第31話 実演開始当日 ── 夜間の部・九式軽戦車あらわる ──
この無線機は受信周波数帯ごとに切り替える構造になっており、回線の同期を取りやすくなっていた。そして事前に相手周波数が分かっている場合には、打鍵を押すことにより簡単に相手回線と同期が取れる作りになっている。
ただそれには、最初に手動操作で周波数を探り出し、機械的に記憶させなければならない。
河嶋兵長は意を決して無線機に手を伸ばし、戦車隊が使用している周波数を探った。
同じ短波帯なので真空管を切り替える必要は無かった。
そして超短波(VHF)のように地形で電波が遮られることは無く、周囲を囲まれた状態でも受信できた。
やがて、大した労なくして周波数を探り当て、戦車隊の無線傍受に成功する。
だが、通信内容を聞いて失望した。
戦車隊の会話に、彼が欲しがるような内容は含まれてなかったからだ。
彼らの通信内容は状態報告が多く、作戦指示や位置を露呈させるような内容ではなかった。傍受されることを前程とした通信内容だった。ただ一つ分かったことは、彼らもまた戸惑っていることだ。
対抗部隊は、わざわざ中戦車を囮にして、しかも一輌を犠牲にしてまで歩機を罠にかけたのに、狙いすました射撃をかわされたことに困惑していた。彼らもまた、手の内を読まれた今、態勢の組み直しを余儀なくされていた。
河嶋兵長はそのことに自信を持った。
戦力的劣勢である自分の戦い方が、歴戦の戦車兵と対等にやりあっている。
その事実から勇気をもらった思いがした。
河嶋は待ち伏せを止め、反撃に出ることにする。
目標は軽戦車。
それが一番厄介な敵だからだ。
一番剣呑な敵を先に倒し、中戦車は後回しにすることに決めた。
試製一〇式を一旦後ろに下げ、付近を見回して戦車の潜んでいる涸れ川の位置を確認。そして溝に沿って低木が自生していることを発見した。あれを利用すれば敵に近付ける。
そう判断した。
歩機は潜んでいた窪地を抜け出し、対抗部隊に発見されることなく川沿いの低木に身を飛び込ませた。そして噴進砲を構え、溝を覗き込むようにして探索を始めた。
そのときの河嶋兵長は、獲物を追い詰める猟師の気持ちだった。
敵が姿を表した瞬間、躊躇なく発射することだけを意識する。
どれほど進んだだろうか。
三〇〇メートル前後を移動し、大きく張り出した藪を越えた瞬間、目の前に現れた戦車に驚愕した。
「九式軽か!」
そこに居たのは陸軍最新式の九式軽戦車だった。
搭載されている八式四七ミリ戦車砲は、弾の径は一式中戦車と同じだが、砲自体は七〇口径と長く、初速もずっと速かった。
そして装填補助機構を搭載し、最大で一分間に二十発もの発射速度を誇った。
もっとも、車内に搭載される弾数は二六発が規定なので、その速度で射撃することは考えられず、また連続射撃は砲が過熱して命中率が著しく低下してしまう。
とは言え、先ほど河嶋が味わった様に、短時間に集中して撃ち込まれると厄介極まりない相手だった。
河嶋兵長は九式軽戦車を視認するや、とっさに電算機と機体の接続を切る。
機体は電算機から伝達される自立機構からの指令が途絶えて大きく姿勢を崩し、そのまま投げ出されるように右に倒れた。
試製一〇式が倒れるのとほぼ同時に戦車砲が火を吹き、砲弾が虚空に向けて飛び去る。
歩機が倒れ切る寸前、河嶋は電算機と機体を接続して自立機構を回復し、歩機の右足を大きく踏み出して横倒しになるのを防ぐ。
そしてその勢いのまま、戦車の懐に飛び込む。
慌てた軽戦車が砲塔を巡らせて次弾を撃ち込もうとするのを、歩機の動力腕が砲身をつかんで押えた。
鋼鉄同士がこすれ、きしむ音がした。
歩機、戦車、その両者共、渾身の力で相手を力でねじ伏せようとする音だ。
だが、砲身を捕まれて砲塔の回転を制限された戦車の勝ち目は薄い。
試製一〇式歩機が右動力腕で噴進砲を構え直そうとした瞬間、軽戦車が超信地旋回を行う。
砲塔の向きをそのままにして車体だけを回転させる動きだ。
それはまとわり着いている歩機を振り払おうとした動き。
さらに前進して蹂躙しようとするのを、河嶋兵長は機体全体で押し止め、戦車の砲身を左動力腕で完全に抱え込んでしまった。
「まだ暴れるかこいつ」
河嶋は操縦席で叫んだ。
機体発動機の騒音に負けないその声。
いまや彼は、機体を操縦していると言うよりも、歩機と一体になって格闘している気持ちになっていた。
万事窮した戦車は、後退して歩機を引き離し、去りざまに砲弾を撃ち込もうと画策する。
というか、こうまで組み敷かれているとそれ以外に方法はない。
だが、それを予見していた河嶋兵長は、試製一〇式を絡めるようにしてしっかりと戦車を押さえ込み、右動力腕の噴進砲を構えて車体後部に狙いを定め、間髪を容れずに引き金を引いた。
外れることの無い距離だった。
砲弾は発動機室天板に衝突し、鈍い音を立てて炸裂した。




