第3話 実演開始当日 ── 操縦者 橋田兵長 ──
機体は整備と暖気運転をすでに完了し、あとは演習開始時間が訪れるのを待つだけになっていた。
「橋田兵長は居るか?」
梶山少尉は機体に向かって大股で近付きながら、操縦者の名を呼んだ。返事がすぐに帰ってきた。ごく近くに彼は居た。
「準備は……」とまで言いかけて止めた。
橋田兵長はつなぎと長靴に身を包み、防護帽と革手袋を手にして待機していたからだ。他の整備要員や技官の面々も、皆、自分の作業を終えていた。なんのことはない。雑事に追われて余裕をなくしていたのは少尉自身だった。
「いや参ったよ。この忙しい日に、余計な仕事を増やさないで欲しいよ」
ぼやく梶山少尉を、中隊の面々は笑みで迎えた。
「来客が新しい機器を持ってきたそうですね」
操縦者である橋田兵長は千葉戦車学校少年学生出身でまだ十代半ばでしかなく、声色に張りがあり、口調に屈託がなかった。
「そう言えば持ってきたとは聞いたが、まだ実物を見てなかったな」
梶山はうかつだったと悔やんだが、取りに行こうとはしなかった。
機体の整備は完了していることだし、実演直前の今、新しいことをして混乱することだけは避けたかった。それよりも大事なことは多々あった。実演項目には模擬戦も含まれてはいたが、その戦術についての確認も早朝行う筈だったのに果たせてなかったからだ。
「歩機の踏坂や超濠の基本能力に問題ない。それはさんざん試験したからな。防衛施設の攻撃と制圧も、多少時間がかかるかも知れないが地形を利用すれば何とかなる。問題は戦車対抗戦での夜間戦闘能力証明だ。こればっかりは、昨晩いくら考えても良案は浮かばなかった。これが上手く行けば、幹部の心証も良くなるんだが……」
そう言って梶山少尉は、制帽を取ってゆっくりと頭を撫でた。短く切りそろえた頭髪の間を富士特有の空っ風が通り抜け、徹夜明けの淀んだ頭に心地よい刺激となった。
「その事なんだが」
それまで黙って話しを聞いていた隊付きの持田技官が、待ちかまえていた様子で口火を切った。彼は歩機開発に携わる技術者達の事実上の頭だった。
「夜間演習で戦車と対決する際に、遠距離射撃をすっぱり諦めちまうのはどうだろうか。どうせ初弾は当たらないのだから、撃つだけ無駄だと思う」
頭を撫でていた少尉の手が止まった。
「遠距離射撃を止める?」
「ああ、そうだ」
きっぱりと言い切る持田技官を前に、少尉は溜め息をついた。
良案を期待したら、寄りによって射撃を止めろと言い切った。
これが門外観の言うことなら一笑に付すところだが、信頼している技官からそんな意見を聞くとは思わなかった。やはり、技術者は戦屋とは違うなと感じた。
「あのなあ、そんなこと許される筈ないだろ。遠距離射撃で命中しませんと言った瞬間に、試製一〇式は破棄決定だ。相模原に持って帰って朽ちるのを待つだけにしたい訳じゃないだろう。なんの為に今日まで……」
そこまで語ると、操縦者の橋田兵長が口を挟んだ。
「そうじゃないんです。今までの戦車との模擬戦は、どちらかというと射激戦に始終していましたが、今晩ばかりは判定官に通達せず、何らかの方法で接近戦に持ち込もうという訳なんです」
我が意を得た持田技官が、おっ被せるように後を続けた。
「そうなんだ。誰もが夜戦での遠距射撃が当たり前のように思っているが、それが苦手だなんて一切いわず、なし崩しに接近戦に持ち込んでしまえば戦車に対して勝機はある。第一、遠距離での射撃戦を望んでいるのは戦車乗りの連中だろう。奴等に合わせてこちらが不利になることは避けたいと思うのだがなあ」
梶山少尉は制帽を持ったまま腕を組んで考え込んでしまった。
実は彼も、歩機に夜間の遠距離戦は向かないのではないかと言う気は当初からしていた。だが、軍内にはびこる派閥の為に、それを試す場も発言も封じられている現状がある。
派閥、それは軍内において、人事、予算配分に限らず、作戦や兵器開発、国策といった様々な事柄に影響していた。もちろん、今回の実演も無関係ではない。
まず、軍内最大の勢力は歩兵閥だった。
歴史と伝統、日清日露戦争以来のきらびやかな戦績に彩られ、そして圧倒的な数を誇っている。その為に多数の幹部や要職者を輩出し、陸軍内で絶大な権限を有していた。
それに対する機甲科、つまり戦車部隊は、歴史も浅く有力な人員は存在するものの絶対数が少なかった。だが大陸の戦闘でその実力を示し、ここ近年は発言力を増していた。そのことを歩兵閥は苦々しく感じ始めていた。
なぜなら、戦車が高額であり、戦車部隊を新設することは直接歩兵の予算を圧迫することに他ならないからだ。
時代により一概には言えないが、現在では戦車一個中隊を新設することは歩兵一個連隊の新設と同額かそれ以上の予算を必要とした。これは戦闘機の一個飛行戦隊よりも高額なことを意味し、同じ高額なら戦闘機の方が軍事作戦に対する働きは大きく、かつ汎用的だった。
費用対効果が高いのだ。
それに比べて戦車は劣っていると言わざるを得ない。しかも戦車が真価を発揮するには、歩兵の助けを必要とした。単独では限定的な働きしかできないからだ。
さらに多分に気分的な問題として、機甲部隊の大半が、元が騎兵科だったことも影響していた。
軍の近代化に合わせて、馬の代わりに戦車と装甲車を装備し、組織を改変して転科した部隊が多かった。そして騎兵は制服からして違う上に、馬に跨った姿がさっそうとして格好が良く、民間に受けが良かったのだ。何しろスマートが信条であり、馬術をたしなむ貴族や華族の子息が数多く入隊していたほどだ。
反対に、歩兵は農家出身の次男三男坊が多く、いつも泥まみれで野暮ったい印象が強かった。そんな歩兵のことを、騎兵科の一部の者達は心の底で蔑んでいたことは否めない。
歩兵と機甲、両科の対立は根が深かったのだ。




