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第27話 実演開始当日 ── 夜間の部・対抗戦開始 ──

 夜間演習の開始の時刻が迫る。

 その頃にもなると風が強く吹き、山頂から雲が塊となって降りてきた。

 こういう富士は天候が不安定で読め難い。

 この気象の変化がどのような結果をもたらすのか、それは分からなかった。


 夜間の対抗戦開始は、中隊の病欠発生を理由に一時間遅れて開始することになった。

 これにより余裕をもって準備が行われ、河嶋兵長は機体と電算機の連動を軸にした確認作業に余念が無かった。


「凄いですね、本当に凄いです」

 操縦席で感嘆する河嶋兵長の声が、無線を通じて伝わっていた。


「従来は入力から挙動開始まで数拍ほど遅れていましたが、今はほんの一、二拍待つだけです。新しい処理方式と計算機の組み合わせは驚くほど効果的です」

 中隊本部の梶山少尉が、無線機の前で、「そうか」と相づちを打った後、河嶋兵長がおずおずと切り出す。

「それと戦車兵力のことですが……」


 それまでの明るい華やいだ声色から、一変して不安を滲ませたものに変化していた。

 彼はその不安を濃くした声色でこうたずねた。

「先ほど聞いたように、歩兵が参加しないのは望む所なので別に構いせんが、戦車戦力が不明のまま戦うということですが、本当にそれで宜しいんでしょうか」


 話がそのことになると、梶山少尉も戸惑いを隠せなかった。

 何しろ実演本部伝令から手渡された通達書には、歩兵の不参加決定と数点の箇条書きが添えられているだけだったからだ。


 歩兵の不参加決定は喜ばしいものだった。

 それは梶山少尉が望んでいたことなのだから何ら問題はない。

 だが、通達書に記載された一項目、『参加戦力は不明とする』に彼は戸惑った。

 そして文面の最後には、『異議申し立て及び質問事項に関しては、演習終了後、書簡にて受け付ける』とだけ記されていた。これでは何も言うな聞くなと釘を刺されたのに等しい。


 梶山少尉は困惑した。

 戦車の種類と参加台数が分からなければ、携行する火器と数を決定できないからだ。主力戦車を主体とする敵と、偵察・警戒目的の軽戦車と対戦するのは、その目的や戦法が違う。


 もちろん、演習とはいえ、敵の種類と数量が明確に述べられないことは往々にしてあった。

 敵の数が不透明なことを再現しているからだ。

 だから不明確なのは問題ではない。

 ではあるが、演習にも実施するに際して方向性や目的がある。それが無いことに、戸惑いを感じているのだった。


 進出する敵に主力戦車が存在する場合、それは敵主力の攻勢であり、それに対応することが求められる。そして主力が軽戦車の場合、奇襲や偵察である確率が高く、遭遇戦の戦術が必要になる。しかも参加台数により、対応も戦法も変わってくる。


 したがって、演習演目に『少数による機動突破の阻止』とか『敵主力に対する遅滞行動および反撃』などといった内容が示されるのが普通だった。今夜は対抗戦とはいえ演習には違いない。したがって何かしらの目的が示されるべきであるのに、それが全く為されてなかった。


 梶山少尉は書類を持ってきた下士官に「どういうことだ」と食って掛かったが、それで納得のいく説明が求められなかった。何しろ、質問は演習終了後にしか行えないからだ。そうしろと釘を刺されている。


「対抗部隊の参加戦力が不明では不安かも知れないが、それは実戦では当たり前のことだ。持てるだけの火器を携行して、一両づつ確実に倒すしかないだろうな」

 少尉には、その弁が苦しいのは分かっていた。だけど、どうしょうもないのが本音だった。


「どういうことなんだ、まったく」

 少尉が思わず漏らす。

 それを無線が拾う。

「どういうことなんだ、まったく……ですか?」

 河嶋兵長が聞き返した。


「そうだ。どういうことなのか、まったく分からん」

 そこで梶山はため息を一つはき、その次にこう言った。

「ぼやくのは此処までとして、なんとか戦ってきてくれ。作戦の立てようも無いことだし、歩機の汎用性を示す絶好の機会と思って、好きにやって見るがいいさ。どうだ、やれるか」


 

「まあ、なんとか」

 問われた河嶋兵長は、そう答える他ない。

「他に質問は」

「今の所はありません」

「そうか、では行ってこい」


 梶山少尉は、そう言って一人の若者を送り出した。

 もう何もできない。後はただ、見守るだけだった。

「なんだってんだ、まったく」これは梶山少尉のつぶやき。

「なんだってんでしょうね、まったく」そしてこっちは河嶋兵長のぼやき。

 二人は知らぬ間に、ほぼ同時に同じ言葉を発していた。

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