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第34話 実演開始当日 ── 夜間の部・指示 ──

 そう言って、田実大尉は腕時計を見た。

「頃合だな」

「もう戻られるので」

「ああ、連隊の課長供は俺の監視役でな、少しでも仕事らしいことをすると即座に宮田の一派に報告する手筈になっているようだ。だからさっさと戻って、またくだらない馬鹿話に華を咲かせなければならん」


 梶山少尉は絶句した。

 今日のこれまでの出来事で中隊長の立場なりを垣間見たが、改めて聞くと問題の根深さを感じずには居られなかった。


 中隊長は、いままでたった独りで、ひっそりと誰からも理解されずに闘っていた。

 愚痴を言い合う仲間も、心情を吐露する相手も無く、自分を殺してただ黙々と無能を演じつつ部下を見守り続けていた。

 そのことを想うと梶山少尉の胸の奥に苦い物が押し込まれたような感情と、田実大尉の懐の深さを感じずには居られなかった。


「こう見えても無能な中隊長ってのも結構忙しいんだぜ」

 そう言って、大尉が笑みを浮かべる。

 だがそれは今までに見た虚無を絞り出したような空疎な笑みではなく、戦友に見せる信頼の笑みに見えた。


「そろそろ俺は戻る。言うまでもないだろうが、河嶋には無線で注意を促してやれ。上手く行きそうなら報告はいらんが、何かあったらけんか腰で意見具申に来い。そうすれば、こうして表に出る口実になる。お前の演技力に期待しているからな」

 そういって笑った。

 そして、「じゃあな」と、梶山少尉の肩を叩いて行ってしまった。


 梶山は何も言えなかった。

 かわりに、立ち去る男の背中に深々と頭を下げた。

 そして姿が見えなくなると同時に、彼もまた行動を急いだ。


 実演本部の置かれている待避壕に戻ると、持田技官が難しい顔をして佇んでいた。

「今どうなっている」

 梶山が尋ねると、それまで考え込んでいた持田技官が顔を上げた。


「現在は西の森の隘路で停滞している。戦車も曲がり角で待ち伏せしつつ後退しているから、余り先には進んでない。河嶋の方も、なかなか有効弾を撃ち込めないでいるといった状況だ」

 彼は腕を組み、あごをつまみながらそう述べた。


「ちょっと無線機を使う」

 梶山は無線機の受聴機を頭に被る。

「こちら本部梶山少尉。河嶋送れ」

 これを二度繰り返した。


「こちら河嶋兵長。本部送れ」

 ややあってから届いた河嶋からの声は、少し焦燥しているように聞こえた。


「どうだ具合は」

「どうもこうも無いですよ。一式は逃げ回るばかりで、有効弾を撃ち込めません。もっと踏み込もうとしても、あっちの方が足が速い。奴ら戦う気あるのでしょかね?」

 苛立ちが無線機を通じて伝わってくる。


 梶山少尉はそこで少し息を吸い、一拍おいてから、次のことを言った。

「そのことだが、その先の何処かに新手が控えていると予想される。このまま進むと拙いことになりそうだ」

「新手ですか。まさか、これは対抗戦ですよ。小隊以上の戦力を投入してそれで勝利しても、判定的には敗北同然ではありませんか」


 呆れたと言わんばかりの言葉だが、少年にそんなことを言われるようなことを宮田中佐は画策していた。


「ところが、そう思わない連中が居るんだな」

「誰がですか?」

「歩機の能力向上を快く思わない奴さ」

「なんですか、それ」


 河嶋兵長が思わず吐き捨てるように漏らした言葉を、梶山少尉は苦笑して聞いた。

 彼は大して気にならないが、こう言った、感情をそのまま語る態度を大人は嫌がる。それを学ばなければならない。何時かは言い聞かせて教えなければなと、梶山は思った。


 だが一方で、河嶋兵長には歩機を気に食わない人物が、軍内のそれも高官に存在するらしいことを薄々知っていた。

 まことしやかなうわさとして中隊でささやかれているからだ。

 ただ、彼ら学校上がりの少年兵に対して、実際に目に見える形で妨害なりを行うことはこれまでに無かった。


「もしそうだとして、どうやって戦います」

 河嶋はそのうよに聞く。

 それに対する梶山少尉の答え。

「相手の思い通りに動け」

「はい?」


 河嶋兵長は自分が聞き間違えたと思った。新手が居ると注意を受けたのに、その相手の策略に乗れと言われたからだ。

「思う壷にはまれと言う訳ですか」

 そう聞き返すと、梶山少尉から力強い返事が帰ってきた。


「そうだ。相手から何もかも出し尽くさせて、その上で勝つ以外に相手を黙らせる方法は無い」

「つまり、あれですか、横綱相撲ってやつ」

「そう言うことだ。相手の全力を受け止め、それ以上の力でねじ伏せろ。もう、我々が格下ではないことを教えてやれ。出来るか」


 こういった状況下で、出来るかと言われて無理と答えられるものではい。

 ましてや、腕自慢の少年兵ならなおさらのことだ。

 もちろん、梶山少尉はそれを見越して焚き付けてはいた。


「相変わらず乗せ方が上手いですね。分かりました、やって見ます」

「頼んだぞ、以上だ」


 梶山は通信を切った。

 これまでの戦いを見て、軍最新の軽戦車を二輌立て続けに撃破するなど、実質的には歩機の判定勝ちは揺るがない所だった。


 だが、まだ判定は下されていない。

 どちらかの残存兵力が無くなるまで、この戦いは続くだろう。

 もちろん、実験中隊は試製一〇式たった一機を失えばそれで終わりだった。そのことを考えると、随分と分の悪い話だと思わずには居られなかった。


 そして河嶋兵長はと言うと、どう戦うか考えあぐねていた。

 何しろ一式中戦車は防御に最適な地形に居座り、そこから一歩も動こうとはしなかったからだ。

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