを完璧にこなせるのは、中隊はおろか、歩機操縦に携わる者達の中で河嶋兵長ただ一人だけだった。


 とは言っても、この操縦方法に欠点がない訳でもない。

 倒れることを利用した操縦法な為、不安定な姿勢でないと効果が薄れることだった。


 つまり寝撃ちや膝う撃ちのような安定した射撃動作の最中では、あまり素早い回避は期待できない。それであるが為に、河嶋は射撃姿勢は立射を好み、素早く回避する為に伏せずに機体を暴露する方を好んだ。


 だが、すんでの所で砲弾を回避したとは言え、かなり危なかったことは確かだ。

 河嶋兵長が試製一〇式歩機を直ちに下げて避難すると、その直後に砲弾が飛来して土砂を巻き上げた。

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