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第29話 実演開始当日 ── 夜間の部・最初の目標 ──

 試製一〇式は富士へと続くなだらかな斜面を登り、十分ほどで絶好の射点を発見した。そこなら小さな丘を背に、前面が開けて射撃には適していた。そして演習場特有の背の高い(かや)が周囲に生え、何もせずに偽装してくれている。


 河嶋兵長は再び歩機を降り、露出した地面に仰向けに寝ころんだ。

 楽をするためではない。

 そうすることで視界が開け、地面から伝わる振動と音を全身で感ずることが出来るからだ。

 歩機は特殊兵器とは言え、基本的な戦い方は歩兵とそうは変わらない。ただ、上手く扱えば、単機で小隊以上か中隊並の働きができた。その能力を発揮しなければならない。それだけを念頭に、彼は敵を待った。


 空には厚い雲が立ちこめ、今にも降り出しそうだった。吐き出す息が白い塊となり、この気温なら霙か雪になるかも知れなかった。


 どれほど待っただろうか。

 振動が(かや)をかさかさと震わせ始め、戦車が近付いてきた兆候を示した。

 河嶋兵長は上半身を起こし、振動が伝わる方角を見た。まだ何も発見できない。ほんの少し思案したあと、歩機に乗り込むことに決めた。


 操縦席の中は狭く、様々な機器か所狭しとはみ出している。

 歩機自身の発動機の騒音は防音板でかなり遮られてはいるが、閉鎖された環境で外の音が聞こえにくいことには変わりはない。

 そして操縦席の前面には装甲板が外界とを隔て、視界は前面と左右に開けられたわずかな隙間から覗くしかなかった。後方はまったく見えず、確認用の鏡すらなかった。


 河嶋兵長は歩機の夜間操縦を、「闇夜に色眼鏡を掛け、耳栓をした状態で無灯火の自転車に乗り、田んぼの畔道を全力で走り回るようなものだ」と評価したことがある。今が正にそれだった。


 そして戦車の騒音が近くなり、左手の地平にうごめく車体が姿を表した。

 一式中戦車二輌が、回り込むべく移動している姿が監視窓から見て取れた。


 ──なんだ、随分と旧式な戦車できたな。

 それが最初の感想だった。


 一式中戦車チヘは、昭和十六年に制式採用された陸軍の中核を成していた戦車だった。しかし最近では、四式中戦車やより最新の五式中戦車、そして八式重戦車に装備改編が進んでいた。


 チヘの主武装は四七ミリ一式戦車砲を備え、前面装甲は五〇ミリだった。欧米の中重戦車と対戦するには心もとない武装と装甲厚しかないが、試製一〇式歩機もその最大装甲厚は二〇ミリ前後と薄く、しかもその厚さが操縦席前面のみとあっては、一式中戦車は十分に強敵だった。

 歩機との対戦に燃える機甲科のことだから最新戦車で挑んでくると想定して身構えていたのに、少々肩すかしを食ったような思いがした。


 ──結局あれか、ここぞと言う局面には、信頼できる使い慣れた戦車が出てきたという訳か。


 だからと言って、河嶋兵長の戦い方に変化がある訳ではなかった。

 彼は噴進砲を構え、照準器を覗いて二両のうちの後方を走る戦車に狙いを定めた。

 今や彼我の距離は二〇〇メートルに接近し、戦車は車体の横を見せて通り抜けようとしていた。河嶋兵長は速度差を見越してじっくりと狙いを付け、そして引き金を引き絞った。直後、噴進砲弾が勢い良く飛び出し、長い炎を曳いて飛翔して行った。

 噴進砲弾とはロケットの和名である。


 噴進砲弾は砲弾自体から火薬の燃焼ガスを後方に噴射して進むので、一般火砲のような速度は出ない。

 砲弾は砲口を出た瞬間が最大の速度である。

 一方、噴進砲弾は加速してゆく。だから最初はどうしても速度が乗っていないので遅く見える。


 そして一般砲弾は速度と砲弾重量で相手を粉砕するが、この飛翔弾は爆発力|(正確には燃焼力)で相手を攻撃する兵器だった。

 だから反動が少なく、簡単な構造で大口径砲弾を撃てるのだけど、命中率はそれほど高くは無かった。戦車砲のように遠距離で撃ち合うには適さない兵器だった。


 その為に、待ち伏せにより戦車が近付くのを待った。

 しかし、これだけ近くから撃っても、飛翔する砲弾を見ている河嶋兵長には遅く感じた。何しろ戦車砲の曳光弾ですら目で追えるのに、噴進砲弾はその1/4以下の速度しか出ないからだ。まさに走っているといった方がいい。


 照準器を覗く河嶋兵長は、今にも戦車が増速し、砲弾が車体後方を飛び去るような錯覚が絶えず付きまとっていた。


 しかし、それは杞憂だった。

 砲弾は風の影響を受けることなく、目標となった戦車の車体中央部に命中した。

 本来なら弾頭から高温高速の火薬の燃焼ガスが噴出し、数千度に達する高温ガスの衝撃が装甲に穴を開けて内部を焼き尽くすのだが、これは実戦ではなく演習だった。したがって模擬弾頭が砕けると、紅蓮の炎の変わりに石灰の白い粉を周囲に撒き散らして命中を示しただけに終わった。


 だが、これで砲弾の命中した戦車の活動は終わった。

 たぶん、内部の機甲科兵は、歯噛みして悔しがっていることだろう。そして実演本部からは無線機を通じて撃破確認が伝わってきた。

 たちまちにして一輌を破壊した。幸先の良い出だしだった。

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