第33話 実演開始当日 ── 夜間の部・相談 ──
そして横目で判定官長である宮田中佐を盗み見る。
暗視装置を覗き込む中佐の表情が、さも愉しそうに口の端を歪めるのを見逃さなかった。そして機甲科の人員の誰一人として追い詰められている様子はなく、それよりも期待に充ちた雰囲気があった。
──宮田が笑っている。
疑念は確信へと変わった。
奴等が何かを狙っていることだけは間違い。
田実大尉は少し考えた後に、一人の男を睨みつけながら怒鳴った。
「おい、梶山少尉。貴様まだ分からんのかっ」
呼ばれた当人は、突然の出来事に表情を固まらせたまま、何事かと頭の中が白くなった。
「あれほど言ったのに、貴様って奴はどうしてそうなんだ」
応答もせずに佇んでいると、なおも怒号を浴びた。
大尉の素性を知った梶山少尉には、その怒りが本心でないことを既に理解している。だからこその不可解だった。
「おい、中助|《中隊長の隠語》の方から叱るなんて珍しいな。お前、よっぽど酷いこと仕出かしたんか?」
そう仲間が小声で話し掛けるてくるのを上の空で聞きながら、梶山少尉はこれが中隊長の演技で、何か伝えたいことがあるのではという気がしてきた。
ならば自分もまた演技に乗ってみるまでだった。
「お言葉ですが、自分は間近って居るとは思いません。ここでは何ですから、表で話し合いませんか」
「それも良かろう。今日という今日は、貴様に解らせてやる」
二人は連れ立って実演本部のある壕を抜け出し、人気の絶えた所で向き合った。
「お前、何か気付いているか」
辺りに誰も居ないことを確認した後、最初に口を開いたのは田実大尉だった。
「何がですか」
「奴が、宮田が笑っている」
「いえ、気が付きませんでしたが」
宮田中佐の本性を知ったとはいえ、対抗戦が開始してからはその戦いばかりに注目していた。よもや、衆人監視の中で、何かことを起こすとは思えなかったからだ。だが、中佐を知る田実大尉は、耐えず監視を怠らずに妨害の徴候を探っていたのだった。
「一見、歩機が戦車を追いかけているように見えるが、宮田の野郎、それを見て薄ら笑いを浮かべやがった。そして機甲科の連中も、何かを待ち構えているといった感じがするんだがな」
梶山少尉は先程までの本部内を思い出す。
中佐のことは知らないが、確かにいつもの機甲科の連中とはどこか違っていたように感じられる。
普段なら、もし戦車が一輌でも倒されでもしたら怒り続けていることの方が多い。
だが今日は、最初は机を叩くなり怒気荒くしては居たが、やがては落ち着きを取り戻し、妙に静かになっていた。
悔しいが落ち着いている。
そんな感じに見て取れた。
「確かにおかしい気がしますが、なにぶんにも河嶋の活躍に興奮していたものですから、実のところ良く分かりません」
「そうか」そう言って田実大尉はもう一度辺りを見回し、神経質そうに声を潜めた。
「宮田と機甲科幹部の一部は結託していると見て間違いない。そして、河嶋は追い詰めているのではなく、実際は引きずられているんじゃないのか。このままでは、行き先には新手が待ち受けているだろう。もちろん確証はないが」
それを聞いた梶山少尉は、信じられないという顔をして見せた。
「歩機一機に対し一個小隊四輌を投入して、それでまだ足りないのか連中は」
幾ら自分達の兵科が大事とは言え、どんな手段を用いても歩機の台頭を阻止しようとする機甲科幹部に、梶山は呆れ果てる思いがした。
「多分、最初から罠にかけるつもりはなかったと思う。なにしろ、たちまちの内に三輌も倒されるとは夢にも思ってなかったろうからな。しかし、万が一に備えて、準備だけはしていた可能性はある」
「だが思惑が外れたいま、形振り構わず新手を投入することにした訳か」
梶山少尉には、何となく現状起きつつある背景が見えてくるような気がした。
もちろん確証はなく、全て状況証拠ばかりだが、それを否定する要素は何もなかった。
「だろうな。奴等にとっても意外だったんじゃないかな。だから、待機していた車輌と上手く連携が出来ず、なんとか引きずり込もうと画策しているのだろう」
「このようなことは、すべて機甲科の発案でしょうか。一個小隊以上を投入して勝ったとしても、反対に試製一〇式の優秀さを証明することにも成りかねませんが」
少尉の疑問は当然だった。
歩機一機に過ぎる戦力でたとえ勝ったとしても、それは歩機を恐れた証明でしかなく、事実上の負けには変わりない。
「宮田の要請だろうな。どんなことをしても歩機に勝てば、それをてこに何とでも言いがかりを付けるつもりなんだろう」
「やはり……」
「だがまあ、我々も圧倒的に不利と言う訳でもない。電算機破壊の妨害に耐え、かえって性能が上がったとも言える。河嶋のことだから、あれを上手く乗りこなすだろう。何を持ってこようが一筋縄ではいかんさ」
田実大尉がそう語るのを、梶山少尉は不思議な面もちで見つめ、自分がこの男を今朝まで激しく忌み嫌っていたのを思い出していた。
「どうした。俺の顔に何か付いているのか?」
そのように田実大尉が問う。
「いえ、別に何も」
うろたえ気味に梶山少尉が返す。
「そうか」
「あの……中隊長」
「なんだ」
「自分は、いままで中隊長のことを誤解して居りました」
田実はなんだ今更と言った風情で、少しはにかんで見せた。
「そのことならもういい。事情を知らなかったのだから無理も無いし、俺を嫌うのも当然ことさ」
「しかし……」
「それにだ、俺の演技力もまんざら捨てたもんじゃないってことだ。さらに、実態を知られたのがお前で良かった。これでいい」




