第30話 実演開始当日 ── 夜間の部・意外な敵 ──
前方を進む戦車は、突然の攻撃に戸惑っていた。
戦車も歩機のように視界が悪い。
ましてや後方で起きたことなど、瞬時に知ろう筈がなかった。周囲を監視する戦車長が居ても、それは同じだった。
とは言え、実戦経験もある戦車乗りは、確認の為に停車するような愚を犯さない。
砲塔を砲弾の飛来したと思われる方向に回し、増速してその場を離れようとした。
河嶋はその瞬間を逃さず、直ちに次弾を発射すべく狙いを定めた。
良い兆候だと河嶋はほくそ笑んだ。
照準器の中で、戦車が戸惑っている様子が読取れるようだった。
──これを倒せば残りは二輌。
それは確実と思った。
彼は敵戦力を一個小隊四両と想定している。
だからここで二両を撃破したら、たちまちにして敵戦力を半減に出来るのだ。勝ちを過信してもおかしくなかった。
だが、目の前の出来事があまりにも上手く行き過ぎた為か、周囲の確認を怠ったのは河嶋兵長も同じだった。
いま正に七式一六〇ミリ噴進砲を発射しようとした瞬間、彼は首筋に殺気を感じた。撃ち抜かれるような視線とも言うべき何かが、試製一〇式と自分を貫いた。
彼は、そのまま射撃するべきか、それとも回避行動をとるか躊躇した。その答えがまとまる前に体が反応した。
河嶋兵長はそれまでの射撃姿勢を崩し、とっさに機体を沈める。
その直後、後方から飛来した曳光弾が、頭上を光の尾を曳いて飛び去った。
戦車砲弾だった。
いつの間にか、別の戦車が後方に回り込んでいた。
──囲まれている。他に音はしなかったのに、なぜだ?
そう自問しながら、彼は姿勢を低く保ったまま機体を倒し、急いでその場を離れた。
直後に次弾が撃ちこまれ、それまで歩機が居た場所に土と白煙を巻き上げた。
さらに驚くことに、砲弾は二発、つまり二輌から射撃を受けていた。
──回り込もうとしたのは二輌だけでは無かったのか、他の車輌もか。
河嶋兵長は自分の読みが外れたことに戸惑いを隠せなかった。
二輌だけが回り込んだと思っていたが、実際は他の二輌も裏をかくように回り込んでいたからだ。
逃げる試製一〇式歩機に対して、さらなる砲弾が追いかけるようにして撃ち込まる。だが、それらは先程に比べて正確さを欠いていた。それは射撃している戦車兵にも分かっていることだった。多分、追い込むことを目的とした射撃なのだろう。
河嶋兵長は逃げながらも砲弾の飛来方向を見る。
暗く何も見えないが、時折、戦車砲の射撃炎が付近を照らし出し、車輌の位置を露呈させていた。やはり二輌から射撃を受けていた。
歩機は地形に隠れながら距離を開け、ようやく敵の射撃から退避することが出来た。
──やたらと発射間隔が短かったし、砲弾も大型ではなさそうだ。いったい敵は何なんだ。
落ち着いてくると、今までのことを反芻する余裕が出来ていた。
最初の一式中戦車は、待ち伏せの視界内にまで進入してきた。ここまでは読み通りだった。
しかし別の二輌は、大きく迂回して背後から肉薄していた。
しかも気が付かれずにである。
これが解せなかった。
大きく迂回するとなると、音を立てずに短時間で先程の射撃位置まで到達することは不可能だった。速度を上げれば、どんな戦車でも激しい騒音を発するからだ。
音を完全に殺しながら接近し、その存在を完全に隠匿できる戦車。それはあの撃ち込まれた砲弾に鍵が隠されていた。
──たぶん軽戦車だ。奴ら、橋田が昼間にやって見せたように、溝の底を伝って来たに違いない。
そう判断した。
確かに、涸れ川の底には注意を払わなかった。
とても中戦車以上が通過できるような幅ではなかったし、そんな所を通るとは夢にも思わなかったからだ。だから何も対応してこなかったし、無視していた。
しかし、そこを伝って戦車は来た。
走行の騒音も、溝の壁に遮られて遠くには届かなかったに違いない。
また、軽戦車の発する音が小さいのも有利に働いたのだろう。いや、それを見越して騒音の激しい一式中戦車を目立つように進出させ、騒音が小さく小回りの効く軽戦車を使って、川底から背後に接近させたに違いなかった。
河嶋は対抗する戦車隊の狡猾さに、今まで自分が甘く見ていたことを後悔した。とてもではないが、一筋縄で行くような敵ではない。
では、改めてどうするか?
先ほどまで想定していた状況が変わってしまったいま、優先順位を再確認すべきだった。何をすべきか、何から倒すか、それを考えることが重要だった。
河嶋兵長は自問する。
その間も警戒を怠らず、周囲に気を配って独り考えた。
ふと無線機が目にとまる。
無線機をじっと見つめ、先ほど技官から受けた説明を思い出していた。




